サイキック・ガール! | ナノ
私はサイキック・ガール!
Sクラスは危険危険言われるけど、今この学校で一番危険視されてるの私だから!
「ピッ!」
 ──グサッ
「イッタァイ!」

 朝起きるとおでこにピッピが乗っていた。何が不満なのか奴は私のおでこをくちばしで突いて起こしてきやがったのだ。
 顔はやめろ。それ以前にくちばしは凶器だ。突くんじゃない。

 環境が変わってしまって昨晩はなかなか寝付けなかったが、いつの間にか寝入っていたらしい。なんだか寝足りない気もするが、今日も学校だ。いつまでも惰眠をむさぼるわけにはいくまい。
 私は二段ベッドのはしごをゆっくり降りると窓に近づいてカーテンを開けた。薄暗かった部屋に光が差し込む。

 空は青空。窓を開ければ少し冷たい空気が入ってくる。私は新鮮な空気を吸って、空を見上げた。
 今日もいい天気になりそうである。




 朝が弱いらしい小鳥遊さんは後から起きてきてまだ準備中だったので、私は先に寮を出た。道を歩いていると、学生たちの群れが同じ方向へと進んでいた。
 彩研究学園高等部の生徒は男女ともにごく普通の紺色のブレザースタイルで、全員ネクタイを着用している。
 このネクタイで学年、所属クラスを判別できるようになっていて、1学年のカラーは群青色。Sクラスの生徒のネクタイのみ白のラインが入っている。
 ジャケットを羽織らず、セーター姿の人もいた。色に指定はないらしく、薄ピンクのセーターを着ている女子もいて可愛い。
 
 まぁそんなブレザーの中で一人セーラー服な私は超目立つんですけどね……制服は1ヶ月くらいで出来るって言われたけど、もうちょっと早く出来ないもんだろうか。
 私は時折刺さってくる視線にふぅ、とため息を吐きながら学校の方向に歩いていく。

 一人黙々と歩いていると、ある男子生徒の姿が目に入った。彼もこの時間に登校しているのか。
 私はニンマリ微笑むと、彼のもとに小走りで近づいた。

「おーい! 日色くーん、おっはよー!!」

 私は片腕をブンブン振って彼に声を掛けた。すると日色君が驚いた顔で振り返ったもんだから、私までつられてびっくりしてしまった。

「お、おはよう」
「うん、おはよ! 今日いい天気だね!」

 私は彼の隣に並んで歩いた。周りの生徒の視線が更に刺さった。気になるけど、気にしないふりをする。
 今朝もピッピピッピと頭上でピッピがさえずっている。いつまでこいつは私の頭の上に滞在しているのだろうか。
 
「あれ…大武さん、それ…」

 日色君の視線が私の頭上に向かったので、私はピッピを紹介することにした。

「ピッピっていうの。可愛いでしょ! この子も外から来た子なんだって、私とおんなじなんだ!」
「ふふ、そうなんだ。インコかな?」
「うん。だけどこの子気に入らないことがあるとすぐ私の頭突くんだよねー」

 日色君は「そっか、綺麗な色のインコだね」と微笑む。うーん、やっぱりおひさまのように暖かな笑顔だ。
 こんなに暖かい人なのに、畏怖の目で見る人がいるのか。人を操る声という超能力。持つ人によっては悪用されそうだものね…
 私は前の学校で使っていたリュックサックのショルダーストラップをギュッと握った。何も考え無しで日色くんに声を掛けたわけじゃないのだ。

 私はどうしても彼に言いたいことがあったのだ。 

「あのさぁ、私日色君に謝りたいことがあるんだ」
「……謝りたいこと?」

 日色君が不思議そうな顔をして私を見下ろしてきた。

「日色君は警告してくれたじゃない。Sクラスの人と関わるのは危険だって」
「…? うんそうだね」

 昨日いろんな人に忠告を受けたけど、やっぱりなんかスッキリしなかった。
 “Sクラス”のことはよくわからないけど、その人の人となりを知らないうちから線引きするのは私の性に合わないのだ。
 危険と言われるSクラスの日色君が一番友好的な態度を取ってくれたんだよ? 

 なので私は自分が仲良くしたいと思う人と仲良くすることに決めたのだ。何かあればその時だ。その時は自分の運の悪さを憎めばいいだけ。
 そう、結論づけたのだ。

「せっかく警告してくれたけど、私それに従えないやごめん。Sクラスの日色君がすごいのはわかってるし、雲の上の存在とわかってるんだけど、日色君はこの学校で初めて知り合った人だから、これからも仲良くしてほしいんだ!」

 謝罪のち、改めて私と友達になってほしいと告白したのだ。
 日色君はあっけにとられた顔をしていた。
 もしかして、昨日のあれこれは新入生に対するリップサービスの数々だったの? 君と仲良くする気はサラサラないよと言われたら傷つくんですけどね。
 私のお願いに日色君は困惑していた。視線を彷徨わせ、言葉に迷い、ぐっと口を閉ざす仕草を見せた。

「……他の人にも言われなかったの? Sクラスの人間は危険だって、近づくなって……怖いと思わないの?」

 彼の表情は憂いに満ちていた。昨日見た悲しそうな表情と同じだ。

「言われたよ。…でもさ、今の現状、私が危険人物みたいな目で見られてるんだもん。私も似たようなもんでしょ」

 むしろSクラスの人よりも危険視されてると思うな! 見てくれよこの刺さる視線を! 余所者を忌避する生徒たちの迫害の目を!
 あらやだ涙が出てきた……

「ふっ…ふふふ……もう、本当大武さんって……本当変わってる」
「私からしてみたらこの学校は変わり者の集まりだと思うな。だいたい同じ人間なんて誰ひとりいないんだよ」

 それにもしも日色君が能力を私に使っちゃったとしてもだ。私が彼と仲良くなるって決めた結果そうなったのだから、それは私の責任だ。そんな大げさになることではない。

「私なんか麻薬中毒者の運転する暴走車ボコボコにして破壊しちゃったからねー。私が触るとボコボコになるんだよ? 普通に怖くない?」
「ボコボコは嫌だなぁ…」

 危険な能力持ちなのは日色君だけではない。私の能力も使い方によっては人を傷つけてしまう恐ろしいものに変化するのだ。
 だからこの学校に集められているんでしょう?

「この学校にいる人達は全員、使い方を間違ったら危ない能力を持っている者同士なんだよ。その能力の使い方を間違わなければ大丈夫なの。そんなわけで、日色君と仲良くなりたいんだ! 私と友達になろう!」

 私は片手を差し出した。欧米式に握手を求めたのだ。日色君は私と私の手を交互に見比べて、また笑った。
 嬉しそうな笑顔。まるで、初めて友人が出来たのかってくらい純粋で素直な少年らしい笑顔。
 日色君の笑顔を見たのは昨日だ。出会ったのも昨日。おひさまみたいな笑顔というのは今も変わらない。
 大人っぽい人だなと思っていたけど、実際には私と同じ年なんだよね。なんかその笑顔で一気に親近感が湧いたぞ。
 
 日色君は私の手を握り返してくれた。手は男子の手だ。私よりも大きい手。

「こちらこそよろしくね」
「うん!」

 私が笑うと、日色君は照れくさそうに笑っていた。
 日色君知っているか? この学校での友達一号は君なんだよ。なんだか私まで面映い気分になってきたではないか…

 ──ドンッ
「おうっ」
「ピッ!」

 ほのぼのーと日色くんと笑い合っていると、誰かがぶつかってきた。
 背後からの衝撃ののち、バサササッと頭上でピッピが羽ばたく音が聞こえた。

 何事かと振り返ると、後ろには男子がいた。群青色のネクタイに、白のライン。1年S組…日色君のクラスメイトだ。
 切れ長の瞳をした男はこちらをジロッと睨みつけると顔をしかめて「ちっ」と舌打ちをした。そして私達を追い越すかのように横を通り過ぎた。

「おい、かける !」

 日色君がすかさず呼び止めようとしていたが、その男子は振り返りもせず、スタスタと立ち去っていった。
 なにあれ。
 いや立ち止まっていた私も悪いけど、舌打ちとか睨むとか…朝からどんだけ苛ついてるのよ。

「ごめん、うちのクラスの人だ。彼はちょっと人付き合いが苦手で…代わりに謝るよ、ごめんね」
「ううん、日色君が謝ることじゃないよ」

 この学校で睨まれるの初めてではないですし。今日もクラスメイトに睨まれ、恐れられ、監視されるヒリヒリの一日が始まるから全然……泣いてなんかないから…!

 それにしても、人付き合いが苦手な人か…。
 思い出してみたら、どことなく傷ついた野良犬みたいな顔してたな…多分。知らんけど。

「ピッ!」
「イッタァ!」

 何を思ったのかピッピが頭を突いてきた。ぐさりとくちばしが頭頂部に刺さる。

「大丈夫? …遅刻するからもう行こうか」
「うっうん…」

 この野良インコめ…私の頭の骨にドリル穴が開いたらどうしてくれるんだ…

「そういえば、昨日の午後は大丈夫だった?」
「ん? うん。寮で同じ部屋の子がなんだかんだ世話やいてくれたから…」

 他のクラスメイトに関してはこれからってところだけど……

「自分のやり方でクラスに馴染んでやるからまぁ見ててよ」

 私はぐっと親指を立てていい笑顔を浮かべてみせた。
 焦っても何の解決はしない。
 一個一個解決していくことにするよ。
 ほらよく言うじゃん。急がば回れって。
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