太陽のデイジー | ナノ 女神フローラのお告げ【三人称視点】

 ──シュバルツ王国。
 その国は女神を信仰していた。その女神の名はフローラ。この世界を作り上げた神であり、生きとし生けるものすべての母だと言われている。
 その女神フローラを信仰する国は隣国のエスメラルダとグラナーダもである。各国に大神殿があり、そこには国の最高神職者が在籍している。彼女たちは“大巫女”と呼ばれ、女神フローラに選出された選ばれし乙女である。
 彼女たちは女神から神託を受ける役目を持つのだ。

 シュバルツ王国には最近代替わりで新しい大巫女が就任した。前任者の大巫女は92歳という長寿をまっとうし、天へと召された。その後大巫女選出の儀にて選ばれたのは神殿巫女として仕えていた少女である。
 他にも大巫女という名の泊付けのために貴族の娘が並んでいた中で選ばれた彼女も元は貴族出身の娘であった。彼女は家を嫌って単身出家した元伯爵令嬢なのである。
 デビュタントもまだな13歳の頃、一人で大神殿に駆け込んだ彼女は自ら巫女になることを願い出た。
 彼女は貴族らしい傲慢なところはなく真面目で、貞節を守り清貧を好んだ。はちみつを落としたような美しい金色の髪に、青空を彷彿させる青い瞳。誰よりも女神を深く敬愛し、女神に仕えることを喜びとした若く美しい少女。
 女神フローラは16歳になった彼女を次代の大巫女として選出したのである。

「大巫女・アレキサンドラ様のお成りでございます」

 ベールで顔を隠された大巫女が祭壇へと現れると、すでに待ち構えていた者たちが深々と礼をする。そこにいたのは一国の王太子と、貴族の令嬢たちの姿だ。
 彼女はゆっくり頷き、神官長に顔を向ける。

「アレキサンドラ様、本日はラウル王太子殿下の妃にふさわしい女性を女神様に選んで頂きたいとのご依頼でございます」
「…妃、候補」

 アレキサンドラは感情を伺わせない声でつぶやく。
 この国の王太子殿下は御年19歳。それなのに未だに婚約者が不在なのだ。
 適当な令嬢を…という話も出ているが、そうなるとなにがなんでも自分の娘を国母にしたい貴族同士が毒を盛ったり刺客を送りつけたりとちょっとした小競り合いが起きてしまって困っているとのこと。
 それなら女神様の判断を仰ごうとやってきたのだそうだ。アレキサンドラは内心(こんなことで神託を使わないで欲しい…)と思っていたが、それを表に出さなかった。

 彼女は気づいていないが、アレキサンドラが入場した時から彼女を熱い眼差しで見つめる男がいた。
 何を隠そう、この国の王太子ラウル・シュバルツである。
 彼はこの国の未来の王となるべく育てられた王太子だ。白金色の髪に灰青色の瞳を持つ青年である。一見するとその雰囲気は冷たいが、見惚れるほど美しい顔立ちをしていた。彼の姿は絵姿として世間に出回っており、世の女性をうっとりさせている。誰も彼もが彼の妃になりたいと夢に見ているのである。
 ここに集まる貴族令嬢もそうだ。自分が妃になるのだと気合い入れてやってきた。彼の手を取るのは自分だと自信に満ちた表情で着席していた。

 しかし、彼は大巫女を見つめていた。そう、彼はこの神殿の最高神職者である大巫女アレキサンドラに懸想していたのだ。彼女との出会いは、王宮へ次世代の大巫女として挨拶に来たときである。
 ラウルは沢山の美しい姫君を見てきたが、大巫女アレキサンドラを前にして、雷に打たれたような衝撃を受けた。そして苦悩した。なぜこんな美しい少女が貞淑を守る義務を持つ大巫女なのだと。
 大巫女は女神の娘。清らかさを何よりも重視される存在なのだ。ラウルが求婚してもきっと彼女は首を縦に振らないであろう。なんといっても、彼女は貴族籍を捨ててまで、自ら巫女になることを願い出た娘なのだから……そんな娘が還俗して妃になるとは考えられなかった。

 ラウルの胸中を全く知らない大巫女は彼を一瞥してすぐに目をそらした。
 その瞳には何の感情も映っていない。色恋から一番遠い立場の彼女にとってラウルはただの一国の王太子なだけである。

「…こちらの、お嬢様方の中から、王妃の適正がある方を聞けばよろしいのでしょうか」
「いえ、そこは女神様の神託なので、限定されずにこの国のためになるお相手をお聞きいただければと」
「わかりました」

 アレキサンドラはこくりと頷くと、ベールを取り払い、側にいた神官に手渡した。そして背後に広がる水場に足を踏み入れる。
 じゃぶじゃぶと音を立てながらゆっくりと水に沈んでいく。…とぷん、と頭の先まで水に浸かると彼女は目をつぶり、女神フローラに向けて問いかける。

(──女神様、女神フローラ様。我が国のラウル王太子殿下の王妃にふさわしい女性は誰でしょう。この国の益となり、殿下とより良い関係になれる女性は……)

 女神フローラの神託は、大巫女の身体に女神が憑依して発言することである。大神殿にある聖なる泉に沈んだ大巫女が訴えかけることで女神が応えてくれるのである。
 アレキサンドラの問いかけに女神はすぐに応答してくれた。水がゆらぎ、彼女の身体に誰かが入り込んだ。その体は彼女の意志とは別の力が働いて動き始める。
 ザバリと水しぶきを立てて泉から出てきた大巫女・アレキサンドラは無表情だった。青空のような瞳には何の感情もなく、どこか冷たさも感じた。
 “彼女”は目の前にいる大神官を見つめるとこう言った。

『……アステリア・ゲルデ・フォルクヴァルツ』

 その名前にラウルが目を見開く。

「なっ、その名は今は亡き元婚約者の名前でしょう!」

 令嬢らから苦情が飛ぶが、女神に憑依された大巫女は冷めた瞳で令嬢たちの顔を一人ひとり見渡すと、目を細めて言った。

『──アステリアは死んではいない。命の危機を救われ、今は名を変えて別の国に暮らしている。賢く、美しく、才能に溢れたアステリア……彼女は近いうちにこの国に訪れる機会があるでしょう』

 そう言って、彼女は両手を天へ掲げた。

『アステリア・ゲルデ・フォルクヴァルツ…彼女が王太子妃、ないしに王妃になれば、間違いなくこの国は栄えることであろう──…』

 その言葉を最後に、大巫女アレキサンドラはガクッと力を失ったように倒れ込んだ。

「あぶな…!」

 慌ててラウルが大巫女を受け止めようと手を伸ばそうとするが、仕えていた神殿騎士が彼女を抱きとめ、軽々と横抱きにする。アレキサンドラは完全に気を失って、身動き一つしない。

「……トール、私がアレキサンドラを運ぼう」
「いいえ、殿下のお手を煩わせるわけには参りません。アレキサンドラ様の御身をお守りするのが私の仕事ですので」

 生真面目な神殿騎士は王太子ラウルの申し出をきっぱりと断ると、頭を下げて踵を返した。大巫女に従う神殿巫女の誘導に従って彼女を休ませに下がった。
 その場に取り残された彼は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていたが、ふと、先程の神託を思い出して真顔になった。

 ──アステリア・ゲルデ・フォルクヴァルツ。
 その名を彼は知っている。忘れたことなんて一度たりともない。
 王太子の婚約者に内定していた辺境伯令嬢の名だ。内定したのは彼女がまだ母君のお腹にいた頃である。
 しかし彼女は、先のシュバルツ侵攻によるハルベリオンの手先によって行方不明となっているのだ。彼女の屋敷にいた召使は皆殺され、領民も同様に殺戮と陵辱の限りを尽くされた。

 アステリアの兄は彼の乳母の機転により助かったが、その妹であるアステリアは行方知れず。……彼女の乳母は、彼女のベビーベットの横で乱暴された上に殺害されていたという。
 赤子だったアステリアの行方をほうぼう探してみたがどこにもいなかった。彼女の両親は領主夫妻としての使命を全うしており、攻め入ってきた軍勢と戦っていたがために、子どもを守ることが出来なかった。彼らは子どもたちの側にいられなかったことをひどく後悔したそうだ。
 アステリアはおそらく、ハルベリオンに拉致されたのではないかという話だったが……

 見つからない、不在の婚約者をいつまでもその座に置いておくわけには行かない。そんなわけで彼女とラウルの婚約は白紙無効となったのだが……

 彼女は生きている。
 生きていれば16歳。ラウルよりも3個下の彼女。……大巫女・アレキサンドラと同い年の少女……

 本来であれば結ばれない立場の大巫女に恋心を抱いているラウルは、過去の人となっていた、元婚約者アステリアの生存を聞かされ、戸惑いを隠せなかったという。

 結局その日の神託はその場にいた人間たちの中での話とされ、なかった事にされた。 
 そして今でも娘を恋しがって泣き暮らす辺境伯婦人にも知らせることなく、全て闇に葬り去ろうとしていた。

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