バイトの時間なのでお先に失礼します! | ナノ
光の焦点距離の違いをコントロールし、レンズを通して対象を壁に大きく映しています。
【明日バイト?】
そのメッセージを見つけたのはバイトの休憩中だった。彼からの問いかけに私は【早朝と夕方からのバイトがある】と返信しておいた。明日は高校の創立記念で学校がお休みなのだ。
生憎休みではあるが、労働に関しては話は別である。早朝3時間のコンビニバイトと夕方からのスーパーのバイトに入る予定だ。
間を置かずにぴこん、と音を立てて新たなメッセージがポップアップ表示される。
【空いてる時間使って遊びに行かない?】
突然のお誘いに私はドキッとした。まさか彼から遊びのお誘いがやってくるとは思わなかったからだ。
しかしこれにイエスと返事はできない。
【ごめん、明日のスキマ時間は用事がある】
バイトじゃないけど、先約がはいっているんだ。せっかく誘ってくれたのにすまんな。
■□■
映画割引チケットをお父さんにもらったので、大学の講義が教授の都合でなしになったお姉ちゃんと一緒に映画を観た。普段あまり映画観に行かないけど、大画面スクリーンも音響も迫力があって楽しかった。午前中は映画を観て、午後は私のバイトの時間までウロチョロすることになった。映画館隣接のショッピングモール内を散策していると、どこからか視線を感じたので視線を巡らせる。
視線の主と目があった瞬間、私はあっと声を漏らした。
なんと、奇遇にも通路を挟んだ向こう側に悠木君がいた。私服姿の彼は女性向けコスメショップの前で女性たちの視線にさらされながら棒立ちしていた。なんでそんなところにいるの? 最近ポツポツ出てきた美容系男子にチェンジしたのかね?
「おぉ、悠木君偶然だね」
私が手を振ると、悠木君はお店から離れてこちらに向かって歩いてきた。
「美玖、どしたの?」
「学校の同級生がいた」
雑貨屋で南米先住民の伝統的な帽子を発見して試着していたお姉ちゃんが帽子をかぶったまま声をかけてきた。悠木君が私の前に来たついでに紹介しておく。悠木君の姿を一目見た瞬間、お姉ちゃんはキラリンと目を光らせた。
「なんと、君は噂の悠木君だね!?」
「あっはい…噂…?」
「お父さんが言ってた通りのイケメンだね! えっそれでそれで? 美玖とはどこまで行ったの?」
お姉ちゃんは気安く悠木君に絡むと、ワクワクした様子で何かよくわからない問いかけをしていた。友達だと言ってるのにこの姉は…
「友達だって言ってるでしょ。変なこと言わないで」
「えー私はそうは思わないけどなぁ」
「ごめんね悠木君、気にしないでね」
唇を尖らせて納得できないと言う姉の代わりに謝罪すると、悠木君は複雑そうな顔で苦笑いしていた。
「お前、今日の誘い断ったのって姉ちゃんと出かけるからか」
「うん。映画観にいってた」
お姉ちゃんから映画に誘われて創立記念日の今日行くことにしたの。土日は人が多いし、私がバイトに入っていることもあるのでちょうどよかったのだ。
「そっか…なら、これから一緒に食事でも…」
「でも私お姉ちゃんと一緒だから」
折角のお誘いだけど同行者が居るからとお断りすると、背後からぐっと肩を握られた。
「いいじゃん! いこうよ!」
ノリノリで返事したのはお姉ちゃんである。私は驚きで固まってしまった。
…まさかお姉ちゃん、悠木君に興味を持った? 4歳年下の、妹と同い年の男子高生に女子大生が……自分の身内が同級生とどうこうなるのを想像するとそれはそれで複雑なんだが、ここで拒否するのもおかしな話なので私は口を閉ざす。
売り物の帽子を元の場所に戻すと、彼女はワクワクした表情で「早く行こう!」と私と悠木君の背中をぐいぐい押した。
「私も是非ご一緒させてください。森宮先輩」
横から森宮先輩、と呼ばれたお姉ちゃんはピタリと動きを止め、まじまじと身長差のある相手を見上げる。
そこではモデル顔負けのスーパー美女がにっこり微笑んでいるではないか。私も森宮だけど、彼女に先輩と呼ばれる立場じゃないので、お姉ちゃんに対してで間違いないだろう。
「…私のことを知っているの?」
お姉ちゃんは突然現れた美女に目をシパシパさせながら、困惑気味に問いかけていた。お姉ちゃんは相手が誰だかわからないみたいだ。
「もちろんです。特進科の彗星だった森宮莉子先輩を知らない、在籍時代が被っていた特進科の生徒はおりませんよ。私一学年下だった悠木さや香と申します。こうしてお話するのは初めてですね」
初対面で私を女子力がなさすぎるとディスってきた悠木君のお姉さんはめちゃくちゃ愛想よく私のお姉ちゃんに話しかけていた。
何だこの態度の差。
そっか、悠木君のお姉さんも特進科出身でお姉ちゃんと在学期間が被っていたのか。口ぶりからしてふたりは知り合いじゃないけど、お姉ちゃんが有名だったから一方的に知られていたみたい。
「私、後夜祭のミスコンにも出ていたんですけど、ご存じなかったですか?」
「あー…私、2年生以降の後夜祭フケてたから……ごめんね、これだけの美人さんなら有名人だろうに…私ガリ勉だからさ」
1年の時後夜祭まで参加してたけどつまんなかったので、2年生以降は先生に適当に言って帰宅していたのだとお姉ちゃんが言うと、悠木君のお姉さんもといさや香さんは肩をすくめていた。
これだけの美人だ。後夜祭のことがなくても男子の間で噂になってその名前も耳にする機会があっただろうけど、お姉ちゃんは医学部目指す毎日を送っていたのでスルーしていたのかもしれない。
自己紹介はそこそこに、商業施設のレストラン街に入っているイタリアン料理店に入ると、そこで各自食べたいメニューとサイドメニューを頼んで遅めのお昼ごはんを食べることにした。
席につく時、何故かさや香さんが私のお姉ちゃんの横の席を強奪してきたので、今私は悠木君の隣に座っている。2人は同じ女子大生ということもあり話が盛り上がっているのかずっとおしゃべりしている。
「映画、何観たんだ?」
おとなしく食事をしていると横から質問されたので、私は一旦水で喉を潤した。
「映画? 宇宙人と通信できる少年のシリアス成長ドラマだよ。悠木君こそ、コスメショップで…美容系男子に目覚めたの?」
「違う、あれは姉貴の買い物がなかなか終わらねぇから外で待ってたの」
私は悠木君と普通に話していただけだ。お互いに何していたのかって雑談していただけなのだが、ふと気づけば目の前に座る姉sがこちらに聞き耳を立てていた。お姉ちゃんに至ってはにやにやが隠せていない。だからそういう関係じゃないって言っているのに…
「映画かぁ、俺もそっちがよかった」
「割引チケットあるからあげようか。これから観に行けばいい」
かばんの中から割引チケットを取り出すと、それを悠木君に差し出す。彼はチケットと私の顔を見比べて、「うん、お前のことだし別に他意はないんだよな」となんか一人で納得しながらチケットを受け取っていた。何だよ、私がお金でも請求するとでも思っているのか。
なんか…対面の席で「夏生君! 頑張れ!」とさや香さんが応援していたけど、何を頑張るというのだろう。悠木君ははぁ…と肩を落として元気を失ったし…情緒不安定ここでもか。
「ちょっとトイレ」
全員が食べ終わった頃、すっと席を立ち上がった悠木君はお花を摘みに行った。
「ちょっと美玖、さっきのは一緒に観に行こうって誘う場面でしょ!」
悠木君の姿がなくなるととたんにお姉ちゃんが私を注意してきた。
注意されるようなことをした覚えはないので、私は口をへの字にして不満を示す。映画ならさっき観たし、悠木君にだって都合ってものがあるだろう。そんな簡単に言わないでくれ。
「美玖、お姉ちゃんは賛成だよ? 一途っぽいし、いい子じゃない」
「だからそんなんじゃないって…」
お姉ちゃんの目から私達がどんな関係に見えているのかわからないがいい加減にしてほしい。私に何度否定させるんだ。悠木君と気まずくなりたくないからそういう風に冷やかすのやめてほしいのだけど。
「私の夏生君はね、女嫌いの気があるの。その中でも貴方には心をひらいているのよ?」
「あーはい。友達として良い付き合いができていると思います」
「私が求めているのはそういう返事じゃないの!」
さや香さんまで情緒不安定な反応をし始めた。やはり姉弟だからだろうか。どういう返事ならご満足いただけるのであろうか。
「姉ちゃんそういうのいいから──そろそろ出ようぜ。支払い終わったし」
どこから聞いていたのかはわからないが、悠木君はお姉さんを窘めつつ、店を出ようと提案してきた。
…支払い終わった。その言葉を聞いて私は慌てて財布を取り出す。
「えぇと私は…」
「いいよ金は」
「良くないよ何言ってるの!?」
男がごちそうする時代なんてもう終わりそうになっているってのに、なに太っ腹なところを見せようとしているんだ。悠木君のご両親が稼いだお金でご飯食べさせてもらうなんて、とても申し訳ないじゃないか!
「悪いよ四人分とか、せめて私とお姉ちゃんの代金は…」
「こういうときは男に花を持たせるんだよ、美玖」
ぽん、と私の肩を叩いたお姉ちゃん。私は何を言っているんだと信じられない気持ちで彼女の顔を見返す。
「美玖がかわいーく、ごちそうさまって言えば、悠木君は嬉しいと思うよ?」
「そんな訳無いでしょう」
何を言っているんだ。ただの厚かましい女じゃないかそんなの。私は納得行かなかったが、礼儀として「ごちそうさまでした」とお礼を告げると、悠木君からは「ん」と小さく返事を返されたのである。
「じゃあここから別行動ね」
お店を出ると、お姉ちゃんはさや香さんと2人でショッピングしてくると言って別行動を申し出てきた。
いつの間に2人はそんなに仲良くなったの…
「悠木君、美玖は鈍感だからはっきり言わないと伝わらないよ!」
お姉ちゃんの意味深な捨て台詞に悠木君はギクリとした表情を浮かべていた。なに? 私が鈍感だからはっきり言わないと伝わらないって……
その場に取り残された私達は微妙な空気感の中にいた。
「…悠木君、私になにか言いたいことがあるの?」
「あ、いや…」
「私がなんかとんでもなく失礼なことしているなら言って?」
気づかずに悠木君の気に障っていたなら申し訳ない。
言ってくれたら直すから遠慮せずに言ってほしい。私がお願いすると、悠木君は困ったような顔をしていた。頬を赤らめた悠木君はいつもよりも幼く見えた。
「…もうちょっと、俺の心の準備ができるまでは待ってほしいっていうか…」
「心の準備?」
心の準備をせねば言えないことなの?
私が怪訝にしていたからだろうか。悠木君はぱっと顔を隠すように背中を向けると、私の手をガシッと掴んで「行くぞ!」と引っ張り始めた。
行くってどこに。悠木君は無言でぐいぐい引っ張るので私は仕方なく彼の跡を追った。そうしてたどり着いたのは隣接の映画館……
そのあと私はまた映画を観た。今度は連続ドラマの劇場版を観たけど…一日に二度も映画を観る羽目になるとは思わなかったよ…
映画館に出た頃には丁度いい時間帯になったので、現地解散しようとしたら、悠木君はバイト先までわざわざ送ってくれた。明るいからいいって言ってるのに、「俺がしたいことだから」と言って聞かなかった。
今日も情緒不安定に輪をかけているな、悠木君。
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