昔から私は勘が鋭かった。
地震が起きる前に嫌な予感を察知したし、洪水の前兆も私が一番に気付いて家族や隣近所の人に避難を呼びかけた。
隣の家がボヤを起こしたときも私が気づいて、事無きを得たんだ。因みに原因は放火だった。後に犯人は逮捕された。
私は野生の勘が鋭いのかなと思っていた。生命の危機に特に役に立つそれ。今までそれが普通で大したことないと考えていた。
だけど私は生まれてはじめて自分の野生の勘に感謝している。
入学したてほやほや新高校1年生の私はその日、まっすぐ家に帰らず街をブラブラしていた。
別に用事はない。気が向いただけだ。聞き慣れたガールズバンドの音楽をブルートゥースのイヤホン越しに聞きながら街をぶらついていた。
丁度いいサビの部分で交差点が赤信号に変わったので、横断するのをやめて信号が青に変わるのを待っていた。
その時だった。
突然、頭部に電気が走ったように、青い火花が一瞬だけ 迸 った。
私の目に、鼻に、耳に、イメージが流れた。
鼻をつくようなガソリンの匂い、力なくグッタリして血を流す人、地面に広がる赤い色、人々が泣き叫ぶ声──…
なに、これ……
ドクン、ドクン、と心臓が大きく脈打つ。
すごく、嫌な予感がする。
──ブァァァァアアアア!
どこからか、走行音が聞こえた。
目の前の車道は現在車が走行中だ。車が走る音が耳に入っても何もおかしくない。おかしくないのだが……
チカッチカッと私の脳内にイメージが流れる。──横だ!!
グワッシャァァアアン!! バァァン!
硬いものがものすごい勢いでぶつかりあった鈍い衝撃音が耳をつんざく。
それは秒単位の出来事。
なのだが、私の目にはコマ送りしているように見えた。
赤信号で停車していなければいけないはずの車線で追突事故が起きたのだ。原因の車は後方から猛スピードで突っ込んできた。その衝撃で前に停まっていた普通自動車の後部は柔らかい粘土みたいにぐしゃりと潰れてしまった。
前方車と追突した反動で、暴走車がこちらへ……歩行者がたくさんいる歩道側に吹っ飛んできた!
「あぶない!!」
私は悲鳴のような声を出した。
そんな嘘でしょ、こんなのって嘘すぎる。
このままじゃ私はミンチにされる。私だけじゃない。ここにいる歩行者みんなミンチコースだ。そんなのってない。
死んでたまるか……!
最後のあがきのつもりだった。自分の両手を暴走車に向けて、力で押し出してやろうって思って。普通に考えたらそんな事しても鉄の塊相手じゃぺっちゃんこコースなんだけどね。
だけど、それで車は停まったんだ。
タイヤがギュルル…! と音を立てて寸前のところで止まっていたんだ。
私は閉じていた目を開いて前を見ると、暴走車に乗っている運転手と目が合った。運転手は目がランランと輝いており、なんだか……とてもじゃないけど正気とは思えなかった。
その光景にどよめく人々。
倒れ込んで車の下敷きになりかけた人がヒィヒィいいながら車の下から這い出てくる。
衝突された普通自動車からはガソリンが漏れ出て、その独特の香りがこちらにまで届いた。突然起きた事故から我に返った歩行者が悲鳴を上げて飛び退いている。
もうこれだけでひどい状況だ。
なのに。目の前の暴走車は未だにギュルギュルとタイヤを回している。
アクセル踏んでるんじゃないのかこいつ…!
「ブレーキを、踏みやがれ!」
暴走車の方から押し出されるような圧を感じたが、私は手の平に力を込めるようにして押し返した。
なんでこいつはブレーキを踏まないんだ! 見えないけど、絶対にアクセル踏んでるってわかる!
私は更に力を込めた。腕の力とかそういうのではない。体の奥底、深い場所から流れ出るエネルギーを手のひらに込めて念じているイメージだ。無意識に出てきた行動だった。
ズザザザ…と私の足が後方に押し出される。くっそぉ……負けて、たまるかぁぁ!
「ふんぬぁぁぁ!!」
年頃の女子高生らしからぬ声を上げて私は力を振り絞った。ミンチだけは嫌。原型だけは残して! という希望を残して。
……すると、メキメキッと車のボンネットが凹み始めた。
もともと普通車にぶつかったときに凹んでいたけど、ここでは私の手によって…鉄の塊である車が凹んでいるのだ。
やだ、私怪力過ぎ…?
バキッ…メキメキッ…バキバキバキッ…キュルキュルキュル……
鉄を凹ます音が響いていたが、なにか精密機械まで破壊されたのか、エンジンが空回りする音がして、そして……車はプシューと気が抜けた音を出してようやく停車したのだ。
「…うっ…!」
ぐるり、と脳が一回転したような感覚。酷い貧血を起こしたかのようにガクリと地面に膝をつくと。私はその場に倒れ込む。全身から血の気が引いたように身体が冷たくなった。ぐるぐると視界が回る。気分が悪い。
……なんだったの。今のは一体……
「あんた、異能持ちか…!」
そこに興奮した様子のおっさんから声を掛けられたが、私は口を開くのも億劫で、地面に倒れたままおっさんがペラペラ話す様子を見上げていた。
異能がすごい、サイコなんちゃらがってすごい嬉しそうな顔をしている……
…イノー? なんぞ。
■□■
意識朦朧としていた私はあの後すぐさま救急搬送されたが、脳貧血を起こしたみたいに言われた。寝かされていた病室に警察がやって来て、暴走車のことを聞かれたが、私もイマイチよくわかっておらず、バカ正直に答えた。
手の力で押し返しましたっていうと、警察の人達は血相を変えてなにか忙しく動き回っていたけど……頭のお医者さん呼びに行ったのだろうか……私嘘ついてないんだけどな…
「おじいちゃん譲りのサイコキネシスよ!」
お母さんが歓喜の声を上げた。
救急車で運ばれた娘の前で何を喜んでるんだこの人は。
「……サイコキネシスってなに?」
横文字乱用はやめてよ。訳がわからなくなっちゃうんだから。
お母さんは興奮が抑えきれないようで、鼻息荒くはしゃいでいた。
「サイコキネシスっていうのは、超能力よ! 藤はおじいちゃん譲りの超能力者なの!」
「……」
いや、超能力ブームとかキてないから。超能力とか魔法に憧れる年頃は過ぎました。
おじいちゃんって私が小さい頃に亡くなった…? おじいちゃんが超能力者とかそんな話聞いたことないよ…。
母の言っている話を信じきれずに、私はハイハイと流していたのだが、嘘じゃなかったらしい。
みんなして私を騙そうとしてるんだと思っていたが、初対面の硬そうなお兄さんにクソ真面目に「あなたは超能力者なんです」言われたら「あっ、そっすか…」って頷くしかないじゃん?
「 大武 藤 さん、あなたには国立 彩 研究学園へ編入していただくことになりました」
「は……」
「外部と隔離された研究都市にある国立彩研究学園は能力者を育成、そして保護するために国が管理している施設です。これは義務なので、恐れ入りますがよろしくお願いいたします」
「えっちょっ」
国の…なんかすごく長い肩書を持つスーツのお兄さんに矢継ぎ早に言われた私は終始ポカーンしていた。お兄さんはチャッチャと必要書類などをお母さんに渡すと、郵送でも構いませんと言って風のように立ち去っていった。
国立彩研究学園? 聞いたことないぞそんな学校……能力者を育成? 保護?
入学の手引きを渡されたのでざっと読むと、どうやら全寮制の学校で……外へ出られない的なことが書いてある……
「いいなぁ! 母さんもそこに入りたかったけど、能力に恵まれなかったの……藤、頑張ってくるのよ! 応援してるから!!」
娘が手元から離れるというのに、我が母は羨ましがり、いってらっしゃいと軽いノリで送り出そうとする。
いやうん、強制みたいだからどんなに嫌がっても無駄なんだろうけどさ……
ちなみに拒否したら、保護者は刑務所に入れられちゃうんだって。
どんな罰なのよ。
そんなわけで、私は超能力者らしいです。