バイトの時間なのでお先に失礼します! | ナノ
好きな子が彼女になりました。【悠木夏生視点】
俺の朝は早い。
入学当初はこれが3年続くのかとうんざりしたものだが、2年目になると慣れてしまった。将来のための学習時間と割りきってしまえばそれまでだが、その分時間が拘束されるため、損することもある。
例に出すなら、好きな子と会う時間が削られてしまうってこと。
特進科の朝を終えて教室を出ると、登校したばかりの普通科の彼女と廊下でばったり会った。俺を見上げた彼女がにっこりと笑顔を浮かべる。
「おはよ、夏生」
この彼女の笑顔のかわいいこと。疲れた体に効果てきめんである。
早朝から勉強漬けで頭がすっかり疲れていた俺だったが、彼女と会えたそれだけで心が急浮上する。眠気すら吹っ飛んだような気がする。
英文と公式だらけの世界が一気に輝きはじめたぞ。
「…はよ、美玖」
彼女を呼ぶのはまだちょっと照れくさいけど、特別感があって嬉しい気持ちも大きい。
名字呼びから名前呼びに変わり、ぐんと急接近した俺達。ずっと名前呼びしたかったけど、付き合ってもないのに呼んだら引かれるかなと思ってずっと呼べなかった。それを今では堂々と呼べるようになったんだ。彼女を独占できる彼氏って立場、最高である。
俺が返事を返したことで彼女はへにゃりと照れ臭そうに笑った。
……やば、可愛すぎない? もともと可愛かったけど、彼女になると更に可愛さが爆発した。いや、爆発してんのは俺の頭の中だけかも知れないけどさ。
あまりの可愛さに俺がへらへらだらしない笑みを浮かべると、美玖も笑い返してくれた。
あぁ、幸せだ。
俺はこの世の春を謳歌していた。
授業でしばらく離れ離れになるので、彼女成分をしっかり摂取しておこうと美玖に穴が開くくらい見つめると、とあることに気づいた。
「……あれ? 化粧してる?」
ほわほわ浮かれていた俺だったが、そこに懸念が生まれた。
これまでは生まれ持った素材だけで過ごしていた美玖がここに来て化粧に目覚めたのだ。
「あ、わかった? 軽くしたんだけど……変?」
不安そうに問い掛けて来る彼女。
どうかと言われたら返事は一つしかない。
「可愛いが?」
俺は真顔で彼女を褒め称える。可愛い以外の何があるのか。他に答えがあるのなら教えてほしい。
彼女が化粧に興味を持ったきっかけは、交際スタートのお祝いとか言って、礼奈が初心者でも使いやすい手頃な化粧品セットをプレゼントしたことだ。
その流れから美玖のダチが参考になりそうなメイク動画を紹介して、化粧の方法を教えて……それから彼女は様変わりした。
最初はあまり上手じゃなかった化粧がめきめき上達していき……俺は一抹の不安を覚えた。おしゃれになった美玖には、男の視線が集まるようになったのだ。
俺の耳に飛んで来るのは『普通科の変人が彼氏が出来たとたん可愛くなった』やら、『変わってるけど、面白い奴』とか、今まで美玖の魅力に気づかなかったくせにここに来て注目しはじめた男共の噂話だ。
俺はすかさず睨みを利かせるが、油断ならない。
さらに可愛くなった彼女に悪い虫が寄って来そうで俺は恐ろしくてたまらないのだ。
「──礼奈、頼むからもう美玖に化粧品を与えないでくれ」
1時間目が始まる前に、中学からの友人である礼奈にそうお願いした。
自分磨きに余念のない彼女は美玖の素朴さが気になっていたのか、やけにオシャレすることに協力的だ。
だが、それは余計なお世話と言ってもいい。
「美玖が可愛いのは俺がよくわかってる! だけど最近の美玖はますます可愛くなって、男の視線を集めるようになったんだ! この間もバイト先で男に連絡先聞かれていたし!」
もしも悪い男の口車に乗っかって奪われるなんてことがあったら、俺は立ち直れないかもしれない。ただでさえ所属クラスが違う上、彼女のバイトで一緒にいられる時間は限られるってのに、不安になることをしないで欲しい。
俺の必死の訴えに対し、次の授業で使う教科書を取り出していた礼奈は呆れを隠さずため息を吐き出した。
「変なの。普通、彼女が可愛くなったら喜ぶものじゃないの?」
礼奈からは「お礼じゃなくてクレームつけられるなんて心外だわ」と不快そうに返された。
「森宮さんは素材がいいから、少し化粧を覚えるとかなり印象変わるでしょ? あれも夏生の隣に立つ自信になると思うのよ」
礼奈の言葉に俺は口ごもる。礼奈が言わんとしようことはわかる。
素朴な美玖も好きだと俺が言っても、外野が騒いで余計なことを言って来るかもしれない。自信をつけるために化粧をしていると言われたら俺もなにもいえまい。
「森宮さん、夏生のために化粧を覚えようとしてるのに、それを喜んでくれないなんてひどい彼氏ね」
そんなんじゃ、振られちゃうわよ? と脅されて俺は美玖に振られることを想像してしまった。
なんて恐ろしいことを言うのか……
「でも本当森宮さん一気に様変わりしたよねぇ。しっかり化粧しなくてもあんなに変わるもんだね」
文化祭の時のメイクより、今のナチュラルな感じ、俺好きだなぁと呑気に口を挟む大輔に嫉妬に似た感情を抱いた俺は、ギッと奴を睨みつけた。
「美玖は俺のために着飾ってんだからな! そこ勘違いすんな!」
「あーこわい、心の狭い男だねー。礼奈もそう思わない?」
女好きの気がある大輔に念押しすると、奴は気にした素振りもなく礼奈に絡んでいた。
……こいつ、馬鹿なのかな。
なんでいつも礼奈の気に障るような発言するんだろう。また喧嘩するのかな。間に挟まれんのきついから勘弁して欲しいんだけどな。
俯いていた礼奈はゆっくりと顔をあげると、大輔の手をそっと掴んだ。そして笑顔を作って、手の甲を抓ったではないか。
「……本当、大輔は他の女の子を褒めるときだけは饒舌よね」
「痛い! なんで俺の手の甲抓るの、礼奈!?」
怖い。関わらんでおこう。
俺は無言でその場から離れると自分の席についた。
いつものように授業が始まり、教壇で教師が何かを話していたが、俺の頭の中は別のことでいっぱいだった。
美玖は今も掛け持ちバイトで忙しく動き回ってる。
それは彼女の夢のためだ。バイトで一緒にいれなくて寂しいとか女々しいことは言わない。内心ではとても寂しいけど、俺のわがままで彼女の目標が達成できなくなるのは望んでいないからだ。
それに彼女は彼女なりに二人の時間を作ろうとしてくれている。
いつもバイトばかりの美玖だけど、今日は珍しくバイトが休みなのだそうだ。そのため、放課後一緒に勉強することも兼ねて家に誘った。
姉ちゃんにはしばらく帰ってくるなって念押ししてるし、今は堂々と付き合ってるんだ。
したいことがありすぎて口元が緩む。
ニヤニヤしているのが見つかって教師に当てられたけど、今日の俺は機嫌がいいのでどんな問題でもドンと来いである。
◇◆◇
勉強しようと誘ったんだ。俺だって勉強する気でいたけど、可愛い彼女と部屋でふたりっきりってのになにも欲が湧かないわけがない。
斜め横をちらりと見ると、テキストの文字を目で追う彼女は考え込んで下唇を軽く前歯で噛んでいた。
白い肌に、ほんのり桃色の頬。可愛いなと思って勉強していた彼女の丸い頬を指でつついた。美玖は勉強する手を止めてくすぐったそうにこちらを見上げた。はにかんだ顔も可愛い。
ピンクのリップが乗った唇に吸い込まれるようにキスをすると、彼女はそのまま受け入れた。
静かな部屋にお互いの唇を吸う音が繰り返される。ただ唇を重ねるだけじゃ物足りないので、柔らかい体を抱き寄せて彼女の口の中に舌を差し込むと、美玖の背筋がびくりと反った。
あ、まずい。怖がらせたかもしれない。
抱き込んでいた腕の力を抜くと、名残惜しいが彼女の唇を解放した。可愛いおでこに軽くキスをしておしまいの合図をすると、そっと体を離そうとした。
すると、彼女は俺の胸元にぎゅうっと抱きついて甘える仕草を見せた。頬を赤らめた彼女は潤む瞳で俺を上目遣いで見上げてきたのだ。
なんだそのあざとさ。喰っちまうぞ。
そのあまりの可愛さに耐え切れず、俺は美玖をぎゅううと抱きしめ返す。
あぁいい匂い。やーらかい…
俺としてはもっと恋人らしいことしたい。キスよりも更に上のことをしたい。
でもまだ早い、彼女を大事にしたいと俺の理性が訴えかける。
──あぁ、だけど体に当てられたほわほわな存在が気になるんだ。
触りたい触りたいと健康な男である俺は本能に負けそうになるが、そこをぐっと堪える。
我慢しよう。怖がらせて嫌われたらそこまでだぞ。
衝動をなんとかごまかそうと、彼女の首元に顔を埋めていたが、余計に変な気分になってきて自分を抑えるのに苦労した。
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