死にたくないけど、毒には勝てそうにありません。
「お茶をお持ちしました」
「ご苦労様」
就寝前に飲み物が運ばれてきた。
私が勉強漬けで頭の疲れが取れないと愚痴ると、ヨランダさんが安眠効果のあるハーブティを用意してくれたのだ。それからはほぼ毎晩眠る前にいただいている。
ハチミツを入れて飲む方法もあるらしいけど、眠る前だからハーブティそのものだけを楽しむ。
カップにお茶を注ぎ込み、それを毒味役の侍女が口にする。何口か飲み込んでなんともなさそうだったので私もカップに口をつけた。
いつもなら、このハーブティ特有のお花の香りが鼻腔いっぱいに広がるのに、今日はなんかおかしかった。
「……?」
私は一旦カップから口を離して、お茶の香りを鼻で確かめる。
抽出しすぎたのだろうか……なんか、いつものお茶と違うような。
それに飲み込んだ瞬間、なんだか身体が内側から熱くなったような気がする。
「レオーネ様、いかがなさいました?」
私が飲むのを止めて、お茶を疑っているのに気づいたヨランダさんが声をかけてきた。
「このお茶、なんかいつもと違うような……」
「ひっ、ヒヒッ」
私の返事を嘲笑うような引き笑いをしたのは、寝る前の飲み物を持ってきてくれたメイドだった。
彼女は楽しいから笑っているのではなく、自棄になっているように見えた。その目には狂気を宿している。それに異変を感じて、お茶をこれ以上飲むのをやめるも、彼女は狂ったように笑いはじめた。
「あーははははっ! 無駄よ! お前は死ぬ!」
びしっと指をさされて、死を予言された私は唖然としていた。
まさかこれに毒を入れたの? ……あれ、でも私も毒味役の侍女もなんともなさそうだけど……時間差で効く毒だったりするの?
「レオーネ様に何を出したのです!」
ヨランダさんがメイドに詰め寄ると、彼女は泣きそうに顔を歪めた。
「わ、私は悪くない、この娘が悪いの。あの御方の怒りを買うから!」
あの御方。
私の命を狙う人物は私に対して怒っていると。何が何でも命を奪ってやろうとしているのか。
「レオーネ様、うがいを。飲んだものを吐き出せますか?」
「もうムリですね。あの、家族あてに遺書を書いても良いですか?」
泣いても喚いても私には死が訪れるらしい。生きているうちに両親へ遺書でも書いた方がいいんだろうかって気分になってきたよ。
「吐き出してください!」
私が諦めて投げやりになった様子を見た侍女が口の中に指を突っ込んで飲んだものを吐き出させようとした。私は目を白黒させながら、嘔吐反応を起こす。
「誰からの差し金ですか! 答えなさい!」
「言ってどうなる! ヒヒッ、じきにこの女は死ぬし、今頃あの方は王子と夜を共にしているはずよ!」
涙を流しながら引き笑いをするメイド。笑っていたかと思えば泣き出して情緒不安定を起こしてしまっている。
ちょっと待ってよ、さっき何と言った?
私の命を狙っている人物は王子と夜を共にしている……だって?
「レオーネ様! もっと吐いてください!」
侍女はさらに吐けと言う。吸収される前にすべて吐かせようとするが、もう無理だ。
やめて、もう吐けません。
部屋の中にいるみんながみんな混乱して大騒ぎになったせいで、廊下で警備していた騎士に毒混入が伝達されて血相変えたステファン王子が飛んで来るのもすぐであった。
「レオーネ! 毒を飲んでしまったというのは本当か!?」
額に汗を滲ませて駆け付けた王子は私の姿を見て、泣きそうな顔をしていた。
「少し飲んじゃいましたけど、吐き出させられました」
止めてくれと言っても侍女が喉奥に指を突っ込んで吐き出させようとするんだ。吐き出させられた後にはうがいを散々して、水をたくさん飲んで毒性を薄める手段をとっているけど、そのせいで気分が悪くなってきた。
「医師と薬師は!」
「今こちらへ向かっております!」
夜遅いのに呼び付けて本当に申し訳ない。最近はお医者様にお世話になりっぱなしだな。
「何ともないです。心配しないでください」
毒を盛ったメイドからは「お前はすぐに死ぬ!」的な言い方されたけど、今のところ毒らしき症状は全くないんだ。私としてはすぐに吐血して死ぬのかなと思ったけど、全然その兆候が見られない。
「いや、ちゃんと診てもらえ……よかった、思ったよりも元気そうで」
私の頬を手で挟んで、顔色を確認していた王子の顔がゆっくり近づいて来る。私は手の平で彼の口を塞いで、寸前でキスを拒んだ。
王子は眉間にしわを寄せて不満を隠さなかった。私の手を剥がすと、むっすりとした顔で物申してきた。
「何故拒む」
「私の口内に毒の成分が残っているかもしれないでしょう!」
私に引き続き王子も中毒になったら元も子もないでしょ!? しかもキスしたのが理由とかだと恥ずかしいだけじゃないの!
「構わない」
私は心配した上で拒んだのに、この王子はずずいと顔を近づけて来る。人の気も知らないでこの人は……!
「あなたはいなくなってはいけない人なんです、いけません」
平民な私とは違って、王子はいろんな人に必要とされているだろう。公爵位を継がなくてはいけない人なんだ。何かあっては困る。だから……
「君はそう言うけど、私にとって君はかけがえのない人だ」
覗き込んだ翡翠の瞳が私を射抜いた。強い強い眼差しだ。瞳から彼の強い感情が伝わってきて、私は震えた。
恐怖とかそういうのではなく、別の意味でドキドキして彼から目が離せなくなった。
「君を失うなんて考えたくない、レオーネ」
なんて目で私を見るんだ。あまりにも熱くて、身体の底から焼け焦げてしまいそうだ。胸が苦しくて泣きたくなるこの気持ちはなんなのだろう。
どくんどくんと暴れる自分の心臓の音が周りの音を遮断する。
私には彼しか見えない。
ぽかんと彼に見惚れている間に唇を奪われ、口内にぬるりと舌を差し込まれた。一拍遅れて我を取り戻した私はそれ以上の侵入を拒もうと彼の舌を追い返そうとするが、王子の方が一枚上手だった。抵抗する私の舌を絡め取って、愛撫して来るのだ。
「んんぅ…」
舌のざらざらの部分で口内の粘膜を擦ってくすぐってこられると、くぐもった声が喉奥から漏れ出た。濡れた音を漏らしながら深く深く口づけをされる。舐められていない場所なんてどこにもないんじゃないだろうか。
唇を重ねているだけなのに体中が熱くなってどこもかしこも敏感になっているようだ。拒んでいたはずの私はいつのまにか全身を委ねて、王子の熱い唇をただ受け入れていた。
唇を解放されたときに感じたのは、ほんの少しの物足りなさと寂しさだった。周りにたくさん使用人がいるのに、散々口の中を犯された。そのせいで頭はくらくら。腰が砕けてしまって気怠くなってしまった。
ぐったりと彼の胸にもたれかかっていると、いつのまにか入室していた王宮医師が生暖かくこちらを見守っていた。
「愛されておりますね、レオーネ様。ご無事でようございました」
「……」
もうやだ。いろんな人にキスシーン見られてるし。王子には恥というものはないのだろうか。
顔見知りに見られた後に冷静に診察を受けられる訳がない。冷めない熱を抱えながら、医師の診察を受けた。
「……発情傾向ですね。脈も早く発汗気味。瞳孔も開いている」
まじまじと観察されながら、症状を言い当てられると、私はギクッとする。
み、脈は王子のせいかと。この人息つく間もなく貪って来るんですもん。発情しているとかそんなこと言わないでくれませんか。人前ですよ。
「うーん……」
寝間着の上から聴診器を当てて胸の音を確認していた医師が難しい顔をしていた。
……だいぶ悪いんだろうか。はっきり言ってくれると助かるんだけど。
「先生、レオーネの容態は」
私を腕に囲った王子が深刻な顔をして尋ねる。それに対して医師は腑に落ちなさそうな顔をしていた。
「仕込まれたのは本当に毒なのですか?」
「えっ?」
返ってきた言葉に私はマヌケな声を漏らした。
「私の見立てでは、性欲を促進させる催淫剤を口にしたそれの症状に思えるのです」
そういった薬の中には毒の性質に近いものもあるけど、私の症状を診る限りではそんな危険なものを摂取したようには見えないと医師は言う。
「そこの女が勝手に毒と思い込んでいるだけではないでしょうか?」
「嘘よ! あの御方はミフクラギの猛毒だと言っていたわ!」
医師は怪訝な顔でちらりと視線を流した。その先には騎士たちによって床に押さえ付けられたメイドがいた。
「ミフクラギ……まさか、温室から毒成分を盗んだのか?」
「そう。それを使って、暗殺に失敗して捕まったマヌケな刺客の口止めをしたとあの御方が言っていた!」
どうやら、このメイドを従えている人物は先日襲撃してきた刺客を放った人間と同一人物と考えていいようだ。