運命の相手と言われても、困ります。 | ナノ

運命の相手を見る目じゃありませんよね。



 この国の3番目の王子様は今年18歳。噂によると、彼は目を引くほどの美青年なのだそうだ。
 幼い頃は体が弱くてあまり表には出てこなかったらしい。しかし成長とともに体が丈夫になってからは表に出てくるようになり、今では武芸に学業にと様々な分野で優秀な成績を修めているという評判だ。

 最近では個人的に事業を始めて利益を得ているとか、慈善活動に積極的であるとかそんな話もあるので、とにかくすごい人なのだろう。
 そんなわけで第3王子という立場ではあるが、婿として優良物件だからと目の色変えて狙っている貴族が多いんだって。国内外から縁談が殺到しているらしいけど……今回の花嫁占いは修羅場になりそうだな。

 お城の周りには女の子が角砂糖に群がるアリのように群がって、キャーキャーかしましく喚いている。貴族のお姫様達は特別席からそれを冷ややかに見下ろし、自分こそが王子の花嫁に相応しいのだと自信ありげな顔をしていた。

 一方の私はもうすでに帰りたい気分になっていた。
 なんで私ここにいるんだろう。花嫁選びとか正直興味ないんだけどなぁとため息を吐いていると、女の子達の黄色い悲鳴で地面が揺れた。比喩ではなく本当に振動が伝わったのだ。

「きゃああああ!」
「殿下、ステファン殿下ぁ!」
「なんてお美しいの!」

 うわぁすごい。耳が痛い。キーンってした。
 女の子達の歓声で鼓膜が破けそうだったので、両耳を塞いだ。そして歓声を浴びている人物がおでまししたバルコニーを見上げて……たまげた。

 太陽に反射してキラキラ輝く金色の髪、透き通るくらい真っ白な肌は彼を更に輝かせて見せた。バサバサの金色睫毛をこさえた瞳は憂いを帯びており、コーラルピンクの唇は弧を描くこともなく静かに閉ざされていた。
 天使と見間違いそうなその美貌のお陰で線が細そうに見えたが、多分着ている服のせいもあってそう見えるだけ。おそらく体はしっかり鍛えてあるだろう。立ち方が騎士様みたいに姿勢が良いもの。

 へぇー……あれが噂の第3王子。
 あんまり期待していなかったけど、これは眼福ものだ。みんなが騒ぐのも理解できる。
 噂に違わぬ美しさに私は彼を無遠慮に凝視した。ちなみに凝視しているのは私だけじゃない。彼は今、この場にいるたくさんの乙女達から注目を受けている。なんといっても彼は今日の主役だからだ。

 彼は感情の含まれていない表情で隅から隅まで視線を送る。
 ……誰かを探しているのだろうか?
 もしかして意中の女性を探しているのかなと思って彼を観察していると、第3王子の視線がこちらに向いた。

 あっ、目が合っちゃった。
 私は彼の美しさに感嘆の息を漏らす。どの方向から見ても本当に綺麗な人だなぁ。まさしく女の子が夢見る理想の王子様って感じだ。

 ──その時、彼の瞳の色がはっきり見えた。美しい翡翠色。

 懐かしい色……。
 謎の懐かしさを感じてしんみりしていたが……異変を感じとった。
 無表情だった王子に表情が現れたのだ。驚きのような、信じられないと困惑した顔をしていた。
 無機質な作り物に生命が吹き込まれた瞬間にも見える。気のせいかもしれないが、彼の唇が微かに動いた。

 ──私を見ている?

 いやいや、まさか。雲の上の王子様が私みたいな平民を見る訳無いじゃん……と、心の中で笑い飛ばしたが、王子の視線は依然としてこちらに注がれたまま。

 なんか……私のこと睨んでない?
 その強い視線に私は怯みそうになった。……もしかして、平民風情がなんでそこに座ってるんだってお怒りでいらっしゃる?
 王子の視線が突き刺さる。私が恐怖で体を強張らせていると、横からガシッと肩を掴まれる。

「レオーネ! 魔女様がお見えよ!」

 伯母に肩を掴まれた私はハッとして、謎の見つめ合いをしていた第3王子から目を離した。
 あーびっくりした。めちゃくちゃ凝視されたよ。美形の凝視……いや睨みつけ? 心臓に悪いな。まだ心臓がドキドキしてるよ。

 私の顔になにか付いてるのかなと自分の顔をぺたぺたさわっていると、お城のバルコニーの真下に、濃い紫色のローブを着用した老婆が現れた。
 まさしく文字通りの魔女である。姿形から期待を裏切らない登場をしてくれた彼女に今度は視線が集まる。

「これより、第3王子・ステファン殿下の花嫁選出の儀を執り行います! お集まりの皆様方、魔女様の占いの邪魔にならぬよう、静粛に願います」

 お城の侍従さんみたいな人が巻物を広げてこちらに見せながら宣言した。
 あぁ、本当に占いでお嫁さんを決めちゃうんだね。この国じゃそれが当然なんだね。誰も違和感持っちゃいねぇ。

 用意されていた席に腰掛けた魔女は占い道具らしい大小様々な石を机の上に並べ、何やら念じはじめた。
 何してんだろうなと身を乗り出すが、魔女の手元まではわからなかった。石をぽいぽい投げて遊んでいるように見える。彼女はその動作をしばらく繰り返していた。

 そんなので本当にわかるのかな。
 花嫁選びの台本は事前に出来上がっていて、それを自然に発表するための小芝居なのだろうか。そもそも魔女って何者なんだ……

「見えました!!」

 目を限界まで見開いた魔女が叫んだ。その声に、ここら一帯は水を打ったように静かになった。

「第3王子ステファン殿下の運命の相手は──髪は栗色、瞳は赤茶色、水の月の16日に生まれた獅子の名を持つ、貴族の血を受け継ぎし齢17の娘!」

 やけに具体的だな。
 えぇと、栗毛に赤茶色の瞳……水の月16日生まれで獅子の名、貴族の血が流れている17歳の娘か……なんか聞き覚えがあるような。

「お互い出会った瞬間目が離せなくなり、恋に落ちる。相手のことを知れば知るほど深みにハマる。いずれは深く愛し合うことになるでしょう! そんな運命の相手がこの場にいらっしゃいます!」

 大げさに言い過ぎなんじゃないの。未来のことなんかわからないのに……私が白けた顔で魔女を観察していると、周りでザワザワヒソヒソとどよめきが走る。
 悲痛な声で嘆く声があちこちから聞こえてきて、自分が該当者じゃないことを悲しむ女の子たちの泣き声が辺りに響き渡っていた。
 そこまでか。そこまで王子の運命の相手になりたかったのか。

「まぁ! なんて事!」

 突然、伯母が声を上げた。その声に驚いたのは私だけじゃない。一斉に注目が集まった。
 どうした伯母様。まさか自分が該当したとでも言うのか。外国へ留学中の成人済息子持ちの既婚者であるというのに。そもそも伯母様の髪色はどっちかといえばストロベリーブロンド寄りだろう。栗毛と言うには厳しいと思うな。

「レオーネ! あなたのことよ!」
「いたた、痛い」

 バシバシ叩かないでほしい。痛い。伯母様、生まれ持っての貴族なのに、市井のおばちゃんみたいなノリになることあるよね。
 伯母は興奮に頬を赤らめ、ランランと輝く瞳でずずいと顔を近づけてきた。

「あなたが生まれた日に私は立ち会いましたからね、良く憶えていますよ。王歴358年、水の月16日の夜明け前に生まれたレオーネ! ……ステファン殿下! 私共の姪が殿下の運命の花嫁ですわ!」

 私は唖然とする。
 そんな、馬鹿な。
 栗色の髪に赤茶の瞳という珍しくともなんともない色彩を持つ私だが、それ以外の誕生日や年齢、名前の特徴などが魔女のあげた条件にピッタリ一致してしまっている。ちなみに母親は貴族出身だし。
 なんだコレ、巷の富くじの当選確率より低いことなんじゃないの。

 伯母の喜ぶ声によって周りの視線が刺々しいものに変化した。針がぐさぐさ突き刺さるような鋭い視線が多方向から向かってきて私は息をのんだ。

「──ブロムステッド男爵夫人、それは誠ですか?」

 その声がする方を見上げると、バルコニーに地位の高そうなご婦人がお目見えしていた。王子の隣に現れたその婦人に対し、伯母は貴族の最敬礼をして見せると、その場に膝をついて両手の指を組んだ。

「えぇ! 身分証だけでなく、この娘を取り上げた産婆の証言から、隣国の役所に届けた出生記録にも確かな証拠が残っておりますとも王妃殿下!」

 ちょちょちょ、伯母様何勝手に話を進めているの!?
 バルコニーに立つ身分の高そうなご婦人……この国の王妃の隣にいる王子の顔見てよ。
 私のことめっちゃ睨んでますよ!?

 このままじゃ私、王子の花嫁とやらになってしまうじゃないか!

「ちょっと待ってください!」

 注目を更に浴びることになるのは承知の上で、私は座っていた椅子から立ち上がって叫んだ。

「人違いです! 私は隣国の人間ですし、母は貴族の生まれでも今はただの平民ですから!」

 私が王子の妃とかとんでもない!
 貴族のお姫様でもなんでもないのにありえないでしょ!
 この広場を見てみなさい。他に該当者がいるかもしれないでしょ。私なわけがないじゃない! 占いなんて不確かなものを信じるなんてどうかしてるよ!

「それに栗毛なんて腐るほどいるし、獅子の名を持つ女の子だって他にも……」

 私はちらりと王子に視線を向けた。
 できれば彼の口から「この占いは白紙に」と言ってほしくて、王子を見たのだが、すぐに後悔した。

「ひぇっ!?」

 私は引き攣った悲鳴をあげた。
 なぜなら第3王子はこっちを睨みつけていたからだ。
 今度は凝視とかそういうかわいいもんではない。怒りを込めた睥睨だったもので、私は恐怖に耐え切れずに隣にいる伯父様の腕に抱き着いて顔を隠した。

 な、何故睨む。
 あれか、平民風情が断るな。こっちからお前など願い下げだって言いたいの? 自分からお断りしたかったのね? だからってそんな怖い顔で睨まなくてもいいじゃないの!

「あらやだこの子ったら。あんなに渋っていたくせに、自分の運命の相手が綺麗な女の子だから気が変わったのね」

 ふふふ、とバルコニーにいる王妃が微笑ましそうに息子を見つめていた。
 はぁ!? そんなわけないでしょ。
 どう見ても、運命の相手を見る目じゃありませんよね!?


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