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招かねざる客がお出ましよ!【三人称/リゼット視点】

 エーゲシュトランド公国。恵まれた富を狙われて、一度は亡国に成り果てた国ではあるが、命からがら逃げ延びた公子が敵国に忍び込んで仇を討ち、帰国してきたことで息を吹き返した国。
 敵国によってさんざん荒らされたとはいえ、この国の富はまだまだ地中に埋まっている。資源大国でもあるエーゲシュトランドは復興が進むにつれて以前の豊かさを取り戻していた。今では移住者と元の国民も戻ってきて人口が順調に増えているという。

 気候にも恵まれ、とても過ごしやすいとされる公国。豊かなその国を狙っていたのは一国だけじゃない。他にも公国の豊かさを妬んで欲しがる国主はいる。
 異国の商人を装ってエーゲシュトランドの土を踏んだ男は海を挟んだ西の方にある国からやってきた。浅黒い肌に赤茶けた髪を持った一国の王子。王子とは言っても、父王の何人もいる妃から生まれた23番目という微妙な位置の王子であるが。かの国はとにかく乾いていた。一面の砂漠だ。雨はめったに降らず、植物は生えていない。資源にも恵まれず、貧しい国だった。
 現在のエーゲシュトランドの光景を目にして、自分の国はこんなにも貧しいのに、なぜこの国はあっという間に復興を遂げようとしているのかと男は腹を立てていた。

 現在エーゲシュトランド公国を統治しているのは18の若者だ。三十路に差し掛かる手前の男よりも10も若い青年だ。敵国の領民を巻き込んで革命を扇動したとかいろんな話が流れているが、所詮脚色されただけの噂話。実際の新大公は中性的な美男子だと聞く。彼はスラムの娘を妃にすべく国に連れ帰ったとかで今は色ボケしているはずだから油断しているはずだ。どこからでもすり抜けて行けそうである。
 公国の弱みを握って牛耳ろう。一番いいのは傀儡にすることなんだが……ヴィクトル・エーゲシュトランドが寵愛するというスラムの娘に近づいてみるか…?
 男はニヤリと悪い笑みを浮かべて何かを企んでいた。

 スラム上がりの公妃候補に魔の手が伸びようとしているとは知らない彼らは……お城でのんきにいちゃついていたのである。


□■□■□


 あの後お城に帰ってからヴィックのご機嫌直しが大変だった。
 意外と嫉妬深い彼は、既にお断りしている過去の縁談話にムッスリしており、弁解する私を後ろから膝抱っこして木にしがみつくコアラみたいに離れなかった。
 落ち着かないので彼のお膝から降りようとしたけどそれは駄目らしい。拘束する腕が再度強まった。お膝抱っこしなきゃ話せない話なんだろうか。また使用人たちに色々言われちゃうよ?
 私よりも歳上なのに、たまに子供っぽいところを見せるヴィック。普段は女性だけでなく男性の視線までも独り占めする麗しの大公様なのに私の前だけで見せるそんな意外さが可愛い。

「唇も身体も心も全部ヴィックのものだよ。私は他の誰にも穢されていない。誓うよ」

 身の潔白を宣言するべく誓ってみせると、ヴィックは少しだけ身体の力を抜いていた。解放してくれるのだろうかと思っていたが、ヴィックは私の肩に頭を預けてぐりぐり押し付けてきた。ますます駄々をこねる子どもみたいである。

「……私は生半可な気持ちで君に求婚したんじゃないよ」
「うん、知ってる」
「君に苦労させるだろうとわかっているんだ。だけど君が欲しかった。ずっと隣にいてほしいのは君なんだ」
「うん」
「君には苦労してきた分沢山食べさせたいし、着飾らせたい。君が笑顔で暮らせる環境を作ってあげたい。君の笑顔をそばで眺めていたい」

 うーん相変わらず大きな愛をぶつけてくるなぁ。
 ヴィックの愛は十分に伝わっているから大丈夫だよ、と言いたいが彼の思いはそれだけにとどまらないらしい。

「リゼット、君が好きだ。誰よりも君を愛している……だから、私を捨てて他の男を選ぶなんてことをしたら許さない」
「あはは…」

 重いなぁ。ヤンデレ素質でもあるんだろうか。私は専門じゃないからヤンデレされても扱いに困るんだが。許さないって具体的にどうするんだ。あのキャロラインいわくヴィックは「乙女ゲームの隠し攻略者」で、結ばれれば「溺愛ルート」だったらしいけど、これが溺愛か…ヤンデレの一歩手前なんじゃないかと私は思うんだが。
 いや別にキャロラインの妄言を信じている訳じゃないんだよ。

「それは私が浮気に走りそうになったら言ってほしいな。今の私は何もしてないまっさらな身なのに脅さないでよ」

 何もしてないのにそんな脅され方されたらちょっとムカつくぞ。
 不快だと私が訴えるとヴィックは素に戻ったようで「ごめん、そういうわけじゃないんだよ」と謝ってきた。
 彼の手が緩んだのをいいことに私はクルッと体勢を変えて、対面する形で彼の膝に座った。ヴィックはそれに驚いたみたいに身を引いていたが、私は仕返しも兼ねて彼の首に抱きついてやった。

「じゃあ私のこと信じてくれるよね?」

 甘えるように彼の薄水色の瞳を見つめると、ヴィックはぐっと息を呑む。そしてガバッと私の身体を抱きつき返し、耳元で焦れた風につぶやく。

「リゼットはどこでそんな仕草を覚えたの…」
「ヴィックのせいじゃない、んむ」

 私の返事を封じるようにヴィックは私の唇に噛み付いた。どうやら私の拙い色仕掛けでヴィックは陥落したらしい。
 積極的に舌を絡めていくと、ヴィックは夢中になって吸い付いてきた。膝に乗っていた私と1ミリも離れたくないとばかりにぴったりくっついて息を荒げながらキスを交わす。
 私の腰を支えていた彼の手がドレスとコルセット越しに撫でてきた。触っても硬いコルセットの感触しかわからないだろうに楽しいのだろうか。唇が離れた時、ヴィックがため息混じりに苛立ちを吐き捨てていた。

「…もどかしい。ワンピースのほうが君の身体の感触がわかりやすいだろうな…」
「……ヴィックがドレスに慣れてほしいって言うから毎日着ているのに」

 私が小さく笑ってヴィックのおでこに自分のおでこをこっつんこすると、彼は切なそうに私を見つめてきた。そして辛抱たまらんと言わんばかりに首元に吸い付いてきた。

「あ、だめ」

 首筋を熱い舌が這う。ヴィックの舌は徐々に胸元に降りていき、開かれた胸元にたどり着く。胸の感触を楽しむかのようにキスを落とされ、私は口だけ注意するけど強くは拒否できなかった。彼の鼻が谷間に埋められ、すぅー…と匂いを吸い込まれて恥ずかしくなった。

「ヴィック、ねぇ…駄目だよ」
「大丈夫、キスしているだけだよ」
 
 確かにキスまでは許されるとは言われたけど、それはアウトだと思うの。だけど拒絶できない私も私なんだろうな……私は彼のキラキラ輝く薄い金色の髪を撫でながら、熱い吐息を漏らしていた。口では抵抗しつつもただされるがままである。
 あぁごめんなさい先生。やっぱり私には拒絶なんて無理そうです。

「そこまでですっ!」

 ヤンデレモードが終了した次はお色気モードに入りそうになり、お互い理性がぶっ飛びそうになったところで部屋の外で待機していたメイドさんが突撃してきて阻止された。
 ……聞き耳立てていたのだろうか。恐ろしい…

 その後私とヴィックは仲良くお説教を受ける羽目となったのである。


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