太陽のデイジー | ナノ 昇格試験と周りの評価

 これまで私がのんきに旅を満喫していたと思えば大違いだ。これでも旅先で暇を捻出しては勉強していたのだ。学習用の本は恩師のフレッカー卿がわざわざ蔵書を貸してくださると送ってきてくれたので不便はしなかった。
 しかし座学だけでは魔法魔術は上達しない。周りに教えてくれる人はなくとも私は独学で実技習得を頑張った。特に還らずの森は元素達が快く力を貸してくれたので、魔法・魔術の練習にうってつけだった。
 まだまだ旅は途中だけど、旅をしたことで私は大きく成長できたと思う。人としても魔術師としても。


 せっかく里帰りしたのと、ちょうど王都で昇格試験が行われる予定だったので、受験申し込みをして高等魔術師昇格試験に挑んだのがつい先日のことである。

『デイジー・マックさんへお知らせです。先日の高等魔術師昇格試験の結果発表になります…』

 合格通知を頂いたのは私が17歳になったばかりの頃。
 魔法庁で高等魔術師昇格の手続きをした後、高等魔術師の資格を持つものだけが持てるペンダントを授与された。
 授与式には合格者と役人の他に、王太子殿下とファーナム嬢の姿もあった。彼らは公務として参列しているそうだ。つい最近魔法魔術学校を卒業されたお二人はこれから徐々に公務に就くのだという。
 恐れ多くも今回は殿下からペンダントを授与していただいた。公的な場のため、そんなにお話はできなかったが、おめでとうとお祝いの言葉を投げかけてくれた。
 ペンダントの持ち主が私であるという契約を結び、それを首にかけられると、以前のペンダントよりもずっしりと重い気がした。

「デイジー・マックを高等魔術師として、ここに認める」

 懐中時計仕込みのそれは、ペンダントを所有する魔術師たちとの連絡報告を送受信出来る機能がある。中央に輝くは大きな翠石。高等魔術師の証明となるペンダントである。
 私はそれを手にとって見下ろす。
 やってやった。やってやったぞ。私は確固たる立場を手に入れた。もう私を捨て子だとバカにする人はいないだろう。
 それを首に下げた私は胸を張って外を歩いてやった。


 ちなみに殿下たちと同じく、一般塔所属のマーシアさんもつい最近卒業した。彼女はその戦闘能力を買われて魔法魔術省へ入省するのだそうだ。彼女が所属するのは魔法犯罪を取り扱う部署だとか。
 お互いの就職、昇格を祝って近いうちに食事に行こうと手紙で誘われたので、久々に彼女と会いたいなと思ってる。旅先での話をしつこく強請られそうな気がするが。
 友人といえどどこからどこまで話していいのか悩ましいところである。


■□■


「もし! 魔術師様! 魔術師様! お願いでございます! どうかお助けくださいませ!」

 明け方頃に実家の扉を叩く音で家族全員が目覚めた。来訪者は町に住む人間だ。彼は私の噂を聞きつけて、魔術師である私の力を借りたいとここまで駆けてきたそうだ。
 私は医者じゃないんだけどなぁ…と思いながらも着替えて出張しに行く辺り私もお人好しな気がするが……

 向かった先は町の隅にある民家である。寝室の一室では意識のない女性がベッドに横になって眠っていた。

「魔術師様、妻の状態はどうですか?」

 青ざめた顔で眠る奥さんの手を握って不安そうに私を見てくる旦那さん。

「私は医者じゃないので、詳しくはわかりませんが、概ねお医者様のおっしゃるとおり産後の肥立ちがよろしくない、それは確かでしょう」

 この奥さんは先日双子を出産したが、そのうちの一人が逆子で中々生まれなかったとか。初産で難産で大量出血を起こしたとのことなので、後は本人の体力気力次第であろう。とお医者さんにさじを投げられたそうで、旦那さんは怖くなって私に泣きついてきたんだという。

「金なら時間がかかっても払い続けます! お願いです、娘たちには母親が必要なんです! …俺だってまだ全然、愛してるの一言も言えてないのに」

 子ども産ませておいて愛してるの言葉すら掛けてやらんかったのか。それはどうかと思うぞ。
 奥さんの手を握ってグスグス泣いている哀れな男から視線を外すと、収納術を解いて薬を調剤する準備を始めた。

 治癒能力を使えば一発だが、高い代金を請求しなきゃいけなくなる。庶民には高すぎる金額だ。…それは彼らのためにはならない。
 そしてドラゴンの妙薬はあまり表に出さないほうがいいと言われたので、ここでは使えない。どこからか漏れて面倒になるかもしれないからね。
 残される手段は薬だけである。

 疲労回復・滋養強壮の効果がある薬をまず飲ませて、意識が戻ったら造血剤飲ませて…
 日も明けないうちから起こされて眠かったけど、薬を作る手は正確であった。黙々と作業して、意識のない奥さんの口元に薬を少しずつ流し込んで飲ませる。
 それから小一時間後に奥さんの意識が戻ったと喜ぶ旦那さんを押しのけて、患者に造血剤を少しずつ経口投与する。
 私に出来るのはここまで。後はそれこそ奥さんの体力気力次第だ。

「ありがとうございます魔術師様! あの代金ですが…」

 お見送りの際に旦那さんがお金の入った小袋を差し出してきた。
 私の今の立場は魔術師として2番目に地位の高い高等魔術師だ。しかも今回はいろんな薬や栄養剤を処方したのと、早朝出張もあるためそこそこの金額になったのだ。
 魔術師の仕事は慈善活動じゃないので、決まった代金を請求しなきゃいけない。高等魔術師の知識技能を安売りするわけにはいかないのだ。
 私はそれを受け取り、中から1万リラを抜き取ると、残りを返した。

「そんなことより、今は奥さんと娘さんたちに十分な栄養を与えたほうがいいですよ。余裕ができてから残りを支払いに来てください」

 薬を飲ませて終わりではない。これからもっとお金かかるんだ。全財産突き出すのは得策ではないぞ。
 奥さんは薬を飲んでまた眠りについた。双子の赤ちゃんは旦那さんと奥さんの両親が交代で見ているそうだ。ここで一番しっかりしなきゃいけないのはこの旦那さんなんだ。

「それじゃ」

 お金を懐に納めると、私は踵を返した。

「あ、ありがとうございます、必ず、必ず支払いに行きます!」

 その声を背に受けながら、私は朝日が登り始めた空を見上げた。
 朝日が眩しい…
 安請け合いしてしまったが、まぁ…薬の元はとってるし、薬の水準もその分下がるし…

「ねむ…」

 うちに帰ったらもう一眠りしよう。
 どこでどう噂になっているのか知らんが、村に滞在するとどこからか評判を聞きつけた人が助けを求めてくるんでそこそこ忙しい。こないだとか隣の領からわざわざ私に診てもらいたいからって馬に乗ってやってきたからね。
 私は医者じゃないって公言してるのに…

 ……お金持ちの商人から、医者にすら治せない死の病をどうしても治してほしいと懇願されて、ドラゴンの妙薬を適正価格で処方してあげると、ピンピンして帰っていった。
 そのあとリック兄さんにドラゴンの妙薬を所有していることが公にバレたら危険だから、ホイホイ出すなと注意されたけど。

「あらっおはよう、デイジー! どうしたのこんな朝早く」

 早朝から営業しているパン屋の前で掃き掃除をしていたその店の奥さんに声を掛けられた私はあくびを噛み殺しながら「おはようございます」とあいさつした。

「ちょっと出張に」
「そうなの? いま焼きたてのパンがあるのよ! そこで待ってて」

 そう言って店に一旦引っ込んだ奥さんは袋いっぱいのパンを私に突き出してきた。

「持ってって! この間作ってもらった美容クリームまた作ってくれると嬉しいな!」

 賄賂のパンと引き換えに美容クリームをせびられてしまった。なるほど、そういう下心……わかりやすくて結構。
 クリームなぁ…いい収入源なんだけど、魔術師の仕事ではないと言うか…。材料が足りないので、一眠りしたら森に採集に行かなきゃ…

 私が高等魔術師になったことは村だけでなく町、領内で広まっており、こうして声を掛けられることが増えた。下心を抱えた知らない人からも声を掛けられて「誰だお前」状態になることもあるけど、そこは適当に流すようにしている。
 以前は捨て子と陰口を叩いていた人も表では何も言わなくなったし……本当に人間ってものは現金なものである。

 私を知っている人は、私が元捨て子であることも知っている。捨て子の立場であるにも関わらず、魔法魔術学校を3年で飛び級卒業し、17歳で高等魔術師になった秀才とか巷で噂されているらしい。全くの嘘ではないから否定はできないよね。
 だけど、学生の身分だった頃に、町で好き勝手暴れていた成金を魔法で成敗したとか、学校で嫌がらせをしてきた貴族の子息を拳で倒したとか、曲解した噂を流すのは恥ずかしいからやめてくんないかな。

 それが噂となり遠い町にまで届き、同じ捨て子である境遇の子どもたちに生きる希望を持たせているのだと魔法庁の職員に教えられると、なんと表現していいかわからない感情に襲われる。
 だから彼らの希望をなくさないためにも否定も肯定もしない。適当に流すことを覚えたのである。


 私がパンを抱えて家に戻ると、何やら村の中では騒ぎが起きていた。
 なんだ、どうしたと人混みを掻き分けて覗き込むと、純朴な獣人の村にはそぐわないお高そうな馬車がど真ん中に停まっていた。…馬車に施された家紋を凝視するが、このエスメラルダ国内の貴族の紋様ではない……

 馬車の扉が開かれ、その中から一人の青年が現れる。榛色の髪を持つ裕福そうな貴族青年だ。頭の先からつま先まで手入れされており、まさに上流階級。この村には全く相応しくない存在である。

「朝早くに突然すまない…。私はシュバルツ王国のエドヴァルド・シャウマンという者だ。この村に腕のいい高等魔術師がいると聞いて訪ねたのだが……」

 …シュバルツの、貴族か?
 そう言って彼はくるりと首を動かして村人一人ひとりに微笑みかけた。

「デイジー・マック嬢はどこかな?」

 彼が微笑むと、村の若い女の子がキャアと黄色い声を漏らしていた。
 しかし名指しされた私は違う。

 ──誰だ、お前。
 心の中で呟くことくらいは許して欲しいところである。

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