高飛車なお姫様になびかない彼
「あんた、煉 珠里亜の友達なんだよね?」
「…友達ではないです」
一応否定しておいた。
だが相手の機嫌を逆撫でしたのか、怖い顔で睨まれた。恐怖を感じた私は、萎縮して声が出なくなる。
誰なんですか。まずは名乗ってくださいよ…と言ってやりたいが、怖くて何も言えない…。
「そんなことどうでもいいから。話があるの、ちょっと来てよ」
私の都合なんてお構いなしの呼び出し。
またか……げんなりしつつも、こんなのいつものことである。素直に応じようと足を動かす。
どうして私はこんな役回りなのだろう。珠里亜のせいで私の青春は灰色だ…
「煉ー!」
私が教室を出て廊下へと一歩足を踏み入れたときだった。よく通る声が教室に響き渡る。珠里亜の名字が呼ばれたことで私はビクリと肩を揺らした。
「なによー? 逸見ってば、そんな大きな声出して」
「この先輩がお前に用だって」
それは逸見君だった。
彼は教室の隅で派手な男子や同じタイプの女子と固まっていた珠里亜を呼び出すと、今しがた私を呼び出した女子の方を指差して来客を教えていた。
「誰この人ー」
「ちょ…私が用があるのはその子」
先輩は珠里亜の登場に焦った表情を見せていた。先程までの偉そうな態度はどこへ言ったのだろう、珠里亜を前にしたらしどろもどろになって目を泳がせている。
「でも今、こいつに煉の友人かって確認した上で呼び出しましたよね?」
「それは」
「用って、なんですか? ここで言えばいいじゃないですか。…それともここじゃ言えない話なんですかね?」
逸見君の淡々とした問いかけに彼女は口ごもった。
「私はただっ…」
「あのさぁ、用があるならさっさと用件言ってよ。珠里亜、暇じゃないんだぁ」
嘘つけ、今までスマホゲームして遊んでいたくせに。…とは突っ込まないでおく。珠里亜としてはスマホゲーがとても忙しいのであろう。
眉間にシワを寄せた珠里亜は鬱陶しいといった態度を隠さずに、彼女を睨みつけた。相手は一応先輩なんだけど、珠里亜はタメ語で応対していた。背は決して高いとは言えないのに珠里亜がそこにいるだけですごい威圧感である。
「あ、あ……あんたが悪いんでしょ!? あんたが私の彼氏に色目使うから、私は彼氏に振られたのよ!?」
「…はぁぁ? 彼氏ぃ? 誰よそれ。ていうかあんた誰ぇ?」
うわぁ……
案の定、この人は珠里亜に恨みがあって、そのことで私に八つ当たりをしようと呼び出したらしい。
多分珠里亜には勝てないから、そばにいるおとなしそうな私にイライラをぶつけようとしたのであろう…
「ふざけないでよ! 彼はあんたのことが好きになったからって私を」
「それ、珠里亜悪くないよね? あんたの元カレが勝手に珠里亜のこと好きになったんでしょ。珠里亜のほうが可愛いから」
でたぁ。珠里亜節。
好きになった男が悪いのだ説来たよ。
私も何度その文言を聞いたことか。
でも確かに珠里亜は可愛い。男が好きになる理由もわかるので、文句言っても勝てない気がする。それはよくわかる。
「そもそもなんでそれを千沙にいうの? 千沙関係ないじゃん」
あんたに言っても暖簾に腕押しだからじゃないかな。あんたいつもそんな態度だから、友人と認識された地味でおとなしそうな私の口から注意させようという魂胆でしょ。
「だってこの子あんたの友達でしょ、この子からあんたに注意が行けば、あんたも反省するでしょ!?」
「いや、だからさ千沙関係ないじゃんって言ってんじゃん。なんで千沙を巻き込もうとするの? 珠里亜に直接言えばいいのになんでそんなまどろっこしいことするの? あんた頭悪いんじゃない?」
うわぁ、きっつ。
この近辺の酸素が薄くなったような気がして息苦しい気がした。怖いので後退って逸見君を盾にする。
やめて、私は平穏に生きたいの。こんな修羅場ゴメンなんだよ…
「……何なのよあんた! 少し顔がいいからって…!」
「えー少しじゃないと思うけどぉ。ね、逸見、珠里亜かわいいよね?」
自分の美貌を自覚している珠里亜は斜め後ろにいる逸見君に確認を取った。珠里亜は自分に自信があるので、時折こうして男子に確認することがあるが、男の口から出てくる言葉はいつも決まっている。
「あーウン。かわいーかわいー」
「心こもってないなぁ…」
……逸見君の声は無感情もいいところであるが。
やっぱり逸見君は少し変わっているなぁ。
男がこんな美少女に馴れ馴れしくされたら吃るか、のぼせ上がるか、調子に乗るかの三択だと思うんだけど。彼は淡々とどうでも良さそうに珠里亜が欲しがっている言葉を返している。
「あんたのこと許さないからっ」
「別にいいけど、ほんとにあんた誰?」
呆れ半分な珠里亜の問いかけにブチッときた彼女は顔を真っ赤にして、涙目で「もういいっ」と怒鳴って踵を返していった。
ちょっと可哀想に見えるが、自分も巻き込まれそうになった被害者なので変な同情はしないでおこう。彼氏に振られたのはお気の毒だがな……その気持ちはわかる。
「めんどくさいなぁ」
先輩が立ち去ったのを見送った珠里亜がつまんなそうにつぶやく。
……珠里亜ってちょっとサイコパスなんだろうか。人の心の痛みがわかんないと言うかなんと言うか。同じ体験しないと理解できない人種なのかもしれない。
「千沙もさぁ、もうちょっと断るってこと覚えたほうがいいよ。誰彼にもついていって話聞く必要ないと思うんだ」
「……」
誰のせいだと思ってんだ。
私が沈黙していると「千沙っていつもそうだよね。だんまりしてさ」とため息をつかれる。私はぐっと拳を握った。
あんたがいなければ私だってこんな目に遭わないのだ。あんたがいるから、私はどんどん卑屈な嫌な性格になっていくんだよ…!
「それ以前にお前の素行悪すぎだろ。どんだけ男引っ掛けたら気が済むの」
助け舟を出したつもりなのか、逸見君が珠里亜の素行を責める。
「えぇー? でもホント知らないんだよ。誰が彼女持ちかとか把握してないし。基本的に珠里亜、彼女や奥さん持ちの人とは付き合わないしぃ」
だが珠里亜は自己愛の塊なので響かない。それが彼女のスタンダードなのだ。
「世界はお前中心に回ってるわけじゃねーんだぞ。お前の態度一つでこうして菊本に火の粉が振りかかってんだからもう少し考えたらどうなんだよ」
「…なんかぁ、逸見って珠里亜につめたくなぁい?」
厳しい意見を言う逸見君に珠里亜が首を傾げて問いかける。あぁこの角度よ。男はこの角度に弱いんだよねぇ。
「俺は中立的立場に立ってものを言ってるだけだけどな……わかんねーならもういいわ」
諦めた様子の逸見君は珠里亜の横を通り過ぎて自分の席に戻っていった。
「なぁにぃ、あれぇ」
珠里亜は頬を膨らませて不満そうに文句を垂れている。
私は彼の後ろ姿を目で追いながらぼーっとしていた。
逸見浩之。果たして彼は何者なのだろうか。ドキドキと先程から心臓が高鳴って、私は妙な高揚感を覚えていた。過去にこうして間に立ってくれた人はいただろうか。男子はみんな珠里亜の味方だった。
だからこそ、彼はやっぱり違う気がする。
珠里亜を特別扱いせず、一人の人間として接する。私と同じく。ただそれだけのことなのに私は彼のことが気になって仕方ない。