運命の相手と言われても、困ります。 | ナノ

それって罠ですよね。



 カトリーナ様は咳ばらいすると、気を取り直したように話しはじめた。周りにいる人たちになるべく聞こえないように私の耳元で声をひそめて。

「噂によるとあそこのお家は領地の運営がうまくいっていない上に、一族全員浪費が激しくて家計が火の車らしいわ」

 その情報に、私は目を瞬かせた。
 なんでそんなこと教えてくれるんだろう。もしかして私に嘘を吹き込んでいるのじゃないだろうか。
 ──だけど、カトリーナ様の瞳は悪巧みしているようには見えない。

「それで兄妹共に縁談が破談になったそうで……焦っているんでしょうね。ステファン殿下の地位と権力、財力が欲しくてなりふり構っていられないのよ」

 ……まぁ、余程魅力的じゃなければ、多額の借金を抱えた家の人とは結婚しないよね。恐らく結婚したら援助しなきゃいけなくなるだろうし。自分の家の資産まで食い尽くされる可能性だってある。貴族とはいえ、無限にお金が降って湧いてくるわけじゃない。断られても仕方がないだろう。

「あの令嬢はステファン殿下の一番嫌いなタイプよ。昔は見向きもせずに拒んだって言うのに、今になって言い寄って来るのだもの。誰だって気分よくないわ」

 私もそう思う。
 それが子どもの頃の出来事だったとしても、きっとステフの心には傷として残っているに違いないし。

「それに今更殿下が他の女性を選ぶことはないと思う。心配することないと思うわ」

 そう言いながらカトリーナ様は口元を隠していた扇子を折り畳んでいた。
 あれ、表情隠さなくても良いのだろうかと不思議に思っていると、彼女のオリーブ色の瞳はどこか遠くを眺めていた。

「…私で良ければ、殿下のお友達になりたいと思っていたけど、私は伯爵位の娘。殿下からお声をかけていただけなくては、口を開いてはダメだとしつけられていたから結局お話できなかったのよね」

 遠い過去を思い出しているようだ。
 そうか。そのしきたりがあって、お茶会の場で誰もステフに話し掛けられなかったんだ。最初に話しかけた相手が悪かったせいで、ステフは臆病になって誰にも話し掛けられなくなった。それで友達も作れなかったんだ。これまで寝たきりで友達がいなかったステフにとって期待していた分、大きな挫折だったにちがいない。
 最初はワクワクしながら話し掛けただろうに……幼いステフの心境を考えると切なくなってしまう。

「今思えば、そのしきたりを無視してでも話しかけてみたらよかったわ。今みたいにね」

 ふふ、と綺麗に笑ったカトリーナ様。
 私とステフじゃ意味が違うと思うけど、現在の身分から見たら似たようなものなのかな。

「レディ、ご歓談中のところ恐れ入ります。私はカーティス伯爵家のレスリーと申します」

 カトリーナ様から微笑みかけられてどんな反応をすれば良いのか迷っていると、そこに頬を赤くした青年が声をかけてきた。
 緊張にカチコチしている彼の視線は私に向けられていた。あ、まさかと思ったら、手袋をつけた手の平を差し出された。

「レオーネ様、どうか私と一曲お相手いただけませんか?」

 せっかくお誘いしてくれたのに申し訳ないが、私は他の男性と踊る気はないのだ。

「申し訳ございません、私はステファン殿下以外の殿方とは踊らないと決めておりますので」

 今回はステフ以外の男性とも踊ったけど、それは血縁者の伯父様だ。彼は特別枠なので数に入れていない。
 これで強く引き下がられたら警備中の近衛に助けを求めようと周りに視線を巡らせていると、相手はしょんぼりした様子で「そうですか…」と素直に引き下がった。
 何となく罪悪感に襲われた私はわざと明るい声をあげた。

「ですが、このまま男性に恥をかかせるわけには参りません。カトリーナ様、どうかこの方のダンス相手に」

 悪い人じゃなさそうだし、ここは男性に恥をかかせぬよう、壁の花になったレディをダンスパートナーに推薦するのがいいんじゃないだろうか。
 壁の花になったレディ達の中にはダンスのお誘い待ちをしている人もいるだろうし、ここは私がきっかけを作ってあげよう。そう思ってカトリーナ様に視線を向けると、彼女の目がぎらりと光った。
 野生の肉食獣かなにかかな? と私が錯覚していると、彼女は一瞬で淑女の微笑みに切り替えていた。

「あー…えぇと」

 カーティス様はすこし困惑している様子だったが、場の空気で断れないようだった。

「振られてしまった哀れな男のダンス相手になっていただけますか?」
「喜んで」

 気を取り直してカトリーナ様へ誘いをかけると、彼女は彼の手に自分の手をそっと載せて乙女の微笑みを浮かべていた。
 なんだか、世話焼きおばちゃんみたいな気分だ。
 すれ違う際にカトリーナ様からよくやったと合図された。婚活中だと言っていたからな……お役に立てたならよかったよ。

 踊りに行ったカトリーナ様を見送ると、また私はひとりぼっちになってしまった。
 壁の花たちに視線を向けられているのは感じていたけど、今の私はまだ貴族社会を理解していないので自分から話し掛けようとは思えないのだ。今だって気取ってこの場に立っているだけで汗だらだらなのに。

 早くステフ戻って来ないかな……とダンスフロアをぼんやり眺めていると、「レオーネ・フェルベーク様ですね?」と声をかけられた。

 新たな女性の声に警戒しながら振り返ると、そこにはメイドがいた。てっきり貴族のお嬢様かと思ったのに、パーティの裏方に徹している使用人から話し掛けられた私は内心首を傾げていた。

「……そうですが、あなたは?」
「貴いご身分の方がお呼びです。どうぞ、こちらへ」

 急な呼出しである。相手に名前を聞き返したのに有無を言わさず呼び出されたので、私は真っ先に疑った。

「……行きません。お断りします」
「え? で、ですが、」

 断られるとは思っていなかったらしいメイドが見るからにうろたえている。
 怪しい、怪し過ぎる。第2のベラトリクス嬢がこの会場内にいるんじゃないでしょうね。もしかして彼女と親しかったという貴族たちが彼女の代わりに嫌がらせをしようとしているんじゃ……こう、仇討ちみたいな感じで……

「こ、困ります、それじゃ」
「困ると言われても、それはあなたの都合でしょう?」

 言い募るメイドは焦っていた。
 困ると言われてもこちらも困るのですが。あなたにどんな事情があったにせよ、私にも立場ってものがあるので応じるわけにはいかないのだ。

「やぁやぁかわいい妹よ、ひとりかい? 殿下はどちらに?」

 私が警戒して給仕係を睨みつけていると、視界を遮るように男性の胴体が視界に入ってきた。
 フッと視線を持ち上げればそこにはハンカチのフェルベークさんもとい、戸籍上兄、血縁上再従兄妹であるオーギュスト様がそこにいた。

「オーギュスト様」
「水臭いな、お兄様と呼んでほしいな。それで、この使用人はなにかな?」

 彼の微笑んでいるけど、瞳の奥は全く微笑んでいない威圧感のある笑みを向けられたメイドがびくりと肩を揺らす。

「私に用があるという人からの伝言を受け取ったそうです。貴いご身分の方らしいですよ」
「ふぅん。なら騎士を向かわせるよ」
「えっ」
「結婚前の若い女性が得体の知れない人物の呼び出しに向かうのはまずいだろう? それとも何か不都合がある?」

 正論である。それがならず者の罠だったら大変なことになる。簡単に呼出しに応じるわけにはいくまい。
 今の私の立場は狙われやすい。よって警戒しすぎなくらいが丁度良いのだ。

「あ……」

 見るからに青ざめたメイドは慌ててその場から逃げる。
 ますます怪しい。やましいことがあるから逃げたと言っているようなものである。

 オーギュスト様がすかさず視線で誰かに合図を飛ばす。視線の先にいたのはこちらを伺っていた王城の近衛だ。パーティ会場隅で警備していた彼らが不審なメイドの後を静かに追いかけていた。

 馬鹿正直に呼出しに応じていたらどんな目に遭っていたのかな。
 ステフと婚約したと内外にお披露目しても、私が狙われる立場なのは相変わらずらしい。


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