攻略対象の影薄い姉になったけど、モブってなにしたらいいの? | ナノ



和真と寿々奈の間柄。



「和真君! お疲れ様っ」
「…あんたも飽きないな」

 男が圧倒的に多い空手道場に、小柄な少女がひょっこりと現れた。彼女は決まって唐揚げが入ったお弁当を唯一人のために届けに来るのだ。

「今回はね、ちょっとアレンジしたんだ♪」
「…料理が下手な人間は決まって余計なアレンジするんだってよ」
「違うもん! 私のは美味しくなるように工夫したの!」

 もう何度も繰り返されたやり取り。
 少年にはわからなかった。彼女は諦めることなく、自分に好意を伝えようとしてくるから。

 少年は生まれた頃からその整った顔立ちのおかげで女性から好意的に見られていた。しかし、好意を向けられてもそれは自分の顔に対する好意と知っていたから、心から喜ぶことは出来なかった。
 だから、自分に付き纏ってくるこの少女も同じなのだろうと、鬱陶しいと感じることも多かった。なので時折雑な対応をすることも多々あった。

 それをすれば大体の女子は諦めるか悪態を吐くのに、彼女はめげない、凝りない、諦めない。

 はじめは苦手だった。
 彼女が何を考えて自分に纏わり付くのかわからず、自分のことを分かっているかのような口ぶりで語ることがあったから。

 だけど…慣れなのかなんなのかはよくわからないが、今はこうして彼女の作ってきた弁当を食べて感想を言う間柄になった。この関係をどう表現するのかはまだ少年には理解できなかったが、以前よりは慣れてきた。


「…前からさ、思ってたんだけど…あんた俺の顔が好きなの?」
「勿論!」

 その返事を聞いて「やっぱりそうだよな」と内心何処かで落胆した自分がいた。少年はため息を1つ吐く。

「でもね、一番好きなのは優しくて、不器用な所!」
「……は?」
「唐揚げ星人なところも可愛いし、笑った顔も好き! それにね、空手してるときは格好いいし、バスケが上手いところも素敵!」
「………」
「他にも語りきれないくらい好きなところがあるよ!」

 次から次に好きな所を挙げられて、少年はぽかんとしていたが、急に気恥ずかしくなったようだ。頬を赤らめて、少女から目をそらしていた。
 少女は少年の反応を見て一旦口を閉ざしたが、照れくさそうに微笑んだ。

「…和真君は覚えてないけどね、私が高校一年の時、電車で痴漢に遭っていたのを和真君が助けてくれたんだよ」
「……痴漢?」
 
 少年はその事を覚えていないのか不思議そうに首を傾げていた。少女もそんな気がしていたので特に残念がる様子もない。

「私ねパッと見、大人しそうに見えるみたいで、痴漢に遭うことが多くて。だからいつもはちゃんと女の人がいる所に乗り込むのに、あの日は遅刻しそうになって慌てて乗ったから…」

 クラスから2人選出される受験会場の誘導係になってしまった少女は、学校が休みのはずの日に登校していた。ついつい寝坊して電車に駆け込んだはいいが、運悪くそこで痴漢に遭ってしまったのだ。

「怖くて泣きそうになっていた時、和真君が助けてくれたの。…見間違えじゃないよ。和真君みたいに格好いい男の子の顔を見間違えるわけがないもん」
「……そんなことで?」
「そんなことじゃないよ! 私にとってはすごいことなの!」

 少年は事件当日、高校受験のために同じ電車に乗り合わせていたらしい。たまたま痴漢を発見して、その流れで痴漢を捕まえたという話らしい。
 少年にとっては大した事じゃないらしいが、少女には大した事のようだ。

「だからね、私は和真君が好きなの。和真君の優しい所が大好き」
「………あっそ…ごちそうさま」

 彼は空になった弁当箱を少女に返すと、ゆっくり立ち上がった。

「今日のお弁当は美味しかった?」
「……まぁまぁじゃね?」

 少女に背を向けた少年の耳は赤くなっていたが、彼女はそれに気づいていないようだ。

「次はどんな唐揚げがいい?」
「……たまには唐揚げ以外のもの作ってよ」
「…! 分かった! 美味しいお弁当また作ってくるね!」

 少年のその一言だけで、少女は幸せな気分になれた。いつものように少年の背中に飛びつくと、思いっきり抱きついた。

「おい! 人が見てるだろ!」
「えへへへーいいもーん」

 少年は慌てて彼女の腕をほどこうとしたが、彼女は背丈の割に力が強い。なのに腕は華奢だ。怪我をさせてしまいそうなので無理やり解くことが出来ない。
 二人のやり取りは日常茶飯事になっていたので、道場の人間は「またやってるよ」と生温かく、半分嫉みを込めた目で2人を見守っている。

 2人は恋人同士ではない。
 少年は以前よりも少女に心許しているが、彼はまだ恋という感情には至っていない。少女は少年の恋人になりたいと考えていた。そのために今までアタックしてきたつもりだ。
 だがしかし、少年の姉に対する態度を改めなければ、先へ前進できないという事を少女はまだ気づいてはいなかった。少年にとって姉は特別な存在だからだ。そこをクリアせねば、彼女は少年の特別にはなれない。

 なので少女はこの後も彼を射止めるために孤軍奮闘することになる。


「ねぇねぇ和真君、好きな女の子のタイプってどんな子?」
「………」

 少年はその質問の答えを考えながら、道場に掲げられた空手の心得の書かれた額縁を見上げた。
 好きなタイプを想像した時に少年の頭の中に現れたのは、いちばん身近な存在である姉。自分が空手を始める切っ掛けになった姉だ。
 笑うと可愛い、料理上手な姉のことを。

(思い出したら姉ちゃんの作った唐揚げが食べたくなったな。…でももう唐揚げ作ってもらうの卒業するって言ってしまったから頼めないし…何であんな事言ったんだ俺…受験終わったから作ってって頼もうかな…)

 少年がそんな事を考えているなんて知らないのであろう。少女はワクワクした表情で返事を待った。

「…料理上手で……笑顔の可愛い子…かな」
「………えっ?」

 その返事に少女は固まった。

 少年は少女の様子がおかしくなったことに気づかずに「休憩終わったから」と言って、練習に戻っていった。


 少女はその時……一年前に彼の姉とともに冬の資料室に閉じ込められた後のことを思い出した。
 翌日、犯人を風紀室に呼び出して尋問をした際、犯人達の反省の色がない横柄な態度に激怒した彼が言った言葉を思い出したのだ。

『俺の姉貴はなぁ、目を引くような美人じゃねぇかもしれねぇ。…だけど笑うと可愛い俺の大事な姉ちゃんなんだよ! これ以上悪く言ったら承知しねぇぞ!』

 料理が上手で……笑顔が可愛い………

 少女はその残酷な事実を知ってしまい、顔を泣きそうに歪めると涙目になってフルフル震えた。

「あ、あ…あやめちゃんの馬鹿ァ! …和真君のシスコン!」

 そう叫ぶと少女は道場から飛び出してしまった。
 彼女の最後の言葉はあまりにも大きく、彼女が立ち去った後の道場に「シスコン…」と反響していた。

「……は?」

 突然のシスコン呼びに少年は驚いて固まっていたが、それを言い放った本人は帰ってしまった。
 兄弟子らが野次馬のような視線を向けてくるが、少年はそれを気にすることなく、稽古に取り組んだのであった。
 頼れる男になるために。少年の頭には今それしかなかった。


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