バイトの時間なのでお先に失礼します! | ナノ
A yen saved is a yen earned.
「はいこれ後ろに配ってー」
ホームルームの時間に先生に配られたのは、手作り感満載の冊子。表には【修学旅行のしおり】と書かれていた。夏休み前の今それを配るのかと思ったら、修学旅行は9月に行われるのだという。
「今配ったしおりに書いてあるとおり、9月に修学旅行があります! 行き先は大阪と奈良!」
担任から行き先を告げられ、私は思った。
京都じゃないんだ、って。まぁ別にいいんだけどさ。京都は外国から来た観光客でごった返して人が多そうだし、それならゆっくり見れる奈良とかのほうがいいかもね。
「日程は3泊4日、新幹線で現地まで移動する。チケット類は学校でまとめて購入するが、着替えとかその他諸々はちゃんと各自準備するように。それと2日目と3日目は大阪と奈良それぞれで自由時間を設けている。そのために一緒に回るグループを男女混合で作るように」
修学旅行中は連絡を取れるように学校SNSだけでなく、電話もできるメッセージアプリでクラスのグループを作るからそれに登録するようにと言われた。
後ろに座っていた友達が私の背中をツンツンしてきたので私が振り返ると、彼女は先生にバレぬようにコソコソ話しかけてきた。
「ねぇねぇ美玖、私と季衣、沢村たちで組もうよ」
「あぁ、うん」
親しい友達と、彼女たちが気になっている男子たちで組もうというゆうちゃん。…これは途中で現地解散になる可能性大だぞぉ? 修学旅行中に気になっているメンズを落とすことを決めているらしいゆうちゃんは目をギラギラさせていた。
所詮男の前では女の友情なんて脆いものである。しかし友人の門出を祝うのも友というもの。私は一人寂しく観光でもしてやろうではないか。
「美玖、修学旅行はチャンスだよ!」
ゆうちゃんの言葉に私は怪訝な顔をしてしまった。
「チャンス? でもさぁ修学旅行中バイトできないし…」
修学旅行初日朝の集合時間早すぎてバイト出れないし…最終日も解散時間遅すぎ以下同文……私にはデメリットしか無い。4日もバイトできないとか、なにそれ。
だけど特段の理由もないのに不参加というわけにも行くまい。4日分の空きは夏休みにたくさん稼ぐことでなんとかしよう。
「このおバカ!」
ぺちん! と軽く頬を張られた私はキョトンとした。
何故かゆうちゃんは頭をブンブンふってお怒り心頭であった。
「成績トップクラスのおバカ! 修学旅行は学生の間しか出来ないのよ!? あんたそれでも女子高生なの!?」
「……一応女子高生です…」
なんか急に怒られたんですけど。今の会話の流れでキレる部分とかあったかな…?
「こらーそこー静かにしなさーい」
ゆうちゃんのせいで先生に怒られたし。私は煮え切らない気分で前に向き直ると、しおりのページをぺらっとめくる。修学旅行中は学校の制服が基本…逆にジャージじゃなくてよかったよ。お、宿泊先で寝間着が用意されているからパジャマはいらないって書かれてる。荷物が減るから助かるな。
「修学旅行となると、他校の生徒をナンパしたり、女子高生目的で近づいてくる悪い大人がいるので用心するように。あ、逆にお前らも可愛い子を見つけたからって気安く声をかけるんじゃないぞ」
教壇では先生が大まかな連絡事項を述べている。
ナンパなぁ。そう言われると、悠木君と桐生さんはいい標的になりそうである。……彼らは修学旅行も3人仲良く観光したりするのだろうか?
■□■
終業式を迎えて夏休みになったけど夏期講習の日程が入ってるから休みになった気がしない。
夏休みは暑い中登校しなくても済むように設定されているはずなのに、暑い中自転車こいで学校に向かう私は何をしているのだろうか……。
自転車乗っている時はそうでもないけど、降りた途端どっと汗かくんだよね。自転車置き場でチャリを停めた私は自転車のかごに入れていたコンビニの袋を掴んで、その中に入っているものを取り出した。パキンと音を立ててはんぶんこにすると、片割れに吸い付く。うん、うまい。
「はよ、朝からアイスかよ」
クールダウンしながら廊下を歩いていると、とっくの前から夏期講習を受けていた悠木君が声をかけてきた。特進科はいつもながら早いなぁ。通常通りの授業がある時と同じくらいのコマ数勉強してんじゃないかな。
「おはよー。だって暑いんだもん」
学校に到着した途端暑くてたまらなくなるのはわかっていたので、朝バイト先のコンビニで買って来ておいたんだ。教室内は冷房付いているけどガンガン効いているわけじゃない。手っ取り早く体温を下げるにはこれなのだよ。
「パピコ半分あげるよ」
「おう、あんがと」
悠木君に口をつけていない方のアイスを半分あげていると、私の姿を見つけてハッとした顔をした女子が目の端に写った。
ん? と私が首を動かして横を見ると、それは3人娘のうちの1人だ。まだ朝だと言うのに彼女はもうすでにヘロヘロしている。
「森宮さぁんここ教えてぇ」
そう言って彼女が私に見せてきたのは夏期講習用のテキストである。
「……あんた仮にも特進科なのに普通科の私に聞いてどうするの」
特進科の生徒としてのプライドってもんはないのか。
「だって…次当てられちゃうんだもん…」
半泣き状態な彼女の話を聞くと、学校とは別にいつも通っている塾の夏季集中ゼミにも通っていて、予習に手が回らなかったのだという。
「私の教え方が間違ってても知らないよ?」
彼女が当たる範囲を私はアイスを片手にテキストを覗き込んだ。確かこれ、お姉ちゃんが高校在学中に使っていたテキストにも似た感じの問題があったな…。
廊下側の机をちょっと拝借して、テキストとシャーペンを借りると、書きながら説明する。
「ここはね…」
これがこうでこうだから…と説明しながら、解くのは彼女に任せる。私はあくまで途中まで手助けをするだけだ。
「あっ! なるほどぉ!」
さすが特進科。ヒントを出せばすぐに解いてみせた。できるじゃないか。
「ありがとー!」
「どういたしまして」
中身が空になったパピコを吸いながらその場を後にしようとしたのだが、出入り口にぬんと白い壁が通せんぼしてきた。
「……おはようございます。教頭先生」
何かと思えば教頭先生のワイシャツの胸元である。教頭先生は後ろに特進科A組の担任を連れていた。
──先生たちの顔を見上げた私はなんだかとてつもなく良くない予感がした。私はすぐさまA組の教室から飛び出そうとしたが、先生2人に押し込められた。
「今日休みの生徒の机を使っていいから席に着きなさい」
窓際の前から2番目の席ね。
自然に言われた言葉に私の頭は一瞬理解を拒否した。
「クラス違いです!」
何をしているんだこの人達は! 私のこのラインなし普通科ネクタイが目に入らぬか!?
強行突破と言わんばかりに逃げようにもディフェンスを組まれている。ふと廊下側の開きっぱなしになった引き戸の向こうを見ると、そこには自分のクラスの担任がこちらをなんとも言えない目で見ていた。
「先生、助けて!」
私が手を伸ばして助けを求めると、担任からさっと目をそらされる。
ちょっと、受け持っている生徒を見殺しにするのか、あんたそれでも担任か!!
事前に用意してたらしい特進科用の夏期講習テキストをプリントしたものを手渡された私は教頭の監視のもと渋々席についた。
そして毎時間当てられた。ひどい時は2回当てられた。
えっなにこれいじめ? 席を立って当てられた問題の答えを答えると、教科担当の先生に微妙な顔をされる。
「なぜ君は普通科なの?」
私の解答は合っているのかそうじゃないのかを述べよ。
おのれ教頭め…力技で私を陥れようとしやがって…
その日一日、よく知らない他クラスの生徒たちに囲まれながらアウェイな夏期講習を受ける羽目になった。…せっかく、今日はバイトが夜からで、夏期講習が終わったらフリーの時間ができると喜んでいたのに……特進科の時間割通りに全部受けたら自由時間消えたよ。脱出しようにも先生が私を監視してるしさ…! 私は問題児かなにかか!
休み時間になると悠木君や3人娘が話しかけてくれたけど、部外者扱いは否めなくてめちゃくちゃ居心地悪かったわ…!
翌日の夏期講習からは学校についたらすぐに普通科に駆け込むことを誓った私なのであった。
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