サイキック・ガール! | ナノ
私はサイキック・ガール!
或る男の転落物語【三人称視点】
『…なぜ…なぜだ…』

 その男は自分の手のひらを見て呆然としていた。
 超能力者の集う都市、もとい選ばれた人間しか住まえない彩研究学園都市。そこで育った者にとって超能力はあって当然のものだ。

 その能力がある日突然、使用できなくなっていたのだ。
 男は焦った。
 能力が枯渇することは能力者あるあるだ。大体はしばらく休めば回復しているものなのだが、男の能力が戻ってくることはなかった。

 ここの住人は定期的に能力テストを受けるのだが、男はあらゆる手を使ってパスした。本来であれば、無能力者になった者はこの研究都市から出ていかなければならない決まり。この都市は超能力を保有する者たちを守るために作られた場所だからだ。
 男にとって超能力はステイタス。自分を誇れるもの。なくてはならないもので、消えたという事実を認めたくなかったのだ。

 男は徐々に歪んでいった。
 自分の無能力を人に気取られぬよう、自分の立ち位置を盤石にするために知恵を働かせた。
 まずは利用できそうな人間を探した。手っ取り早いのは学生だ。特殊な能力を持つ生徒を囲い込んで、甘い言葉を掛け、囲い込んだ。

 中でも、奇跡の力を持つ巫女姫には特別手をかけた。彼女を利用し続けるために、彼女を孤立させたのはこの校長も噛んでいる。
 巫女姫の熱烈な隠れファンを集めて親衛隊を結成したのだ。彼らには巫女姫を影から守るように言い聞かせた。だけど直接の接触は厳禁。あくまで手の届かない貴い巫女姫というイメージを貼り付け……彼らには巫女姫に近づく好意・悪意もろとも排除させたのだ。

 巫女姫に反抗心を持たれたら困るからだ。彼女には従順な人形でいてもらわなければならない。巫女姫の奇跡の神水を求める人間は腐るほどいる。男は相手を選別してその水を譲った。
 その見返りに地位と、莫大な金を手に入れたのだ。

 そうして、次期中等部学校長と呼ばれた人望厚い教頭を蹴り落とし、辞任に追い込んだ。汚い手を使ってその相手を陥れたのだ。
 男にとってその人間は脅威だった。いつだって意見が対立していた。無能力であることを気取られたくない、だけど相手は鋭く油断ならない。なによりも自分の地位を奪われたくなかった。
 男がこの研究都市、彩研究学園にいるためにはその人を排除しなければならないと判断したのだ。

 教頭が研究都市を去ってからは、その男の勢いは更に増した。
 利用できる駒を増やすべく、一部の生徒を優遇するようになった。中には男に違和感を抱いて離れる生徒もいたが、去るものにはそれなりの対応をとった。狭い世界に生きている生徒たちを丸め込むのは比較的簡単だったのだ。
 
 自分の地位や名誉のために男は裏で汚いことを繰り返した。男には罪悪感などまったくなかった。
 それは、無能力者になってしまった男の、能力者への妬み嫉みも含まれていたからであろうか。



 変化が起きたのは、新年度が始まって間もない頃だ。研究学園に一報が届く。
 能力を出現させた、外の世界の子どもの話だ。

 その子どもは高等部に編入することになった。能力は珍しくともなんともない、PKバリアー。外的攻撃から身を守るためだけにある能力。
 男は中等部の校長だ。編入生が高等部生ならば接点があまりない。その生徒のことを初めは歯牙にもかけなかったが……巫女姫と接触した辺りから嫌な予感を察知したのだ。

 男は呪い能力をもつ生徒の弱みを持っていた。その弱みを盾にしてその女子生徒を呪えと脅した。
 とにかくその時はその女子生徒と巫女姫を引き離したかった。巫女姫が感情を持ってしまったら、今までの努力がすべて水の泡になってしまうと男は危ぶんだのだ。
 呪いは成功した。そして呪いの出どころはあっさり発見された。その呪い能力者はあっけなく捕まり、反省房入りになった。その際生徒から助けを求められたが、男はその生徒の手を振りはらった。

 次に巫女姫親衛隊を突き動かすが、不安定と言われていた女子生徒のPKバリアーがうまい具合に発動し、怪我一つ負わせられなかった。そこでも邪魔が入り、手駒の親衛隊達も反省房に入れられた。
 ──男は、それも見捨てた。

 編入生の周りで起きる不穏な出来事に周りの生徒や教師らも違和感を感じ始め、監視が厳しくなる。そうなれば男は身動きが取りにくくなった。


 彩研究学園の問題児である男子生徒・戌井駆の暴走事故で巫女姫をかばって能力枯渇した例の女子生徒は救急搬送されたと聞かされた。

 忌々しい小娘だが、巫女姫を守ったことだけは褒めてやろう。
 そう思って病室にアポ無し訪問した男は、病室で巫女姫が自主的に命の水を出したシーンに出くわしてしまった。

 命令しなければ水を出さなかった巫女姫が、自分の意志で水を出した。外の人間が喉から手が出るほど欲しがっている奇跡の水をだ。無料でそのへんの小娘に差し出したのだ。
 言いなりだった沙羅が反抗するようになる、そんな気がして危機感が増した。


 反抗する気力を失くすために、これまで以上に命の水を作らせた。彼女が命の水を売買していることに罪悪感を抱いていることに気づいていた男だったが、全く良心は痛まなかった。
 巫女姫の体調がどんどん悪くなっているのに気づいていたが、男にとってはこの少女も自分がこの学校にいるための道具の一つに過ぎなかったのだ。
 彼女が衰弱死しても、利用できる駒が一人死んだ、で済ませられること。
 男にとって生徒はその程度の存在だったのだ。
 
 なにもかも自分の権力と地位を維持するために存在するもの、そう思っていた。
 


 邪魔な小娘が校長室に乗り込んだ時点で……いや、その前から男の歪んだ箱庭の崩壊は始まっていたのだ。
 男は慢心していた。
 周りが動けないのをいいことに天狗になって油断していたのだ。

 男は後悔していた。
 手を抜かずにあの時潰しておけばよかった……と。





 ──カシャン、と金属が擦れ合う音が耳に刺さる。ずしりと重い手錠が男の両腕を拘束していた。

「恐らく裁判後は刑務所に収監されると思います」

 この中にも刑務所はありますが、あなたは無能力者なので外の世界の刑務所に入っていただくことになるかと、と対立していた人間に言い捨てられた男は屈辱で顔を真っ赤にさせていた。

「私は無能力者ではないっ!」
「まぁそうだとしても、あなたの罪が清算されるわけじゃありませんからね?」

 そう遠くない昔、次期校長と呼ばれていた人間のポストを奪い、上り詰めた男は焦っていた。
 元教頭の地位にいた男性の後ろには彼を慕う教員たちが連なり、こちらを睨みつけている。

 ……自分の居場所をあの男に奪われる。
 なぜだ。

 なぜあの男はあそこまで人望が。
 最初から気に入らなかった。キレイ事ばかり、偉そうに…!
 目障りだった。邪魔だから排除したというのに…!

 超能力者としてこの場所で暮らしてきた自分が、外の、無能力者たちが住まう刑務所に入れられるだと…?
 この期に及んで男は自分のプライドが傷つくことを恐れていた。左右を研究都市警察官に囲まれ、手錠をかけられた中等部校長と呼ばれた男は体育館から出て誘導されていた。うつむいてわなわな震えていた彼はぐっと歯を食いしばった。
 このような屈辱を耐えられなかったのだ。

「くっ!」
「!」
 
 両脇を固めていた警察官の手を振り払い、男は駆け出した。
 私腹を肥やしまくってでっぷりしたその運動不足の体ではそう遠くへは逃げられないであろう。なのに情けなくも最後まで足掻こうとしたのだ。
 警察官が慌てて追いかけてくる気配がしたが、男は意地でも逃げ切ってやるつもりだった。今まで恩を作った要人に掛け合えばきっとなんとかなる。罪を罪で洗い流す……つもりだった。

「逃しませんよ」
「ぬわっ!?」

 ズルズルズル…と地面を這いずる音が不気味に響いたかと思えば、にゅっと現れた影に男は拘束された。
 その影は走っていた男自身の影だ。それが地面から生えてきて、逃げる男を捕縛したのだ。

「お、お前ぇぇ!!」

 影を操って捕まえたのは元教頭だった。影を操る、それが彼の超能力だ。彼は持ち上げていた腕を引き寄せるような仕草を取る。すると男が影に絡まったままこちらへと引き寄せられていくではないか。

「あなたは更に罪を重ねたいんですか? 無様ですよ」
「よくも私をコケにしてくれたな貴様! 覚えておれ、お前なんぞ政治家の先生方の力で」

 逃走を図った男を警察官たちが先程よりも乱暴な動作で拘束すると、ズルズルと引きずって連れて行った。

「いいか! 私は無能力者なんかじゃない! 超能力者なんだ!」

 男は最後まで怒鳴っていた。目を血走らせ、息巻いているその姿は無様そのもの。それを疲れた顔で見送っていた男性の後ろに教員が近づいてくる。

「先生…これからどうしましょう?」

 この元教頭一派は中等部校長の失脚を狙っていた。はじめは校長と反りが合わない、教育方針が合わないってことで対立していただけだが、校長が悪事に手を染めていると気づいてからは陰でひっそり行動していた。
 教頭だった男性が罠に嵌められて辞任を余儀なくされてからは、表向きは従順に振る舞ってきたが、ようやく悲願は達成された。

「大掛かりな大掃除になりそうですね…」

 思いの外、中等部校長に協力していた人間は多く、これから彼らの罪を問う必要がありそうだ。
 それに授業を遅らせるわけには行かない。生徒たちには今までと変わらない教育を受けさせなくてはならない。被害にあった生徒たちのケアも必要であるし、子どもたちのためにもいち早く環境を整えてあげなくては。

 これで一件落着と行きたいところだが、まだまだ彼らにはやることが山積みなようである。
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