彩研究学園には幼稚舎、初等部、中等部、高等部、大学とあるが、それぞれに校長がいる。
私はこの学校に来て初めて、高等部の校長先生と対面した。
「時間がなかなか作れなくてね。遅くなってごめんね、大武さん」
「いえ、お気になさらず」
高等部の校長先生は目がくりくりした小柄なおじさんだった。なんだかよく見てみると愛嬌がある感じ…
校長室に呼び出されて落ち着きなく視線を彷徨わせていた私だったが、校長先生のほんわかした雰囲気に少しばかり緊張の糸がほぐれた。
「君はSクラスの生徒と仲いいみたいだね」
その問いに私はバッと顔を上げた。
「はい! 良くしてくれてます!」
「うんうん、いいことだね」
先生から聞いたのだろうか。
それなら、クラスに馴染んでいないことも知っているのかな…?
「私の能力は千里眼なんだ。失礼かもしれないけど色々見せてもらったよ」
「あ、そうなんですか…」
千里眼は遠くにあるものを念じて見る能力だったかな。予知能力とはまた違う能力か。
校長先生にクラスにハブられている現状を知られているとは複雑な…
「ごめんね、あの子達もね君が編入してきたことに戸惑っているんだ。ここで私達が介入したら余計に拗れてしまう可能性があるから様子見させてもらっているんだ。悪く思わないで欲しい」
「あ、はい」
ここ最近ハブられてるのが普通になってきたので麻痺してきました。あと話し相手は他にいるから今の所平気です。と言ったら、ただの強がりに聞こえちゃうかな。
「そうそう、大武さんのお祖父さんもここの卒業生だったよね」
校長先生は私の祖父の後輩に当たるけど、会ったことはないそうだ。そして、私のおじいちゃんも能力出現が遅かったという記録が残っていたって教えてくれた。
私の保有するバリアー能力は危険に遭遇しないと発現しない可能性があるので、一生見つからないこともあるそうだ。今回私の能力が見つかったのも偶然だったそう。
校長先生は古い冊子を取り出して私の前に出してきた。おじいちゃんの卒業写真がここに残っていたからと見せてもらうことに。
「こうしてみると目元がよく似てるね」
ズラッと並んだ写真の一箇所を校長先生が指差す。私とは名字の違う青年の写真。彼が若かりし頃のおじいちゃん。アーモンド型の瞳をした彼は真顔でこちらを見ていた。
私はおじいちゃんの顔を覚えていない。おじいちゃんが生きていた頃、私はまだ幼くてどんな話をしたかも覚えていない。
おじいちゃんはどんな学園生活を送ったのだろうか…
「バリアー能力は目立たない能力だけど、自分の身を守れる、その上鍛えれば広範囲を防御できるようになるんだ。君の能力は可能性に満ちているよ。頑張って」
「ありがとうございます」
激励された私は校長先生に挨拶してその場を退室した。
同じ能力を持っていたおじいちゃん。
おじいちゃんはどんな風にこの学校で過ごしていたんだろう。
おじいちゃんが生きていれば、能力の出し方のコツを教えてもらえたのにな。
私はしばし感傷的な気分に陥ったのである。
■□■
「個人行動はしないように。列からはみ出さず、前の人に着いてきなさい」
本日晴天なり。
…日差しが眩しすぎる。帽子があればいいのに。
私は三角座りをして担任の先生の諸注意を聞いていた。
今日は課外授業という名のリクリエーションだ。高等部一年生全員で研究都市内の自然公園へ遠足に行くのである。
今日ばかりはA組の生徒と同じジャージで参加なのでいつもの異物感は抜けているんじゃないかなと思う。
未だに私は前の高校の制服で学校生活を送っているのだ。私の制服がまだできてないんだよねぇ…ひと月って言ってたのにまだなのかなぁ?
それはそうと遠足だ。
この都市内の公園というから、そんなに遠くないだろ…と思っていたけど、ちょっとした山を登ることになったので結構な運動量になった。自然がいっぱいで、探せば野生動物が出てきそうな空気のきれいな場所だった。
山を登りきると、そこは綺麗に整地されており、子どもが遊べるようにアスレチック遊具が設置されていた。山の傾斜を利用した遊具もあるみたい。
生徒全員にお弁当が配られ、自由時間の説明がされた後、私はボッチになった。
ルームメイトの小鳥遊さんは気遣わしげにこちらを見てくるけど、私と仲良くしているとわかると彼女がクラスの人にちくりと言われてしまうだろうから、私は自主的に人影の少ない場所に移動した。
丁度いい場所で一人弁当しようかなとうろうろしていると、一匹狼を発見した。一匹狼気取りの奴はお弁当に手を付けずに、緑濃い森林を睨みつけていた。
「ご飯食べないの?」
私は許可を得ることなく、奴の3メートル先に座った。下に敷くシートが欲しかったけど、芝生でもいいか。幸い湿っていないし。
私はお弁当の蓋を開けると、早速いただきますした。戌井を観察していると野良犬から保護犬に進化した戌井が顔をしかめてこっちを睨みつけてきた。
「寄ってくんなよ」
「私がどこで食べようと私の勝手でしょ。ボッチ仲間同士仲良くやろうぜ」
私はおにぎりをむしゃむしゃしながら言った。
大体どこで食べようと私の勝手でしょ。嫌ならあんたがどこかへ行けばいいだけだ。
「ピッ!」
お弁当の蓋に乗せてあげた米粒をピッピがつつく。この後沢山飛ばせてあげよう。もしかしたらこの森の中にお仲間もいるかもしれないぞ。同じ野良インコが…。
「あれ…?」
そこにお弁当を持った日色君がやって来た。
私と戌井の意外な組み合わせにポカンとしている様子。優しい彼のことだ。ボッチ戌井と一緒にお弁当を食べてあげようとしたのであろう。
「喧嘩してないよ! ボッチ同盟を結んだ所なんだ!」
「あ、そうなんだ」
奴と喧嘩すると日色君が困るから、喧嘩はしていないとアピールしておく。
ボッチはボッチ同士で会話なく食事していただけだ。至って平和である。
「結んでねーし」
空気が読めない戌井は余計なことを言い出す。何を強がっているんだか。あんたはどこからどう見ても立派なボッチである。
「一匹狼気取っても結局はボッチなんだよ、認めなよ」
ボッチいいじゃん。周りを気にかけずに自由に動き回れる。悪いことじゃないよ。
「うるせーブス」
「んだと髪毟るぞ」
「こら2人とも!」
人をブスブスと……おんまぇ、頭頂部の髪引っこ抜かれたいのか? おん?
私が脅しかけると日色君に窘められてしまった。私は戌井を睨みつけながらムグムグとおにぎりを頬張る。
「大武さんは綺麗な女の子じゃないか。大体人の容貌を貶すのは失礼なことなんだぞ、謝るんだ駆」
日色君がフォローをいれてくれた。
何たるイケメン。同じイケメンでもこうも違うとは…びっくりだよ。
「ほらご覧! 日色君みたいな男がモテるんだよ! 彼を見習いなさい」
日色君って雰囲気が温和で穏やかなんだけど、決める時はビシッと言うし、女の子に優しいし、絶対にモテると思うんだよね。現に幼馴染の子がすっごい夢中になっているし。もしかしたらめぐみちゃんに気を遣って、日色君に告白できない女子もあちこちにいるのかもしれないぞ? あれだけいちゃつかれたら気がひけるよね普通は。
戌井は小学生男児の域を抜け出せない。口を開けば人をブスと…語彙力が壊滅的である。
…と、わかりやすく説いてあげたけど、戌井のハートには届かなかった模様。奴は明後日の方向…米粒をついばむピッピを観察していた。
人が話してんだからこっち見ろよ。
「別に女にモテたって嬉しくねーし」
「そのままだと嫌われるだけだよ。あんたがそれでいいなら別にいいけどさ。ねぇ、日色君」
モテるからそんなことが言えるのか、ただ強がってるのかは謎だ。
同意を求めようと日色君に問いかけたら、なぜか彼は頬を赤らめて固まっていた。
「…どしたの?」
「いや…初めてモテるとかそんな事言われたから…」
だから照れているのだと。
…日色君さ、前にも思ったけど……かわいいが過ぎない?
私は思わずプスッと笑ってしまった。
彼はSクラスのエリートだし、元生徒会長だし、かわいい幼馴染はいるしで、高嶺の花扱いを受けてるんだと思うんだよなぁ。
もちろん彼の人を操る声の能力を怖がって避ける人もいるだろうけど、ここにいる人皆超能力者だ。全員が全員怖がって忌避してる訳じゃないと思うんだ。
「やっぱり日色君は鈍感だ」
私が笑うと、彼はそんなことないよ。とムッとした顔をしていたのである。