バイトの時間なのでお先に失礼します! | ナノ
バイトの時間なのでお先に失礼します!【完】
雨宮さんは大きな瞳を眇め、私を真っ正面から睨みつけてきた。
「…それってどういう意味ですかぁ?」
まるで私が悪いみたいな言い方じゃないですかぁ、と間延びした言い方をする彼女が白々しく見えて、イラッとする。
だがここで冷静さを欠いたら駄目だと自分を律する。私はスマホを取り出して、例の写真をずいっと前に出す。
「SNSで流されたこの写真って、雨宮さんが指示して第三者のスマホから発信させたんだよね?」
今回の騒動の発端について指摘すると、雨宮さんは怪訝な顔をしていた。
まるで「それの何が悪い?」と表情が訴えているようだった。
相手の気持ちとか都合を推し量るのが苦手なのかな、この子は。悠木君が辛そうにしているのが見えないのか。あんたの目はフシアナなのか。
「今日のお昼休みにあなたのお友達が下駄箱前で話していたよ。一応会話の内容録音してるけど聴いとく?」
「……だったらなんだって言うですかぁ? 実際に私と夏生先輩はベストカップルとして選ばれたんですし、みーんなお似合いって認めているんですから、なにも問題ないでしょ?」
そうじゃない。
私が言いたいのはそういうことじゃないんだ。
ベストカップルを自薦で送ったことを咎めているわけじゃないんだよ。
そもそも周りが認めてるって…それは当人の意思は完全に無視してるじゃないか。周りに認めてもらわなきゃカップルになれないのか? そんなことはないだろう。
「これさぁ悠木君の許可取ってないよね? そもそも悠木君の都合を全く考えてないよね?」
世の中に写真が流れるとあっという間にネットの海の中で拡散されて残るんだよ。それが平気な人はいいけど、そうじゃない人のほうが大多数なんだ。知らない人に自分の顔が広まるのって怖いんだよ。
「悠木君はこういうのがすごく苦手なんだよ。世間に写真が出回ったことで悠木君は色んな人に追い回されてすごく迷惑しているの。それわかってるのかな?」
雨宮さんは悠木君を彼氏にしたいようだけど、私には彼女が悠木君を好きなようには見えない。
彼女は自分のために、悠木君に近づいている気がするんだ。恋愛感情ではなく、自分自身の欲のために。
「雨宮さん、あなたは自分を輝かせるためだけの存在として悠木君をそばに置きたいんでしょう。そこには悠木君の気持ちなんか関係ないんでしょ?」
彼女は自分を光り輝かせるためのアクセサリーとして悠木君を手に入れたがっているのだ。雨宮さんは際立って可愛らしいから、飾り立てずとも十分に目立っているのに、尚も注目を浴びたがっている。
一人で目立つなら別にいいけど、彼を巻き込むと言うならこれ以上見過ごしてはおけない。
「無断で写真を晒されてプライベートを暴かれて、知らない人に追い回され、白い目で見られた悠木君が去年どれだけそれで追い詰められたと思う? 今の悠木君がどれだけストレス感じているかとか考えたことあるの?」
私は一歩近づいて雨宮さんに近づく。彼女の瞳をじっと見つめて、決して目を逸らさなかった。
「な、なによ…」
否定も肯定もしない。それが返事だ。
雨宮さんは私の雰囲気に圧されているのか後ずさりしていた。だけど反省の色は見えず、自分は悪くないと思っていそうである。私はまた一歩前へ進んで、少し背の低い雨宮さんを見下ろす。
「これ以上悠木君の生活を脅かすなら、私もタダじゃ置かないよ」
あんまり脅すマネはしたくないけど、普通に説教しても彼女は聞かない。ならそうするしか無いだろう。
「……一丁前に彼女面ですかぁ? そんな地味で色気のない顔でよくもそんな偉そうなこと言えますね」
まぁた憎まれ口を叩く。雨宮さんのこれは治りそうもないな。
腹が立つとかそれ以前に呆れが来るぞ。
私は確かに端から見たら悠木くんとは不釣り合いだろう。化粧っ気のない顔、勉強バイト三昧の自分。それを否定されるとちょっと悲しくなる。
だけど、私の価値はそれで決まるわけじゃない。ここでは私を好きだっていう悠木君の言葉だけが真実なのだ。外野からの暴言に怯んでたまるかってんだ。
悠木君のために着飾るのならいいけど、その他大勢にあーだこーだ言われるのは御免こうむる。
「この間からあなた、おんなじことばっか言って私をこき下ろそうとしているけど、どっちにせよ悠木君が好きなのは私だから何も変わらないよ?」
白黒はっきりさせてやらなきゃこの子はまた喧嘩売ってくるんだろう。わざと偉そうにドヤ顔で言ってやる。
この子が好きなのは自分なだけ。悠木君は自分を輝かせる便利グッズにしか思ってない。──そんな女に悠木君を渡してやるものか!
私の煽りに反応した雨宮さんの形相がぐわっと恐ろしくなった。
このままだと殴られそうな気配を察知したので、私は彼女から距離をとった。
そして斜め後ろにいた悠木君を見上げると、悠木君は唖然とした顔で私を見下ろしていた。
「あのさ、悠木君。だいぶ待たせちゃったけど、告白の返事してもいいかな!」
「えっ、はっ…今? ここで!?」
悠木君は慌てているようだったが、私は場所を変えるつもりはないよ。
みんなの前で言ってやるのさ。悠木君は私のものだってね!
「私、悠木君のことが好きだよ! 勿論男の人として!」
彼の手をぎゅっと掴んで握ると、悠木君は口をぽかんと開けて固まっていた。徐々にその白い頬に朱が滲んでいく。
周りにいるたくさんのギャラリーが息を呑む気配が伝わってきたが、私は悠木君しか見なかった。
「私も悠木君の特別になりたい。他の女の子と仲良くしたら嫌だ! 私だけを特別扱いして欲しいの! 私の彼氏になってください!」
大きな声ではっきりと言ってやったが、これ結構恥ずかしいな!
彼のテレ顔に感化して私まで顔が熱くなってきたがお互い様である。
「そんなの、もうとっくに……俺も同じ気持ちだ」
私からの告白返しに、悠木君は嬉しさを隠さず満面の笑みを浮かべた。そして感極まった様子で私をガバッと抱きしめてきたではないか。
それだけで彼が喜んでるのがわかる。
待たせてごめんね。自分の気持ちに気づけなくて本当にごめん。そんな気持ちを込めて、私は彼を抱きしめ返した。
これからはたくさん好きだって表現するから。悠木君が大好きだって。
「ええぇぇー!?」
「確かに噂にはなってたけどぉ…」
「嘘でしょ…あの二人まだ付き合ってなかったの?」
直後に周りから悲鳴が飛んでくる。恐らく悠木君狙いの女子だろう。だが私も遠慮してやらん。悠木君の首筋にグリグリと顔を擦り付けて甘えてやる。すると更に悲鳴が上がる。性格が悪いことに私は愉悦感を味わっていた。
どうだ! 君たちにはこんな事できまい! 私だから許されるのだよ! これで悠木君は私の彼氏だ。誰にも手出しはさせん。彼は私が守ってみせる!
──キーンコーンカーンコーン
ふと、校舎側からチャイムが鳴り響いた。
悠木君の腕の中で幸せを感じていた私はその音に現実に返った。
「バイト!」
散々スリスリしていた悠木君の首元から顔を剥がした私は叫ぶ。
そうだ、今日もバイトに入っていたんだった! 本当は休みだったけど、店長の奥さんからヘルプが来たんだよね! 時給を特別50円アップするからって!
「おい…今いいところだったろ…」
悠木君から文句が飛んできたが、それはそれ、これはこれだ。
まさか「バイトと俺、どっちが大事なんだよ」とか言ってきたりしないよね? その問いかけは冷める質問No.1だからやめてよ?
比べようもない。悠木君とバイト、どちらも大事なんだ!
「時は金なりだよ! また明日ね、悠木君!」
私は正門隅に停めていた自転車のスタンドを足で蹴って自転車に跨る。
周りでは生徒たちが「公衆の面前で告白」「悠木君が普通科の変人と付き合うんだって」「テスト前にもバイトしてるのあの人…?」と噂しているが、そんなのどうでもいい。今の私はバイトモードに切り替わったのだ。
「いや、今日の夜迎えに行く。どこのバイト先で何時上がり?」
「お弁当屋で、今日は21時まで!」
迎えに行くって、彼氏みたい。いや実質彼氏彼女なんだけどなんだか照れくさいな。私は彼と見つめ合って、ニコッと笑い合う。
──あぁ、離れがたい。だけど私は行かねばならんのだ。自分の夢のために働かねば。
「森宮さん、悠木君」
悠木君を見ていたはずなのに、にゅっと中年のおっさんの顔にすり変わった。私の乙女モードが急速にしぼんでしまう。
「くれぐれも男女交際は学業に支障のないように。あと流石にテスト前にバイトは…」
学年主任の富永先生が割って入ってきて私達の交際と私のバイトに言及しようとしていたので、説教から逃れるべく私は自転車のペダルを踏む足に力を込めた。
「バイトの時間なのでお先に失礼しまーす!」
後ろで先生が「待ちなさい!」と引き止める声が聞こえてきたけど無視だ無視。
私のスタンスは基本変わらないんでーす! いい加減に理解してください!
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