バイトの時間なのでお先に失礼します! | ナノ
For it was not into my ear you whispered, but into my heart.
文化祭初日は朝からなんだか落ち着かなかった。
当番の仕事はちゃんとしたけど、午後から悠木君と文化祭デートになるんだと思うとソワソワしてしまうのだ。
「森宮さん、その服可愛いね、写真撮ってもいい?」
「500円です」
うちのクラスのお店では、大正時代の学生もどきに扮装した接客担当者らと写真撮影ができる。が、その場合は有料だ。代金を請求すると大体の人は諦める。
「いいよいいよ、これ持って夏生に自慢するんだ!」
しかし冷やかし来店した眼鏡には効かなかったようである。仕方ないので前金制でお金を受け取ると一緒に撮影されてやった。
階段下のあれ以来眼鏡と桐生さんは喧嘩別れしたようだか、今はどうなのだろう。私の目から見たら眼鏡の様子は普通だけど……
「せんぱーい、おまたせしましたぁ」
「全然待ってないよー!」
そこに登場したのは私の知らない1年女子。なんだか親しげな雰囲気を醸し出す2人を前にした私は首を傾げた。
「あ、紹介するね、昨日から付き合ってる里梨花ちゃん」
「こんにちはー。大輔先輩の彼女になりました里梨花でぇす」
眼鏡に紹介された里梨花ちゃんとやらは私に見せびらかすように眼鏡の腕に抱き着いている。いわゆる牽制というものだろうか。
ふふんと誇らしげに笑っている彼女は見た目は清純系だけど、気が強そうで、自分に自信がありそうな女の子で……眼鏡はこういう女の子が好みか。
私は眼鏡をなんとも思ってないし、眼鏡も同じだろう。眼鏡が誰と付き合おうとあんまり興味がない。
それなのに彼女のその反応は、まるで私が眼鏡に良からぬ感情を抱いているみたいな誤解をされてる気がする。大変困りますお客様。私は大変不快に思っております。
この間桐生さんと口論していたとき、普通科の子と別れたとか言ってたのにもう新しい彼女ができたのか。
意外と眼鏡ってモテるんだな。特進科3人娘に以前聞いたけど、眼鏡の彼女の入れ代わりが激しいって本当だったんだ……桐生さんがこの間怒ってたのって身持ち悪い眼鏡が気に喰わなくて、なのだろうか。
仮にそうだとしても、私と眼鏡の関係を誤解しないでほしかった。不快だ。
「なに食べるぅ?」
「やだぁメニューが年寄り臭ーい」
眼鏡にピッタリくっついて座って猫なで声で店の悪口を言う眼鏡の彼女を見ていると、微妙な気分になる。店の中で店の悪口を言うんじゃないよ。
「どうぞ、ご注文をお伺いいたします」
とはいえ、相手はお客様。培ってきた営業スマイルを浮かべて接客をしてやった。
さぁ、来店したからにはうちのお店の売上に貢献してもらおうか。
□■□
「ねぇ化粧はもういいって」
「いいから動かないの」
早番の仕事を終えたので制服に着替えてそのまま待ち合わせの場所に向かおうとしたのだけど、友人ズに捕まってメイク直しをされた。今日の朝もユニフォーム代わりのなんちゃって袴スタイルになった時も化粧されたのに、また更に塗りたくられる。
やめてくれ。私が悠木君との文化祭デートに気合い入りまくりに見えるじゃないか。彼に引かれたらどうしてくれる。
いつもは後ろに流している前髪を下ろして横流しにすると、サイドの髪はコテでゆるふわに決められた。最後に色付きリップを唇に乗せられると、「ぃよっし!」と一仕事終わったとばかりにおっさんみたいな声を漏らした季衣。
「いっておいで! 頑張るんだよ!!」
ドンとゆうちゃんに背中を押された。友達2人に見送られて待ち合わせ場所に出向くと、そこにはすでに悠木君が待っていた。彼が女子に絡まれぬよう人の少ないであろう場所で待ち合わせしていたので今の所狙わずに済んでいるみたいだ。
「悠木君!」
私が声をかけると、彼の顔がこっちに向く。
そして私を見て軽く目を瞠ると目を細めて微笑んだ。その笑顔の麗しさに私はドキッとした。微笑むだけで私を動揺させるとはなかなかやるじゃないか…と思いながら彼のもとに小走りで駆け寄ると、改めてまじまじと見られた。
「前髪作ったんだ?」
「これは季衣が…」
「可愛いな。いつもの髪型もお前らしくていいけど、前髪あるのも可愛い」
面と向かって可愛いと言われて私は胸がむず痒い気持ちになった。
この間眼鏡に言われた言葉を思い出すと余計に恥ずかしくなった。悠木君は女子に対して気軽に可愛いと口にする性格ではない。それが私だけだと意識するとなんというか……
「これは巻いたの?」
「あ。スタイリング剤つけられたからべたべたするかも」
「そっか、崩れたら勿体ないもんな」
髪に触れられそうだったので止めると、悠木君は残念そうな顔をしていた。…私も少しガッカリした。でもベタつくかもしれないのは本当のことだ。
下ろされた彼の右手をじっと見ていると、すっと手を握られた。
「そうだ、見て回りたい店とかある?」
悠木君は慣れた様子で私の右手を引っ張ると歩を進め始めた。私は繋がれた手と悠木君の顔を見上げる。目が合うと、にやりといった感じでいたずらっぽく笑う悠木君。
私が動揺しているのに気づいていそうなのに、悠木君はグイグイと私を引っ張っていく。そのまま連れ回される形で文化祭で賑わう出店エリアを見て回ることになったのである。
そうなると、生徒たちの目にさらされることになる。なんといっても目立つ悠木君だ。当然の流れである。周りから、ひそひそと「あの2人ってやっぱり…」「噂、本当だったんだ…」と耳に届く声量で囁かれて私は恥ずかしくなってしまった。
恥ずかしくて身を縮めるなんて私らしくない。しかし恥ずかしいもんは恥ずかしいのだ。
「森宮、たこ焼き食うか?」
キラキラ笑顔でたこ焼きを食べるか尋ねてくる悠木君を直視した女子からどよめきが走る。かくいう私もその笑顔に心臓を撃ち抜かれたみたいに苦しくなる。
「う、ううん、なんか食欲ないかな…」
「そう? じゃあ俺だけ食ってもいい?」
「いいよ…」
無償奉公してお腹が空いているはずなのに、胸が苦しくてたこ焼きどころじゃないのだ。…悠木君は自分の分だけたこ焼きを購入すると、そのまま私の手を引いて中庭に移動した。
あ、ここ去年私が前生徒会長と隣り合ってたこ焼き食べた場所だ。
悠木君はベンチに座ると、透明のパックに巻かれた輪ゴムを外して蓋を開ける。ふわりとたこ焼きソースの香りが風に乗って香ってきた。そして割り箸でたこ焼き一つを持ち上げると、私の口元に持ってきたではないか。
「ほら、口開けろ」
促されるまま私は口を開けたが、何だこの気恥ずかしさ。たこ焼きを給餌された私は無言で頬張る。
……そう言えば修学旅行の時、私が悠木君にソフトクリーム食べさせたんだったな。それのお返しだろうか…
「うちのクラスさ、去年の出し物が不評だったから今年は少し手の込んだ出し物になったんだけど…」
悠木君がクラスの出し物のことを話してくれるが、私は緊張してしまってうまく応答できなかった気がする。
おしゃべりする悠木君をただじっと見つめて、彼の一挙一動を眺めるだけで胸がいっぱいになる私はどうにも調子が狂っていた。
最近の悠木君は男ぶりが上がって妙に目を惹く。こんなにも意識してしまうのは、悠木君に好意を向けられていると知ってしまったからだろうか。
悠木君は私のどこがどんな風に好きなんだろう。やっぱりお化粧してるほうが好きなんだろうか。髪型はどんなのが好み? 知りたいことが増えすぎて、何から質問したらいいのかわからない。
「どうした? もう一個欲しい?」
「……違うよ」
私の視線をたこ焼きの催促だと勘違いした悠木君はスッ…と新たなたこ焼きを口元に運んできた。
私はそんなに意地汚くないぞ。ムッとして彼から目を逸らした。
「腹減ってきたんだろ? たこ焼きが嫌なら他に何か買ってきてやろうか」
「いい」
私が空腹で不機嫌になったと更に勘違いする悠木君。私をなんだと思っているのか。
「甘いものがいいか? 買いに行こう」
「別にお腹すいてる訳じゃ……」
空腹を否定したのに、悠木君は完全に私が空腹で遠慮してるんだと誤解している。
「うちのクラスの店ワッフル屋なんだよ。それにするか?」
私の手を引いて立ち上がらせた彼の意識は甘味を扱う模擬店に集中してしまっていた。
ワッフル屋、そういえばそんなこと言ってたね。去年の文化祭でパズルが不評だったから、今年はワッフル屋になったって。
「チョコとプレーン、抹茶ならどれがいい?」
「……チョコ」
2年の教室の並ぶ階に辿り着くと、廊下の外まで甘い香りが漂ってくる。2年A組のワッフル店はそこそこ客入りがあった。受け渡し口は来店客でごちゃごちゃしていたので、「買ってくるから廊下で待ってろ」と悠木君に言われた。
ぽつんと廊下に残された私は周りの喧騒が聞こえないくらい考え事をしていた。
やっぱりいつもの調子が出ない。私が意識し過ぎなんだろうか。
「森宮さーん」
「ちょっといい?」
考え事をしていたせいだろう。反応が遅れてしまった。
「え……ぅわっ!?」
──ガサッ
突如目の前に立ちはだかった女子は有無を言わさず、すぽっとスーパーの袋を私の頭に被せて視界を遮った。
そして両脇に立った複数人物からガシッと両腕を掴まれた私は力ずくで引きずられる。
「ちょ、ちょっと! なに!?」
「あんた、おばけが怖いんでしょう?」
嘲笑するような言い方。嫌な予感しかしなくて抵抗しようと暴れるが、多勢に無勢。さらに強く拘束されるだけである。
さっき袋を被せられる直前に見えた女子、修学旅行の時にトイレで囲んできた一軍女子じゃなかった?
嘘でしょ、私をリンチする方向に決めたの?
「肝試しのとき、絶叫してたって話だからね」
「そうして悠木の気を引いてるだけでしょ」
悪意の籠もった声がビニール袋越しに四方八方から飛んできて恐怖を感じた。
引きずられた距離はそんなに離れていない。同じフロア内のどこかに私を拉致してきた誰かが突き飛ばした。ドンッと力いっぱい押されて、私は床にべチャリと倒れ込む。
「いったぁい……」
呻き声を漏らして起き上がると、ここで自分の周りが真っ暗なことに気が付く。
「いってらっしゃーい…」
悪意をこめた「いってらっしゃい」の言葉に嫌な予感がした。
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