魅惑の腹肉。その時彼は。【橘亮介視点】
耳元ですやすやと安らかな寝息が聞こえる。
初めて飲んだ酒の味に感激したあやめは限度を超えた量を飲んでしまったようで、見事に酔っ払ってしまった。
だがこの程度の酔い方なら可愛いものだ。サークルの先輩の酔い方が面倒臭い。先輩方に散々迷惑を掛けられてきたので、尚更あやめの酔い方が可愛く見える。
寝てしまったあやめが落ちないように抱え直すと、店から二駅先にある自分の部屋まで連れて帰った。
「あやめ、ほら着いたぞ」
「うーん、もうのめませぇん」
「飲まなくていいから。靴脱げるか?」
「うい」
千鳥足になりながら靴を脱いでいたので、慌てて支える。靴を脱ぎ、家に上がったあやめはヘラヘラとご機嫌になって俺に抱きついてきた。
「しぇんぱーい、ハグー」
「わかったわかった」
水飲ませたら酔いが覚めるだろうか?
彼女をソファに座らせると、台所に向かう。冷蔵庫からミネラルウォーターを取って戻ると、あやめはソファでぐでーんと変な姿勢になって寝入っていた。よくそんな姿勢で眠れるなと感心したが、朝までこの姿勢で寝てたら翌日身体が痛くなるだろうから起こす。
「ほらあやめ、寝るなら布団で…ここで寝たら首が痛くなるぞ」
「…ん…わかりましたよぉ…はいどうぞ!」
あやめは何をわかったのか、ぺろーんと自分の服を捲りあげて腹を見せてきた。
柔らかそうな腹が目前に晒され、俺は頭が真っ白になった。普段、腹を見るな触るなとやかましいのに、今なぜこいつは堂々と腹を晒しているんだろうか。
「…いいんでしゅか? おなかもみたいんでしょ?」
「……」
「もんでいいんれすよ…?」
まるで誘っているような眼差しで俺を見上げてくる彼女。
…わかっているんだ。特にその言葉には深い意味はない、ただの酔っ払いの発言だと。酔って気が大きくなっているから腹を揉めなんて色気の欠片もない事を言っているのだ。
あやめの腹は揉み心地が良い。揉んでいると落ち着く。
あの時、清水さんをあしらった際に俺はあまりにもイライラしていた。なので自分の精神安定のためにちょうどいい位置にあったあやめの横腹を揉んでいた。
清水さんにはハッキリと想いには応えられないと言ったはずなのに、よりによってあやめの誕生日にあやめのいる目の前で縋り付いてきたあの女に俺は少々乱暴な振る舞いをしたかもしれない。
今までに何度か女性に対しての俺の八方美人な対応により、あやめに誤解・嫉妬させてしまった身としては、この大事な日に誤解、そして邪魔されるのは絶対に嫌だったのだ。
この日のために頑張ってきたと言うのに。大体あそこであの女に優しくしていたらあやめが傷つくことになるのはわかりきっていたことだ。
乱暴なあしらい方になったが、中途半端に優しい態度を取るよりも、あの方があちらもあきらめてくれるだろう。
それはそうと、今は目の前のあやめだ。
酒に酔ったせいで頬が紅潮し、目が潤んでいるその様子は情事の最中の彼女を思い出す。本人はほろ酔い気分でポヤーンとしているだけだが、俺にとってはご馳走が目の前に転がっているようにしか見えない…
…こっちは酔っぱらいを介抱してやっているのになんて無防備な…
「おなか、もまないなら、わたしはねましゅよぉ…」
俺がいつまで経っても行動に移さないのを、そう取ったあやめはもぞもぞと服を元に戻して、再び眠りにつこうとしていた。
そんな彼女を見下ろして俺は思った。
…どうせ揉むなら別の部分がいい。
腹ももちろん揉むけど。
俺はあやめの身体を抱き上げると、ベッドに運び入れた。俺があやめの上に覆いかぶさると、ベッドのスプリングが軋む音が大きく響く。
その音を全く気にしていない様子のあやめはすやすやと寝息を立てていた。服の隙間から手を差し込んで身体を撫でると、寝ていたはずのあやめはハッと目覚めた。
「あっしぇんぱい! そこおなかじゃない!」
「腹もちゃんと揉んでやるから」
「えっちー! バカァ…」
口では文句を言っていたが、元はといえば煽ったあやめが悪い。望み通り腹を揉んだらその手を叩かれてしまった。揉んでいいと言ったくせに…
抵抗するような言葉は発するけど、あやめは俺にしがみついて離れない。天の邪鬼め。
段々あやめは甘えるような鳴き声しか上げなくなった。
翌朝、あやめは二日酔いでベッドの上の住人になっていた。午後になると少し回復したので家まで送って行った。
…多分酒のせいだと思うが…ちょっとだけ自分のせいかもしれないと反省している。