太陽のデイジー | ナノ
気の乗らないパーティ、刺さる侮蔑の視線
シュバルツ王国シャウマン伯爵領にて夫人の加療を行っている間、私に同行してきたルルは自由気ままに過ごしていた。
ヒト型を維持している彼女はその辺に落ちているものを普通に拾って食べようとするし、屋根に登って昼寝するし、ベッドは柔らかすぎるからと床の上で寝ていたりと奇行を繰り広げていたが、使用人もシャウマン親子も柔らかくたしなめるだけで、自由にさせてくれた。
彼らもルルが私の妹ではないことにはもうすでに気づいているだろう。もしかしたら人間ですらないと気づかれているかもしれない。
そんなルルが私以外の人間に興味を持った。
「これ食えるのか」
「それはまだ青いからダメだ。食べるならこっちになさい」
それはシャウマン伯爵家使用人である庭師のおじいさんである。この家に滞在し始めたルルは退屈を持て余していた。彼女ならドラゴンに姿を変えてお空のお散歩がいつでも出来るのだが、一人で飛ぶのは退屈だからと伯爵家敷地内をウロチョロして過ごしていた。
そこで見つけたのが、植物に溢れた庭である。
このお屋敷には立派なお庭があって、季節の花々が芽吹いている。それとは別に生命力に溢れたみずみずしい野菜が実った菜園を見つけたルルは目の色を変えてそれに飛びついた。
その後持ち主にゲンコツされて説教されたそうだが。
人間に説教される、というのはプライドの高いドラゴンのルルなら逆ギレしてもおかしくないのにここではそうはならなかった。
ルルは庭師のおじいさんにくっついては色々質問したり、真似事するようになった。
ルルが着ている服がワンピースだったので(私の魔法による幻覚だが)汚さないようにと庭師のおじいさんから作業用服をプレゼントされて喜んでいた。
地味な作業着だ。ルルは服が嫌いなのにそれをずっと着ているのだ。
ルルが私以外の人間に興味持つ、それがいいことなのか悪いことなのかわからない。
彼女はドラゴンだ。ルルは大事なおじいさんを人間に殺された。人間に心許すのが彼女のためになるのかわからない。
庭師のおじいさんの趣味の作物。太陽の光を浴びて育ったそれをもいで、ルルはがぶりと噛み付いた。
「うまい」
じゅわっと中からあふれる水分にルルの口元はベタベタしているが、おじいさんが首にかけていたタオルで拭いてあげている。
「美味しく食べてくれたら野菜も喜ぶだろう」
庭師のおじいさんに世話を焼かれたルルは目を細めていた。
……もしかしたら、老ドラゴンを思い出しているのかもしれない。見た目は全く違うが、雰囲気が似ているのかもな。
伯爵家の書庫の窓からそれをじっと観察していた私はしばし現実逃避していた。
「…デイジー…? 聞いているかな?」
「あ、すみません。招待されたパーティの件ですよね。適当でいいですよ。礼服なら持っていますし」
そうだった、面倒くさいパーティの話をされていたんだった。無視していたわけじゃないんだ。面倒だな、断りたいなぁと思っていたが、ここは他国だ。王太子直々の招待は断りにくい。
「だが、そのパーティはデビュタントの娘が大勢やってくる。君が肩身狭い思いするんじゃ…」
ご厚意でドレスを一着誂えてくれるとエドヴァルド氏は言うが、心配ご無用だ。
私はデビュタントしに行くわけじゃない。他国の高等魔術師がお呼ばれしただけだ。そんな浮いた気持ちでパーティに参加するわけじゃないのでお構いなく。
「あ、でも髪を結うのが大変なので、そこはメイドさんに手伝ってもらいたいです」
流石にパーティに三つ編みで参加というわけには行かない。礼服に見合った髪型に結うのを手伝ってほしいかな。
「それと、お母様の状態を見て私は帰国させていただきますね。多分もう大丈夫そうですし」
私は仕事しにこの国に出張に来ただけであって、パーティに来たわけじゃない。適当に参加して適当に帰る。
私が乗り気じゃなく、早く帰国したいと考えているのがわかったのか、エドヴァルド氏は肩を落としていた。
彼が気を遣ってくれているのはわかってるんだけど、庶民には荷が重いのだよ。私が着飾っても後ろ指さされて庶民がみすぼらしいと笑われるだけだと思う。ぶっちゃけパーティに行きたくないんだ。
……実家のロバが出産しそうなんで帰国しますって言ったら通用するかな。だめかな。
そんなくだらないことを最後まで考えながら、パーティ当日の日を迎えてしまった。
社交シーズンは多くの貴族たちが王都のタウンハウスに滞在する。
しかしエドヴァルド氏は別荘に滞在しない方針だそう。王都までそう遠くない位置に領地があること、パーティには義務的に初日だけは参加する感じで済ませているそうだ。
ルルは屋敷で待機するとのことだったので、お留守番の彼女に見送られて出発した。
シャウマン伯爵家の馬車に乗せられて移動するが、仮にも私は未婚の娘。エドヴァルド氏とは別々の馬車である。夫人のレディースメイドがついてきてくれるとのことだったので彼女に同乗してもらっている。
「マック様は……もう少し、着飾っても良かったんじゃありませんか?」
「これで十分です」
レディースメイドは私の装いが大いに不満らしい。これでも我慢したほうなんだよ。地味にとオーダーしてるのにメイドがコテで巻いてなにかの羽根を髪に差そうとするし…服と合わないでしょうが。私は魔術師なんだ。もうちょっと考えて欲しい。
あとね、礼服は地味だけどそこそこの金額がした立派なものなんだぞ。そんな残念なものを見るような目を送らないで欲しい。どうせ正装のマントで隠れちゃうんだからどうでもいいでしょうが。
王都中心地に近づくにつれて、馬車とすれ違う回数が増えてきた。私は馬車の窓から外を観察する。王都と言うだけあるから栄えている。当然ながらエスメラルダとは国が違うため雰囲気も全く違う。
しばらく窓の外を見ていたが、それにも飽きたので、私は書庫から借り出してきた魔法書を開いた。
シャウマン伯爵家滞在期間中、書庫の魔法書は大方読み漁った。やっぱり貴族の家はこういう書物がある時点で恵まれているな。教育もぜんぜん違うんだろうな…
「到着しましたよ、マック様」
レディースメイドの声に顔を上げた私は読み途中の書物を閉じた。
馭者によって馬車の扉が開かれると、先にレディースメイドが降り立ったので私も降りようとしたらひょっこりと誰かの手が伸びてきた。
袖のボタンでそれが誰かわかったけどね。その手を借りて馬車から降りる。
「…ありがとうございます」
「どういたしまして」
王宮の手前には沢山の馬車が停まっていた。至るところに着飾った貴族たちの群れ。目がチカチカする。エスメラルダの魔法魔術学校の交流パーティでも貴族学生たちはこんな派手じゃなかった。あれでも抑えていたのかな…いやシュバルツが派手なだけかもしれないけど。
普通に庶民として生きていて、こんな光景見るなんてめったに無いだろうな。
「…まぁ、どこの馬の骨でしょう」
「地味な服装ねぇ。会場が白けてしまうわ」
「あの方、魔なしではなくて? 先日お父様の愛人が逮捕されたとか…」
「よく顔が出せるもんだ…」
口さがない言葉をわざと聞こえるようにささやく貴族たち。腹が立つけど、それがなんか懐かしいなぁと思っていたが、悪く言われているのは私だけじゃなかった。
私はちらりと斜め上を見上げる。
エドヴァルド氏は居心地悪そうに苦笑いを浮かべていた。
「…済まないね、私が一緒だから君まで悪く言われてしまった」
彼から謝罪された私は真顔になってしまった。何故謝られねばならんのだろうか。
「いえ、庶民だからって罵られるのは初めてではありませんし」
恥じる必要などどこにもない。今の私には彼らに勝る称号を持ってる。
私は庶民から成り上がった高等魔術師様ぞ。上級魔術師と違って難易度が格段と上がる高等魔術師様なのだ。国に数名いる程度の希少な存在である。
見た感じ、シュバルツの最高魔術師・高等魔術師のペンダントを所有する貴族は見当たらない。ということは今の時点で魔術師としての格が高いのは私なので、堂々としてやる。私は胸を張って高等魔術師の証であるペンダントを周りに見せびらかす。
そもそも私個人が貴族そのものにいい感情を抱いていないので別に期待していなかったし、パーティに参加する前からこうして悪感情をぶつけられるのは予想していたことだ。気にしないで欲しい。
しかし無作法な視線はやまない。
冷たい、異物を見るかのような視線。あぁ懐かしいその視線。私の隣で居心地悪そうに背を丸めているエドヴァルド氏。
まるで捨て子の私みたいな扱いを受けているんだな。貴族出身で魔なしだとここまで見下されるのか……もしかしたら、爵位が下位の貴族からも見下されてるのだろうか…。全くおかしな話である。
「情けないですよ、背筋を伸ばす!」
私がバシバシと背中を叩くと、エドヴァルド氏は目を丸くして固まっていた。
ごめんね、私は獣人に囲まれて育ったから行動がちょっと暴力的なんだ。と心のなかで言い訳してみる。
「エドヴァルド様はもうちょっと自分を誇ったほうがいいですよ。領民も使用人もあなたを慕ってるんですから、彼らに恥をかかせないように領主として堂々として見せたらどうです」
──それともそんな姿を領民に見せるんですか?
私が彼の瞳を見つめて訴えかけると、エドヴァルド氏は一瞬泣きそうな、情けない顔をしていた。
「年下の女の子に怒られちゃったな」
彼は苦笑いを浮かべて肩の力を抜くと、背筋を伸ばした。
うん、そうすると背も高く見えるし、自信が満ちて見えるから見栄えがいいと思う。どこからどう見ても立派な貴族様だ。
「お手をどうぞ、お嬢さん」
何を思ったのか、エドヴァルド氏は私にすっと腕を差し出してきた。それをここで断ると彼に恥をかかせてしまうことになるだろう。
ここでは彼の顔を立ててその腕に手を乗せて、大人しくエスコートされて差し上げたのであった。