サイキック・ガール! | ナノ
私はサイキック・ガール!
穴ぼこだらけの記憶【日色隆一郎視点】
 彼女は時期外れの編入生。そして僕は転校初日に案内役を仰せつかった違うクラスの生徒。
 ……それだけのはずなのに、彼女は妙に親しげだった。

 確か彼女が編入してきた日、自分は教師に言われて彼女を門まで迎えに行ったんだ。それから…えぇと……ここ数ヶ月の記憶が穴だらけだ。思い出そうとしても全然思い出せず、僕の中の記憶はところどころ抜け落ちている。
 何かが起きたはず、その時誰かと一緒にいたはずなのに記憶にない。周りの人の反応を見るたびに違和感は大きくなっていく。
 大切な何かを思い出せなくて、僕はもどかしい気持ちでいっぱいになった。


 転入してきた大武さんという女の子は、明るくて好奇心旺盛な子だ。時期外れの編入生とのことで色々苦労したみたいだけど、今は色んな人と仲良くなって日々楽しそうに生活しているように見える。
 そして彼女は僕にも親しげに話しかけてくれる。僕の置かれている立場か、それとも所有する能力のせいか、どうにもとっつきにくい印象があるらしく、他のクラスの人達に遠巻きにされている。それは僕だけじゃなく、S組に所属する生徒なら大小あれども感じる壁だ。

 なのに、大武さんは違った。恐らく途中編入してきたからそういう意識が生まれなかったのだろう。彼女はそうして僕のクラスメイトや、特別な少女と呼ばれる巫女姫の心を開いていったという。
 その時僕も近くにいてそれに関わっていたそうなのだが……思い出せない。全くというわけじゃない。断片的に起きたことを覚えているが、虫食いの写真のようにところどころ記憶が抜けてしまっているのだ。


「じゃあ集中治療室にあった電話は病院の範囲内でだけ使えるように制限されていたのかな?」
 
 それは文化祭初日。大武さんから修理屋をやるからなにかあったら持ってきてくれと声を掛けられていたので、音が鳴らなくなった目覚まし時計を持ち込んだときのことである。

「え…?」

 彼女のその言葉に、僕は何かを思い出しかけた。
 間抜けな声を出した僕に気づいたのか、修理中の時計に視線を向けていた大武さんが顔を上げた。

「どうしたの?」
「いや…集中治療室って…?」
「あ、ここではあんまり話さないほうが良かったかな?」

 彼女はそう言って口元に人差し指を当てると「あの事は内緒だもんね」と苦笑いしていた。
 ──集中治療室…? 電話……?
 僕の脳裏に力強い光が蘇った。病院の殺風景な風景の中で、管に繋がれた巫女姫・水月沙羅。そして彼女の手を掴んでいる大武さんから強い生命力を感じさせる光が……
 なぜだ。大武さんの能力は、PKバリアーのはず。どうして、治癒能力者のような力を発揮しているのか。…いや、治癒能力者とは少し違う。それこそ巫女姫の能力に似通ったものかもしれない。

 思い出しかけたというのに、モヤがかかったかのようにその記憶が消えかかる。僕は片手で頭を押さえると、思い出そうと脳を働かせた。
 だけど、雲に隠れてしまったかのように何も思い出せなかった。

 あのあたたかい光は、眩しい光はなんだったのだろう。
 確かに知っているはずなのに、どうしても思い出せない。




「隆、なんか最近おかしいよね。記憶が一部抜け落ちてるっていうか。藤っちと水月ちゃんが仲いいのは今に始まったことじゃないのに……一体どしたの?」

 クラスメイトの澤口さんから言われた言葉に僕は困ってしまった。そんなの僕が知りたい。周りの友人達はみんなして同じような反応をするんだ。
 クラスの店に遊びに来ていた大武さんや水月さんも似たような反応して……みんなが僕を心配した目で見てくる。

「どうしたのこうも…」
「隆ちゃん!」

 後ろから誰かに抱きつかれた。その瞬間、考えていたことがサァッ…と消え去った。そこだけ抜き取られたかのように。
 振り返ればそこにはめぐみの姿があった。この研究学園都市にやって来た頃からそばにいる妹のような存在の彼女。彼女はニコニコして僕に甘えてくる。
 いつになっても兄離れ出来ないめぐみ。それでは駄目だと思っているのだが、めぐみは言っても聞かないんだ。

『日色君はそう思っていても相手は違うと思うなぁ』

『ええー! 彼女は絶対にお兄ちゃんとか思ってないから! 日色君鈍すぎだって!』

 ……まただ。彼女の言葉がふと蘇る。
 僕はぱっと顔を上げたが、もう既に大武さんはどこかに行ってしまっていた。澤口さんに聞けば、「呆れて出て行っちゃったよ。……隆、そんな態度じゃいつか後悔するからね?」と意味深な返答をされてますます困惑する。
 そのあと、妙にめぐみが不機嫌になって、僕にくっついて回るものだったので相手するのが大変だった。


■□■


 文化祭2日目。大武さんに誘われていた僕は、彼女と一緒に文化祭を見て回った。水月さんのクラスの人形劇を見たその後は3年のクラスのお絵かきカフェにお邪魔した。

「じゃーん! 即席ピッピー!」
「上手だね、即席には見えないよ」

 お絵かきカフェのコンセプトは描画した絵が現実になるという面白い試みであった。客は三次元化させたいものを絵に描いて、そのあと能力者が物体化させるというものである。
 紙とペン、色鉛筆を使って熱心に何かを描き始めた大武さんは愛鳥のセキセイインコのイラストを描いていた。
 現在そのインコは窓の外に待機しており、こちらをじっと観察している。大武さんは彼に友達を作ってあげたかったのだろう。平面の紙に描かれたそれは能力者によって実物化した。
 大武さんはイラストのインコをそっと手に包み込むと、窓の外にいるピッピと対面させていた。

「ほら、友達だよピッピ」

 ピッピは不思議そうにそのイラストのインコを眺めていたが、なにか通じるものがあったのだろう。2羽一斉に大空へと羽ばたいていった。

「よかったね、喜んでるみたいだ」
「うん」

 僕が声をかけると、大武さんがニッコリ笑う。
 その可愛い笑顔を見るとドキッとした。なぜだか目が離せなくなって、落ち着かない。彼女を見つめることをやめられなかった。

「ん? …あれ、なんだろ」
「えっ」

 僕が彼女を凝視していることがバレたのかと一瞬焦ったけど、彼女の視線は空に向いていた。
 先程インコとイラストインコが翔んで行った空へと視線を戻すと、そこには紙が飛んでいた。……まるで、 人形 ひとがた のような……

「千と千尋みたい」

 彼女のその言葉に僕は納得した。
 その名前はここへ来る前に両親が見せてくれた映画タイトルだ。こちらに来てからは鑑賞していないため、詳しい話は覚えていないが、作中にああいう紙切れの人形が空を舞うシーンがあったはずである。

「…映画だよね、それなら僕も観たことあるかも」
「ホント?」
「確か研究都市内にある映画館でも定期的に上映されていたはずだよ」

 新作映画がメインで上映されるが、旧作ファンのリクエストに答えて昔の映画も上映されているんだ。めぐみにせっつかれて何度か足を運んだことがある。

「じゃあ今度一緒に行こうよ!」

 彼女はなぜ僕を誘うんだろう。それが不思議だった。他にも友達はいるのに……
 だけど、誘われて嬉しい気持ちがあるのは事実で。僕は笑って頷いた。



 自由時間が終わり、店番をするためにふたりで教室に戻っていると、大武さんが僕の手を掴んできた。驚いて視線を向けると、彼女が緊張した顔でこちらを見上げていた。

「あのさ……後夜祭の花火も一緒に見ない?」

 彼女は頬を赤らめてこちらを見上げており、そんな彼女が可愛くて、僕の胸は落ち着かなかった。

 嬉しいのに苦しくて、胸の奥底から湧き上がってくるようなこの気持ちをなにか知っている。
 未だに記憶が飛び飛びになっていて思い出せないことが多いけど、確かなことが一つだけわかった。

 僕はこの子が好きなんだな、って。
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