パリピな男子バスケ部員と女子部マネの私。 | ナノ

再会と変な空気の招待試合【後編】


 他校との招待試合が始まった。
 私は試合の記録付けと、タオルやドリンクの準備をこなし、忙しくサポート役に駆け回っていた。
 体育館外の手洗い場で蛇口をひねると、バシャバシャと勢いよく水が飛び出して水しぶきが顔に飛んできた。私はギュッと目を瞑って、すっかり冷たくなった水道の水の冷たさに身を竦ませていた。

「──竹村」

 横からかけられた声に顔を上げると、そこには中学時代の同級生・西山の姿があった。彼を近くで見ると肌に凸凹ができている。ニキビ跡が残っている頬は健在のようである。

「…何してるの? 試合は?」
「あともうちょっとで始まる。…お前の姿がないから気になって」

 なんだそりゃ。
 私は女子部のマネだし、ずっと体育館にいるわけじゃないぞ。こっちも別にやることがあるんだから。
 ……真横に立たれると、その身長差が浮き彫りになる。なんだこの差は。それにムッとしつつ、私は冷たいタオルを数個量産するためにタオルの水気を絞っていた。

「あのさ、なんでバスケやめたんだ?」

 突っ込まれるかもなぁと思ったからあんまり話したくなかったんだけど……私は渋い顔をして口ごもった。なんとも言えないグチャグチャした感情を水気を吸った黄色いタオルに込めて力いっぱい絞る。

「…見てわかるでしょ、身長が低いからだよ」

 怪我が癖になっているのも理由のひとつであるが……中学の時のことを思い出すと暗く悲しい気持ちになってしまう。
 あの頃の私は背が伸びずにヤケになっていた。そして私よりも先にレギュラーになった後輩を見て、妬んでいた。「私のほうがもっと上手にプレイできるのに」って。
 そんな醜い自分が嫌だった。人を妬んで、自分を正当化させてプライドを守ろうとしていた。…だけど努力だけじゃどうしようもなくて。
 ぐるぐる悩んで、受験時期に引退すると同時に一度はバスケをやめる決意をした。

 一度は辞めた。
 だけど、高校に入学してバスケ部の練習風景を見ていたらやっぱりバスケが好きだなって思ったんだ。新歓シーズンに男子部の人からマネージャー勧誘を受けたのだが、私はその誘いを断って、女子部の部長さんにマネージャーは募集してないのかと尋ねに行ったのである。

「竹村…」

 あんまり中学の頃のことは思い出したくないなぁ……好きなはずのバスケが苦行に思えてきて苦しかった時期だし。
 私は力なく俯いた。蛇口から流れる水が溢れる洗面器をぼうっと眺め、過去に思いを馳せていた。

「だめだよ?」

 その言葉に私はハッとした。
 暗い思考に囚われてはいけないという指摘をされたのだと思ってギクリとしたのだが……その声の持ち主は何故か西山の手首を掴んで持ち上げていた。

「な、なんですか…」
「さっき俺が言ったこと忘れちゃったかな?『お触り禁止です』って」

 ……何故瑞樹先輩までここにいるのだ。
 あんたもレギュラーなんだから体育館で待機してなさいよ。
 彼はなぜか西山の手首を掴んで半笑いを浮かべているが、その笑顔には圧があってあまり友好的には見えなかった。

「菜乃ちゃん、彼と親しそうだね」

 ちくりと棘がありそうな尋ねられ方をされた気もしたが、私は中断していた冷タオルづくりを再開させた。

「中学の時に同じクラスでバスケ部所属だったこともありましたから」

 タオルを絞り終えた私は、水を捨てた洗面器内に絞ったタオルをキレイに並べるとそれを持ち上げた。
 ……なんだろうこの雰囲気。居心地が悪いなぁ。変な空気が流れているのでここから離れてしまいたい。

【♪♪♪…】
「あ」

 体育館に戻ろうと方向転換をした私のジャージのポケットから日曜夕方にある大喜利番組テーマソングが流れ出した。気が抜けそうな音楽だが、これは私の身内専用の着信音なのだ。

「──もしもし、おじさん?」

 私はスマホを取り出して電話に応答すると、持っていたタオル入り洗面器を瑞樹先輩に押し付けた。

「正門ね、わかった」

 軽くやり取りをして電話を切ると、私は先輩に言った。

「それ、女子部の子捕まえて渡しておいてください」
「えっ!? 菜乃ちゃん、俺の試合見てくれないの!?」
「うっさいですねぇ、子どもじゃないんだからわがまま言わないでくださいよ」

 なにやら瑞樹先輩はレギュラー入り出来た試合を見てほしいらしいのだが、私は女子部マネだから男子の試合見てる暇ないんだよ。

「試合始まるならさっさと体育館に戻ってくださいよ。それと西山も。レギュラーになれたからって油断していたらあっという間に追い抜かれるんだからね」

 2人に体育館に戻るように命じると、私は小走りでおじさんが待っているであろう高校の正門前まで駆け出したのである。


■□■


「ちょっと、菜乃花これどうしたの…?」

 お昼休憩となり、私は女子部員たちにお弁当を配った。お茶と一緒に全員行き渡ったか確認していると、先輩がお弁当の中身を見て目を丸くしていた。
 いつもこういう試合の時などはチェーン店でのり弁とかシャケ弁を頼んで食べているそうだが、今日は私が用意させていただいたので違うのだ。

「私の親戚のおじさんが個人でお弁当屋を経営してて、今日は土曜で大口の団体注文がないからって特注弁当を作ってくれたんです」

 私も早朝から厨房に入らせてもらって調理に携わったけど、時間に間に合いそうになかったので、出来上がったら包装して届けてくれるっておじさんの厚意に甘えて配達してもらったんだ。

「体のこと考えて作ってもらってるので、食べてくれたら嬉しいです」

 女の子は男と違ってどうしても身体に不調を起こしやすい。成長期なので栄養はしっかり取ったほうがいいと思うのだ。お家でちゃんと食べているだろうが、完璧じゃないだろう。せめて部活中だけは私がサポートできればと思って色々調べて作ったんだ。

「菜乃花、あんたって子は…」
「あ、このお弁当は部費の予算内でおさめているんでご心配なさらず…」

 なんか皆がこっちを見ているから慌てて手を振ると、私は空いている場所に座って、自分の分のお弁当を開いた。
 スポーツをする女子に心強いメニューが詰まったお弁当。我ながらとても美味しそうだ。割り箸を割ってさぁいただきますだと思っていたら、横からニョッと指が伸びてきた。

「させない!」

 私はその手のひらを叩いた。

「いたーい、何するの菜乃ちゃん」
「あんたならそう来ると思ってましたよ!」

 弁当を盗み食いされる危険性も想定していたさ! 夏休み合宿中の豚の生姜焼き事件はまだ私の中で遺恨として残っているんだからな!
 私は傍らに置いていたお弁当配達用の箱から未開封のお弁当容器を持ち上げると、それを盗み食い犯に突き出した。

「そんな事もあろうかと多めに作ってきたんで、あんたはこっちを食べてください!」

 きっとヘラヘラしながら食べるだろうなと思っていたのだが、瑞樹先輩は目を丸くして固まっていた。
 数秒ほうけていた彼は、私からお弁当を受け取ると照れくさそうに、妙に嬉しそうに笑っていた。
 そして周りにいた部員には生暖かい目を向けられた。

「なんですか…」

 私が周りを見て顔をしかめていると、女子キャプテンに「菜乃花、午後ちょっと抜けてきてもいいよ」とニヤニヤしながら言われた。

「午後も試合があるのに出来るわけ無いでしょう」
「いいのいいの」
「嶋野は菜乃花に観てもらいたいだろうしねぇ」

 どいつもこいつもニヤニヤと何なのだ。

「美味しいね、菜乃ちゃんは本当に料理上手だ」
「…それ、おじさんが作ったキンピラですけど」
「なるほど、菜乃ちゃんの味はお弁当のプロであるおじさん直伝なんだねー」

 調子狂うからやめてほしいんだけど。
 瑞樹先輩は、男子部にも注文された弁当が用意されているのに、うちの弁当を完食していた。本来用意されてた分はおやつにするとか言っていたが、なんかむりやり弁当を押し付けたみたいになったかな…

 その後私は、招待試合に出場しない女子部員数人に無理やり連行されて、午後の男子部の試合の観戦を強制させられてしまった。
 瑞樹先輩はレギュラー入りがよほど嬉しいのだろう。コート内で自由自在に動き回り、その試合で一番目立っていた。空回りして下手こいていたりもしたが、それでもカッコよく見えたのはここだけの話である。

 楽しそう。
 真剣な表情だけど、バスケを心から楽しんでいるのが伝わってくる。……私も、昔はああだったよなぁ。

「菜乃ちゃーん見たー? 今点数入ったよー!」

 瑞樹先輩がコートの中から腕をブンブン振って報告してきたけど、見てたからわかるよ。

「嶋野めちゃくちゃはしゃいでるね」
「そりゃ菜乃花が見てるもん」

 女子部の先輩たちが冷やかしみたいにニヤニヤしながらこちらを見下ろしてくる。
 そんなに後輩に見てもらいたいのか。……それとも、バスケを諦めた私に見るだけでも楽しんでほしいって思ってあんなにはしゃいでるのかな。


■□■


 午前と午後、一日かけた招待試合は幕を閉ざした。相手校の面々をお見送りしたこの後はミーティングと片付けしなきゃ。
 お見送りをしながら仕事の段取りを考え込んでいると、急に目の前が陰った。

「竹村」

 それは元同級生の西山だ。
 そういえば…西山も試合に出ていたんだよね。…あんまり、目立ってなかったけど。ていうか瑞樹先輩がはしゃぎすぎて周りの印象が薄かったとも言える。

「あのさ、連絡先聞いてもいいかな」
「え」

 スマホを持った西山はメッセージアプリのQRコードを見せてきた。
 なんで私の連絡先を聞いているのだろう。今は学校違うし、大して連絡することも…

「ごめんねー。菜乃ちゃんのことは俺通してねー」

 ピコンと音を立てて、メッセージアプリで友だち同士になった瑞樹先輩と西山。
 西山は固まって瑞樹先輩を見上げている。
 …何してんのこの人。

 瑞樹先輩は私の肩を抱き寄せると、「じゃあお気をつけてー」とスマホを持ったまま笑顔で手を振っていた。

「西山ー、バスが発車するぞー」

 ここまで乗ってきたマイクロバスが発車すると告げられた西山は言葉が出てこないようだった。離れ難そうに何度かこっちをチラチラ振り返っていたが、最後には諦めてガクリと肩を落として去っていった。
 一体どうしたんだろう。男の連絡先なんかいらないよって文句が言いたかったのだろうか。

「何してるんですか、あんた」

 急に割って入ってきて。たまによくわからん行動するよね先輩って。
 親しいわけでもない元クラスメイトに連絡先聞かれて戸惑っていた私を庇ったとでも言うのか?

「菜乃ちゃんは無防備だよね」
「えぇ?」

 そんな事ないだろう。
 現に私は恋愛にうつつを抜かすことなく、日々実直に生きているのだから。
  
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