ここ最近、沙羅ちゃんと会える日がガクッと減った。
今までも時々来られない日があって、その時は仕方なくぼっち飯していたんだけど……その回数が急に増えたのだ。沙羅ちゃんにも沙羅ちゃんの都合があるから仕方ないけど、ちょっぴりさみしい。
体育祭の時の話とか、PK能力を使うのがうまくなったこととか色々話したいことがあるのに、会えないまま、話の種がどんどん増えていく一方である。
沙羅ちゃんはどうしているだろう。
……忙しいのかな? もしかしたら、中等部に新しい友達が出来て、それで暇じゃなくなったのかもしれない。それならめでたいことである。
せめて彼女の元気そうな姿を陰から見られたら良いなと思って、私は学校を終えたあとに中等部へこっそり顔を出した。
もしかしたら中等部のほうが終わるのが早いかもしれないけど、その時はその時。沙羅ちゃんの姿を見られたらラッキーってことで顔を出したのだが…
中等部の昇降口から出てくる生徒はわずかで、もう大半の生徒は帰宅してしまったみたいだ。どうやら出遅れてしまったようである。この感じだともう既に寮に帰ってしまっているかもしれないな…。
私はがっくりと肩を落とし、諦めて帰ろうと踵を返した。
「…あなた、隆ちゃんと一緒にいた人よね?」
呼び止められたのは私か?
スルーしてそのまま立ち去りそうになったが足を止めた。声を掛けてきたのが日色君の幼馴染の女の子・めぐみちゃんだったのだ。
「えぇと、私に声を掛けているんだよね?」
「他に誰がいるっていうのよ」
めぐみちゃんは目を細めて私をジロジロと値踏みするように観察してきた。
「あなた、編入生なのよね。今になって能力が判明したとか……高等部1年普通クラスの…えぇと」
「大武藤です」
彼女は興味なさそうに「そう」と吐き捨ててきた。一応自己紹介したけど、彼女から自己紹介はしてくれないみたい。
「隆ちゃんと親しくしているみたいだけど……隆ちゃんは優しいから気遣ってあげてるだけよ。勘違いしないでよね」
「うん? そうだね? 日色君には入学当初から色々親切にしてもらっていて感謝してます…」
勘違いとはどういうことかな?
あの優しさはまがい物だって言いたいのかな?
私がよくわかっていないのに気づいたのか、めぐみちゃんは腹立たしそうに表情を歪めていた。
「今は物珍しい、外から来た人間に興味を持っているだけ。編入生、それも平凡クラスの女が近くにいたら隆ちゃんの邪魔になるだけなのよ。だからむやみやたらに近づかないでよ…!」
「……」
言いたいことを言い終えためぐみちゃんはフンと鼻を鳴らすと、私をその場に置き去りにしてスタスタと立ち去っていった。気が強そうだなぁと思っていたけど、とっても気が強い。
私ってば日色君に近づく怪しい女と思われてるみたい。牽制されちゃった。こんなに想いをぶつけてくる女の子がそばにいるのに日色君てば罪な男だなぁ。気づくだろ普通に…
めぐみちゃんの後ろ姿をぼんやりと見送っていると、後ろでひそめたような笑い声が聞こえてきた。ちらっとそちらに視線を向けると、中等部の女子生徒がこっちを見てバカにしたような笑みを浮かべているではないか。
「狩野さんに勝てるとでも思っているのかしら……」
「他所から来た平凡能力の女が日色先輩に近づくなんておこがましい」
「あの人巫女姫と仲良くしようとしていたけど、最近見放されたみたいよ…」
何やら私は堂々と陰口を叩かれているみたいだ。
知らない人のこと良くもそんな悪く言えるね。仮にも私は先輩だぞ? プンプンって怒っちゃうぞ?
どうやら、この学校にはクラスによるカーストもあるみたいだな。めぐみちゃんもSクラスの生徒だ。彼女も日色君や沙羅ちゃんと同じく特別視される存在。
周りからしてみたら、私は特別クラスの人と仲良くしようとする身の程知らずと思われているのかな。その辺はすごく否定したい。ボッチだった転入生の私とまともに相手してくれたのがSクラスの人だったから今も仲良くできているんだよ!
これは…日色君の周りに女の子が寄り付かなくなりますわ…
外でも内部でも女のドロドロはあるんだね。
むしろ、閉鎖された空間だから、視野が狭くなりがちで案外こっちのほうが陰湿だったりして。と私はゾッとしたのである。
■□■
梅雨の晴れ間。夏本番が間近にやってきているこの時期の外は暑い。だけど緑のカーテンが出来上がった私のサンクチュアリはそこはかとなく涼しい気がする。
ある日のお昼休みに鳥たちに食パンを施しながら、私は売れ残りの食パンを貪った。
この学校の生徒、売店でパン買うの早くない? いつも売れ残りの食パンしか残ってないんですけど。いや、売店のおばちゃんも私の顔見るなり食パンを出してくるようになったけどさ、私別にすごく食パンが好きなわけじゃないんだよ。それしか残ってないから食べてるの。
甘いジャムに飽きたので、ツナマヨトーストとかコーンマヨトーストの素を付けてトースターで焼きたい気分である。
食堂に行くという手もあるけど、金欠なのだ。よって食費も節約のため食パン食べてんだよ。
ほら…この間本屋でCDとDVD頼んだんだけど、調子に乗って注文しすぎて……時間が空いている時に取りに行って、いざお会計したらすごい金額になっていたんだよ。高いんだぜ、特にDVD……前回はDVDプレーヤーとヘッドマッサージ機、今回は好きなガールズバンドのCD&DVDで金欠ですよチクショー。
ふと、目の前を強い風が吹いた。すると一斉に鳥たちが羽ばたく。空を見上げると青い空。鳥たちは空をのびのびと自由に飛んでいる。なんの枷も、鳥かごもなく。彼らは外の世界へも自由に飛び去れるのだ。
鳥が好きだと語ってくれた沙羅ちゃんはいつも鳥たちを羨ましそうに見つめていた。自分の能力を嫌っている彼女は鳥たちが飛び去っていく姿をいつも切なそうに眺めているんだ。きっと叶うことならお母さんのもとに飛んでいきたいのだろうな。
……沙羅ちゃんの事情を知ってしまってからは私は自分の両親のこと、外の話をするのをやめてしまった。
だって彼女は手紙を送り続けても返事が帰ってこないと嘆いているのだ。電話もできないこの場所じゃひたすら待つしか出来ない。諦めようとしても、一縷の望みを捨てきれない彼女を前にして、私の両親から手紙の返事が来たとか言いにくい。
だけどさ……娘の研究学園入学を阻止しようとしたお母さんが娘を忘れるかな?
娘を忘れるほど薄情な人が能力者と判明した娘の引き渡しを拒んで抵抗するとは思えないんだよねぇ。沙羅ちゃんのお母さんは沙羅ちゃんを連れて外国へ逃避行しようとしたところで逮捕されたらしいから。
筆無精な人とか? ……わからない。
だけど事実を確かめようにも手段がない。
私までもやもやしてしまう。
「──」
「…──」
腕を組んで考えていると、人の話し声が聞こえてきた。
私の秘密基地は今や緑が生い茂り、その場所を草花が覆い隠している。ますます秘密基地っぽくなった。そこから約20m先にある渡り廊下は中等部と高等部の中継地点である。生徒たちはそこを通って共用の食堂や体育館へ向かうのだ。
──そこを歩いていたのは、ハゲ散らかしたおっさんと沙羅ちゃんであった。……あれは、中等部の校長……?
なにか話しながら歩いているようだ……渡り廊下の屋根で光が遮られているせいであろうか…?
沙羅ちゃんの顔色が悪いのが気になった。
「…お前の働きが人の命を救うんだ。自分の能力を誇りに思いなさい」
中等部校長の言葉は沙羅ちゃんを激励するものであった。だけど沙羅ちゃんはちっとも嬉しくなさそうで、その言葉が全く響いていないようである。むしろ彼女の表情は泣きそうに歪んでいた。
「しかし最近ちょっと手を抜いているんじゃないか? 効き目が弱くなったと噂だぞ」
「…すみません」
「その辺の金にならない小娘に使うよりも、国の太客のために神水を使わなくてな。…いいか沙羅、あのオオタという上級生に何言われているか知らないが、変な人間と付き合うんじゃない。お前の知性が落ちてしまうからな」
それは…私のことか?
だからオオタじゃねーって。オオタケだよ。仮にも教育者が生徒を変人扱いしてハブこうとするなよ。失礼な。
中等部校長の言葉に沙羅ちゃんはうんともすんとも言わずに沈黙していた。校長は返事など必要じゃないみたいだ。沙羅ちゃんの肩をポンポンと叩くと、「教室に戻りなさい」と指示していた。
その場に取り残された沙羅ちゃんは血の気が引いた顔をして、ふらふらとどこかへと歩いていった。
声をかけようと思ったのだけど、なんだか割り込めない空気を感じて私は動けずにいた。
……中等部の校長だというあの人、やっぱりなんか嫌な感じだ。
なによ国の太客って。沙羅ちゃんの能力で金儲けしてるみたいな……。そんな事していいの? 人助けだから理由のつく能力の行使だろうけど……明らかに沙羅ちゃんは辛そうだった。
学校の校長だとしても、生徒に無理強いさせるような真似をしてもいいのか?
……そんな、道具みたいに。
元々抱いていた悪印象だったが、ここへ来て私は中等部校長へ疑惑を持ち始めたのである。