攻略対象の影薄い姉になったけど、モブってなにしたらいいの? | ナノ



承認欲求の行方【前編】


「うちのサークルは基本的自由参加だから、イベントごとは余裕のある時に参加でいいよ。あと行ってみたいお店とか、作ってみたいものがあったら検討するからどんどん要望言ってね」

 体験入部でサークルの部長が言ったその言葉で即決だった。第一印象が良かったのもある。
 私は正式にサークルに入部する事を決めた。


 入学早々、ヤリサー危機一髪事件に巻き込まれた私だが、その後はごく平和にサークルの体験入部をしたり、自分が受講する講義の時間割を決めたり、講義を受けたりして大学生ライフを送っていた。
 その何もかもが高校とは異なるシステムに戸惑ったけど、6月にもなると大分慣れた。

 しかし6月は大学生にとって中だるみの時期だから要注意なんだって。7月下旬の前期試験に向けて今から勉強しとけよと彼氏様にも釘を差されている。
 なのでサークルに参加したり、ファーストフード店でのバイトをしつつも私は地道に勉強を頑張っていた。
 同じ学科の友人も出来たし、サークルの先輩方とも仲良くしている。もちろん最愛の彼氏とも仲良しだ。
 私のJD生活は充実していた。


 …なんだけど、最近変な人に絡まれている。

「えぇ〜私お魚なんてさばけなーい! …だってこっち見てる…こわぁーい」
「…ならあやめちゃん、…頼める?」
「はーい…」

 サークルの部長に頼まれ、私は包丁を手にとった。場所は大学内にある調理室だ。
 私の目の前にはまな板にドーンと転がる一匹の魚。今からそれを解体します。

 お魚さばけなーいと発言したのは同じサークルの…彼女は文系学部の同じ1年だ。身長は…多分高校の後輩・ハムスター系女子の室戸さんと同じくらい…150cm辺りの背丈。今日はレースをあしらったクリーム色のワンピースを着てきている。今日の活動は調理なのに何故その服を着てきた? 汚れないようにエプロンはしているけどさ…魚扱うんだよ?

 そう…その彼女がサークルでかなり浮いている。
 うちのサークルは「食べ歩き&実践をテーマにしたお料理サークル」だ。なので調理も活動の一環となっているのだ。前もって料理や製菓をしますよとサークル勧誘の際に説明も受けている。

 料理ができなくても向上心さえあれば、先輩方がカバーしてくれる。今の時代魚なんてさばけない人が多いから…別にいいんだけどさぁ…

「うわぁー信じらんなーい! よくそんな事出来るねぇ! あやめちゃん」
「……」

 ぶちゃあと魚の内臓を乱暴に引っ張った私は悪くないと思うんだ。相手がきゃーって横で叫んでいて実に不快だ。

 なんだろう…なんだろうねこれ……
 無邪気っていうの? ちょっと言葉選びの悪い人だって言い聞かせて気にしないようにしているけど、なんかむかつくんだ。

 お店の人に頼めば魚を綺麗に下ろしてくれるけど、せっかくなのでまるごと購入して料理しちゃおうと、商店街の魚屋さんで新鮮なかつお を丸々一匹購入した。…およそ40cmくらいのサイズかな。

 今日のメニューはカツオの漬け丼、カツオのにんにく竜田揚げ、カツオのカルパッチョ、カツオのアラで出汁をとった根菜の汁物である。まさに鰹づくし!

「…須藤さん…冷やかさないで、あやめの手さばきをちゃんと見ててね」
「はぁーい」

 私と同じ学部で同じ学科専攻である2年のミカ先輩は、須藤さんの言動に苛つきながら注意していた。
 …イラッとしたのは私だけじゃないのかとホッとした。

 須藤さんは調理となると何かに付けて言い訳をしては、サボって何もしない。食べるときだけは一人前なんだけどね。
 ミカ先輩がちくりと言ったけど須藤さんはそれを察すること無く…その後も無神経な発言でサークル生たちをイライラさせていた。
 うちのサークルには少ないけど、料理男子もいる。当初彼らは料理ができない彼女を可愛いなぁと甘やかしていたが、女子学生がピリピリするようになってなんとなく気づき始めたようである。

 料理は上手にできた。出来たけど、SNSに上げたいと騒ぐ須藤さんのノリにサークル内の雰囲気は最悪であった。何もしてないくせに…!
 だってこの人…この間の活動で作ったイタリアン料理も自分が作りました☆ってSNSに上げてたもん。
 何もせずにただ冷やかしただけなのに。

 植草ママン直伝のパスタがまずいわけがなく、みんな絶賛していた。部員たちでレシピを共有したけど…そのレシピを…自分が考えたみたいにSNSに上げられたんだよ。それはちょっと…ねぇ?
 それ、植草ママンのママンが考えたレシピなんですけど!!
 ムカつく! 絶賛の嵐を受けてたみたいで自慢してきたし! 腹立つ!

 サークル活動自体は楽しい。
 こんな事考えちゃいけないけど、須藤さんがいなければもっと楽しいと思うんだ。でも追い出しなんて出来ないし…我慢するしかないんだろうな…


☆★☆


「先輩方、おまたせしましたー!」

 ウチの父が会社の人から焼肉屋さんの割引券を貰った。だが父は只今禁酒中で、絶対に酒を飲みたくなるから行かない。とその割引券を私にくれたのだ。
 ちなみに和真はお金がないからいいと遠慮してた。…和真は買い食いし過ぎだよ。

 亮介先輩と2人で焼肉を食べに行ってもいいけど、この割引券1枚で5人まで利用できる。30%割引だし、食べ放題コースだから勿体無いと思った私は大久保先輩も誘ってみたのだ。夕飯の準備しなくていいからラッキーみたいなノリで大久保先輩は快諾していた。
 なので今日は大学の正門前で待ち合わせしてそのまま最寄りの焼肉屋さんでご飯を食べることになっている。

「今日昼飯抜いたからめっちゃ腹減ってんだよ」
「…空きっ腹で食べても、多く食べられるわけじゃないぞ」
「いーんだよ。明日の朝の分まで食ってやる」

 大久保先輩はすっかり腹ペコにさせて焼肉に挑むつもりらしい。
 先輩方は体育会系のサークルだからか、かなり食べる。最盛期は過ぎたと口では言っているが、それでもかなり食べてると思うよ。
 …太ることを気にしないで食べられる彼らが羨ましい。

 先輩2人と近場の焼肉チェーン店に移動していた私だったが、目の前にぴょこっと人影が現れたので、動かしていた足を止めざるを得なかった。

「あーやめちゃん♪みんなでドコいくの?」
「……須藤さん…」

 出た。
 ていうかなんでここにいるの。学部違うし、終わる時間も違うはずなのに…
 私が遠い目をしていると、何かを企んでいたらしい須藤さんは先手を打ってきた。

「あのっ私もご一緒してもいいですかぁ?」
「え…?」
「…あやめの友達か?」
「…サークルが同じ「そうなんですー! 私達とっても仲良しなんですよぉ」」

 ぎゅむっと腕に抱きついてきた須藤さん。何するのこの人…私達がどこに行くかなんて知らないくせに何を言っているのよ。
 仲良くなんて…ないよ…。…あぁなんだかあんなに苦手だった林道さんが可愛く見えてきたかも。林道さんのほうがマシ。
 この人、苦手だわ…

 私が首を横に振って目で訴えていることに2人とも気づいていないのか「5人まで割引なんだろ? いいんじゃね?」との大久保先輩の一声で決まってしまった。

 そこからは大久保先輩と亮介先輩にすり寄るように声を掛けてくる須藤さん…目的はそれか…
 私の友達だと誤解している2人は須藤さんの声かけに返事をしてあげている。男の人ってこういうの気付かないのかな…。

 …焼肉楽しみにしてたのに、なんかもう行きたくなくなったわ。皆で楽しく焼肉がしたかったのに…絶対…なにか起きるに決まっている…!
 同じサークルで顔を合わせるから、争いを避けようとして口に出さなかったけど、こんな事なら顰蹙を買う覚悟で拒否するべきだったのだろうか…
 

 私がこんなにテンションがだだ下がりだなんて気づいていないであろう先輩方についていくしか私には出来なかった。
 重い足でたどり着いた焼肉屋。早い時間に入ったお陰ですぐに席に通された。男子と女子に分かれて対面式のテーブル席に座った。
 このお店の食べ放題コースは一通りメニューが届いた後に追加注文していくシステムだ。テーブルにズラッと並べられた肉や野菜に私の気持ちは少しだけ浮上した。
 
 …しかし、そこでも須藤さんは通常運転であった。

「あやめちゃん、お肉焼いてぇ? 私ボーッとしちゃってきっと焦がしちゃうからぁ」
「いや、自分の分は自分で焼いてね」

 私だって肉を食べたいんだよ。なんで焼肉屋で人の世話をしないといけないんだ。
 みてみろ、目の前で男二人も自分の食べる分は自分で焼いてるぞ。焦がさないようにじっと肉を見守っていたらそうそう焦げないよ。

「あやめちゃんはしっかりしててぇ、いつも私のこと引っ張ってくれてるんですぅ」
「あーそだねー…すいませ〜ん追加の注文お願いしまーす」

 もう須藤さんのことは気にしないで肉を堪能することにした。…本当大学って色んな人がいるよねで済ませるしかない。

「私ってぇ天然じゃないですかぁ、だから人をすごくイライラさせちゃうと言うかー。どうしたら良いですかねぇ?」
「いや知らんけど」

 いきなり始まった相談事に大久保先輩がごもっともな返答をしていた。
 まともに相手しなくていいですよ。ていうか私の育てた肉をさっきから食べてるんですけどこの人。

「…すいませーん、追加お願いしまーす」

 私が目を離した隙に肉を盗んでいく須藤さん。なんなのこの人。私全然食べた気がしないんだけど。

「また追加するのー? あやめちゃんったら結構大食いだよね!」
「…そだねー」

 おめぇが私の分を食べてんだよ! 
 ていうかあんたが人を苛つかせているのは天然だからじゃないから。本物の天然に謝りなさい。

「あやめ、ほら」
「え? いえいえ今注文したので大丈夫ですよ。先輩が食べて下さい」
「いいから」

 流石に亮介先輩も異変を感じ始めたようだ。対面の席から腕を伸ばして、自分で育てていた肉を私の取り皿に乗せてくれた。…できればもっと早く異変に気づいてほしかったと思うのはわがままなのだろうか…

「田端姉、ほらピーマンやるよ」

 大久保先輩が焼けたピーマンを差し出してきたが、私は首を横に振った。 

「野菜なら大久保先輩が食べたほうが良いですよ。普段炭水化物と肉で生活してるんですから」
「失礼な。今日は朝メシにポテトフライ食べた」
「だから炭水化物ですって」

 ジャンクフードで胸を張るんじゃない。
 大久保先輩は無理やり私の取り皿にピーマンを乗せてきた。さっき肉と野菜セット追加注文したから大丈夫なのに。

「…そぉだぁ、知ってますぅ? …あやめちゃんってぇすっごくお料理が上手なんですよぉ」
「あぁ知っている」
「確かに上手いよな」

 須藤さんよりも目の前の先輩方とのほうが付き合いが長いんだから向こうの方が私のことを知っていて当然のことである。
 突然何を言い出すのかと思えば、須藤さんはニヤリと笑っていた。
 …私はそれに嫌な予感しかしなかった。




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