私のわんわんパラダイスへようこそ。
「ぐうぅぅぅー」
「ウァン!」
「こらこら喧嘩しないよ。…あ、ゴメンね花恋ちゃん話の途中で」
「キャンキャン!」
「…ワンちゃん達、あやめちゃんに相手してほしいんだね」
花恋ちゃんに誘われてドッグカフェに来た私は、隣接したドッグランで田中さん(コーギー♂)と遊んでいた。
すると私の周りに余所のワンちゃんが寄ってきたかと思えば、私の取り合いを始めてしまったのだ。
今回は嫉妬深いワンちゃんが多かったようである。
田中さんが私の手にテニスボールを押し付け、どこの家の子かわからないが、小型犬から大型犬まで様々な犬種のワンちゃんが私を取り囲み、洋服に噛み付いたり、背中に乗り上がったりとわんわんパラダイスもとい、逆ハーレム(?)を形成していた。
やめてみんな、私のために争わないで!
これが人間の男だったらすごい爛れた関係だよね。
花恋ちゃんはそんな私をにこやかに写真に収めている。絶対陽子様に送るつもりでしょ。あの人は私が柴犬に見えているんだから喜ぶだけじゃないの。
花恋ちゃんとおしゃべりするつもりでドッグカフェに来たのに、私は余所のワンちゃんと遊ぶことに時間を費やした。
だって私が少しでも花恋ちゃんと話そうとすると、嫉妬深いワンちゃんが花恋ちゃんを威嚇しはじめるんだもん。
「ほれーぃ取ってこーい!」
私がテニスボールを投げると一斉に駆けてくワンちゃんの群れ。ちょっとした運動会みたいになってて、ワンちゃんの飼い主さん達が必死に自分ちの子に声援を送っていた。
私はドッグランで終始ワンちゃん達と触れ合っていた。当初は花恋ちゃんとのおしゃべりを目的にやってきたのに、私は犬の相手ばかりしていたぞ。
そろそろ帰ろうかと私達が帰る準備をしているとワンちゃんたちの激しい引き留めにあってしまった。中々ドッグカフェにから出ることが出来なかったが、やっとこさ店の外に出るとそこである人物と再会した。
「…花恋…?」
「あ、間先輩! 何処かに出かけていたんですか?」
そこにいたのはまたもやスーツ姿の間先輩だった。土曜なのにスーツ…お家の会社関係で出かけているのだろうか。
彼は花恋ちゃんを見つけると、パァッと嬉しそうに顔を緩め。後ろに私がいるとわかると、わかりやすく顔を歪めた。
わかりやすい敵対心をありがとうございます。
花恋ちゃんは間先輩の表情が歪んだのに訝しげにしていたが、彼が私を敵対視しているなんて思っていないようである。
「私達ドッグカフェに行ってたんですよ。あやめちゃんがうちの田中さんといっぱい遊んでくれて」
「田中さん……って犬かよ」
「はい。コーギーのオスなんです」
間先輩は花恋ちゃんの足元にいる田中さんを見てぎょっとしていた。まだ田中さんの正体を知らなかったのか。
彼は恐る恐る田中さんに手を伸ばしてその毛並みをぎこちなく撫でていた。
マロンちゃんと仲が悪いから、犬全般駄目なのかなと思っていたが、慣れていないだけで嫌いなわけじゃないみたいだ。
田中さんは間先輩の手の匂いを嗅いで不審人物じゃないか確認しているようだが、攻撃する様子はない。良かったですね間先輩。
私は間先輩と田中さんの触れ合いを暖かく見守っていただけなのだが、私の視線に気づいた間先輩に睨まれてしまった。怖いこの人。
「それじゃ私達はこれで」
花恋ちゃんが会釈して間先輩と別れようとすると、間先輩は彼女の腕を掴んで引き留めた。
「花恋、良かったらこれから…」
ショー…
「…あ」
「あっ! こら田中さん!? 何してるの!?」
間先輩が花恋ちゃんに何か言い掛けていたのだが、間先輩が身にまとっている仕立ての良さそうなスーツのパンツと、これまた高そうな革靴に向かって、田中さんが粗相をした。
それには花恋ちゃんも真っ青である。
「ごめんなさいごめんなさい! クリーニング代だします! あっ靴まで! もう田中さん、間先輩になんて事をするの!」
「ハッハッハッ…」
「……いや、気にしなくていい…大丈夫だから…」
間先輩は真っ青になっている。だけど相手が花恋ちゃんの愛犬だから怒るに怒れないのか……間先輩不憫。
心做しか、田中さんはドヤ顔をしているように見える。気のせいかな?
花恋ちゃんの叱責もなんのその、私のもとにトコトコやってくると、私の足のすね付近に頭を擦り付けてきた。
ドッグカフェでタオル借りてくる! と引き返していった花恋ちゃんを待っている間、私はしゃがみ込んで田中さんの頬をワシャワシャした。
「駄目だぞ。田中さん。間先輩は電信柱じゃないだからね? オシッコはあっちにしないと」
「ワフッ」
私はやんわり窘めた。これで犬の田中さんが理解するかは定かではないが。
田中さんはキラキラした目で私を見上げてくる。
「……テメェ、その犬にけしかけやがったな?」
「…は?」
「花恋の前で恥をかかせやがって…また邪魔しやがって!」
「ちょっと、何言ってるんですか。私は何もしてません。田中さんが電信柱と間先輩を間違えちゃっただけじゃないですか」
「俺が花恋を夕食に誘おうとした時にこのワンコロが引っ掛けやがっただろうが! お前が命令したに違いねぇ!」
「はぁぁ!?」
ひどい言いがかりである。
そもそも夕飯を誘おうとしてたなんて知らないし、邪魔する気は毛頭ございませんけど!?
私は反論をしたが、間先輩は鋭い眼差しで睨んでくるのみだ。すごい形相になっていてイケメンがちょっと形無しになっているぞ。相手は私の意見を聞き入れる気が一切ないようである。
ムカつくなぁ! 私の彼氏様に言いつけるぞ!
「間先輩おまたせしましたー! 応急処置にしかならないんですけど…」
「大丈夫だよ。気にすんな」
…花恋ちゃんが戻ってきた瞬間、キラッとイケメンに戻った。切り替え早い。
好きな子にはいい格好したいのか、私には許さん! と言っていたくせに、花恋ちゃんのクリーニング代負担などの申し出に紳士的に断っていた間先輩は、犬好きを装って、田中さんの頭を撫でようとしていたが、「ふすっ」と鼻息荒く避けられていた。
田中さんに避けられたため、間先輩の手は空を切った。彼の口元はヒクヒクしていたが、何事もなかったかのように格好つけて花恋ちゃんに「後で連絡する」と声をかけるとそのまま帰っていった。
…イマイチ決まっていないな。
「悪いことしちゃったなぁ…」
花恋ちゃんはしょんぼりしていた。確かに高そうなスーツだったしね。
「…いいんじゃない? 間先輩だって花恋ちゃんの大事なコートにコーヒーぶっかけたことあるし。あっちの方は熱湯だったし、火傷の恐れもあったんだしさ。おあいこってことで」
「うーん…」
「相手はもういいって言っているし、花恋ちゃんはちゃんと謝罪を申し入れたんだしさ。気になるならお詫びの品を買って渡すとかしたら?」
私の提案に花恋ちゃんはちょっと考え込んで、頷いていた。
ご主人が凹んでいるのを知ってか知らずか、田中さんはご機嫌に家までの道をトコトコ歩き始めたのであった。