太陽のデイジー | ナノ 似合わない口紅

 卒業式典後の立食パーティがお開きとなったので、友人や恩師に挨拶を済ませると私は早々に転送術で帰省した。
 一応、学校側が乗合馬車を手配してくれているんだけど、翌日出発と聞かされた。なので私は魔法を使って一足先に帰ってきたのだ。

 転送術でひとっ飛びした私は顔を上げる。
 懐かしい私が育った村、私の実家が目の前にあった。私は頬を緩めると、トランクを持ち替える。息を吸って逸る心を落ち着かせ、ドアノブを掴んだ。

「ただいま」
「! おかえり」
「卒業おめでとうデイジー」

 家に入ってすぐに兄さんたちに出迎えられた。おめでとうの言葉に私はニンマリと笑う。今日は義姉さんやハロルドもお祝いに駆けつけてくれたみたいだ。テーブルにお皿を並べていた義姉さんの背中に背負われたハロルドがこっちを見てキョトンとした顔をしている。

 うちでは私を出迎える準備をしてくれていたようだ。ごちそうのいい匂いが家中に満ちている。台所からひょこっと顔を出したお母さんはエプロンの裾で手を拭いながらこちらに近づいてくる。近くで私の顔を見ると、おかしそうに笑っていた。

「おかえり。ふふ、誇らしげな顔をしちゃって」
「だって中級魔術師として認められたんだもの」

 ペンダントを首から外し、持ち上げて見せびらかすと、お母さんがそれを手にとって物珍しそうに見てきた。彼女がそっと中央の翠石に触れると、碧く光っていた光が失われる。

「あれっ!? 石の光が消えちゃったよ?」
「あぁ持ち主以外の人間が触ったらこうなるようになってるの。悪用できないようにね」
「あら…そうなの…」

 お母さんは恐る恐るそのペンダントを返却してきた。別に呪われたりしないから怖がらなくてもいいのに。

「デイジー、荷物は部屋に運んでおいたぞ」
「うんありがとう」
「今日は父さんも早めに帰ってくるからな」
「今晩はお祝いにごちそうよ、義母さんが昨日の晩から下ごしらえ頑張ってくれてたのよ」

 親兄弟にそのお嫁さんと甥っ子まで勢揃いで私の卒業祝いをしてくれる。私はそれが嬉しくてくすぐったくて、エヘヘ…と気の抜けた笑い声を漏らしてしまった。


■□■


「デイジー、客だぞ。通していいか?」

 主役は休んでろと言われたので、部屋で荷解きや片付けをしていると、リック兄さんから来客だと告げられる。

「? …いいけど…誰?」
「安心しろ、兄さんも同席してやるから」
「……?」

 何を安心しろというのか。
 少し遅れて私の部屋に入ってきたのは1年ぶりのテオである。なんか又でかくなった気がするのは気のせいかな。
 いくら種族が違うにしても身長差が激しくないか。私は人間女性の平均よりも背が高い方なのに、村にいると自分がまだ子どもだと錯覚しちゃうんですけど。
 部屋に入ってきたテオは尻尾をブンブン振っていた。まるで犬である。

「おかえり」

 なんだかテオにお帰りと言われると調子狂うな。私はムズムズした気持ちを抱えながら、小さくただいまと返す。

「…ほら見てよ、私は晴れて中級魔術師になれたのよ」

 すぐに上級魔術師になってみせるから見てなさいよ! と私が胸を張ると、テオはずいっと何かを差し出してきた。

「…ほら、卒業祝い」

 卒業祝い。テオの中の贈り物ブームはまだ過ぎ去っていないようだ。差し出されたのは小さな箱だ。気を抜くとどこかに失くしそうな小さな箱。とても軽い。
 小さな箱に入っていたそれ。手のひらにちょこんと乗るサイズのそれを開けると赤の口紅が入っていた。

「……これを私に?」

 私に、テオが、口紅を贈るの?
 ガリ勉クイーンの私に化粧品をあげちゃうのか。

「お、女はそういうの好きだって店員が言ってたんだよ!」

 テオは顔を真っ赤にして言い訳をしていた。そうか、店員に言われたのか。なるほど、深い意味はないのね。

「うん…まぁ、ありがとう?」

 化粧のひとつくらいしろって言う気遣いだろうか。まぁ私も今年で16になるから少しくらいは興味を持ったほうがいいのだろうが。
 私はベッド脇にある小さなドレッサーの鏡に自分の姿を映すと、小指でちょいちょい口紅を付けてみる。普段全く塗らないのでちょっと慣れないな。上唇と下唇をんーと合わせて、色が均等に馴染んでいるのを確認すると、自分の顔を見て顔をしかめてしまった。
 なんかものすごく違和感があるんだけど。

 私がくるりと首を動かしてテオとお目付け役のリック兄さんを見ると、テオはぴしりと固まっていた。

「似合うじゃないか。一気に大人っぽくなった感じがする」

 感想をくれたのはリック兄さんだ。
 でも妹可愛さで褒めてくれているような気もしないでもない。

「……落とせ」
「えっ…むぐぉ…っ」

 素早く風のように近づいてきたテオは何を思ったのかおっかない顔をして着用していたシャツで私の口元を拭ってきた。
 痛い痛い! いきなり何するんだ! 唇の皮がむけるでしょうが!
 テオの手を振り払おうとするが、離さない。好き勝手に人の唇を乱暴に拭ったと思えば、真顔でこう言ったのだ。

「やっぱり付けるな、男が見る」

 いや…普通に歩いていたら何かしら人に顔を見られるでしょうよ…なんなの、そんなに私の顔がひどかったといいたいの…?
 そんな事言われたら逆に悲しくなるわ。
 もういいよ、持っていても宝の持ち腐れでしょ?

「じゃあこれ返す」
「なんでだよ」
「…使い道がないでしょ」

 私が口紅を返却しようとすると、その手を掴まれて引き戻される。
 私がジトッと不満を込めて睨みつけると、テオは頬を赤くさせて、照れているような情けない顔をしていた。

「俺のいる前だけでつけるなら…別に使ってもいいけどよ」
「なんでよ」

 あんたが言ってることはさっきから滅茶苦茶だ。
 私は煮え切らない気持ちで渋い表情を浮かべてしまう。

「…伝わってないぜ、色々と」
「…リック、まだいたのかよ」
「はいはい、嫁入り前の大事な妹に手ぇ出されちゃかなわんからな」

 そう言って兄さんはやんわりと私とテオを引き剥がしていた。

「おいリック、そりゃねぇだろ」
「悪いな、俺はいつだってデイジーの味方なんだ」

 それにムッとした顔をしたテオが兄さんに文句をつけていたが、私には何の話をしているのかわからない。
 しかしふたりの間では何か意思疎通しているらしい。味方とか何の話をしているのだろう一体。


 お祝いを渡しに来ただけだからテオはすぐに帰るんだろうと思っていたのだが、私を呼びに来たお母さんが「あんたも食べてくかい」と夕飯のお誘いをして、何故かテオも同席することになった。
 …なんで?

「デイジー、魔法魔術学校卒業おめでとう!」
「ありがとう」

 ごちそうに囲まれた私は家族にお祝いの言葉を投げかけられ、ふにゃふにゃと締りのない顔で笑っていた。
 魔法魔術学校での生活について問われている間、隣の席に座ってるテオが私の皿にどんどん肉を乗せてきた。

「お肉ばかり乗せるのやめて。食べたい時に自分で取るからいいよ」
「もっと食えよ。お前は細すぎる」

 そう言って新たに切り分けた肉を乗せてくるテオ。
 聞こえないのか、肉ばっか乗せるなと言っている。あのね、いくら育ち盛りの私でも胃袋はそんなに大きくないんだよ。そんでもって雑食なの、肉を好む狼獣人とは違うんだよ。

 ──ピィー…ヨロロ…
 甲高い鳴き声に獣人の皆は一斉に動きを止めて耳をピコピコ動かしていた。その動作が皆同じで見ていて面白い。
 飛んできたのは半透明の鳩だ。これは伝書鳩の呪文による連絡だ。緊急の時に使われることが多い。

「ごめん、私だ。伝書鳩が届いたみたいだから中身確認してくる」

 自分の肩に止まった半透明の鳩を連れてひとり廊下に出ると、伝書鳩の連絡を確認した。
 中身は王太子殿下から直々の連絡だった。

 なんで卒業パーティ出ないで帰っちゃったの? と言われたが、面倒だったというしか……卒業パーティは卒業生と恩師、そして5年生が集まって、送り出す学校生活締めくくりのイベントだ。貴族のパーティさながらにダンスタイムも設けられているそうだ。
 私としては卒業式典後の立食パーティで満足したのでもう十分でした。ぶっちゃけ6年生でいたの半年もなかったし…思い出も何も……
 主席卒業生はみんなの前でダンスを踊らなきゃいけなかったらしいが、私としては、あの例の貴族の仲間に会いたくなかったので、不参加でちょうど良かった。
 このパーティに参加しても大して得られるものはない。卒業資格のペンダントや証書を貰えばこっちのもんだとばかりに、転送術でお先に帰宅させてもらったのである。

 だって家族が家で卒業祝いのごちそう作って待ってくれるって言ったんだもの。帰宅予定時間も知らせたあとだったし…優先順位を考えて、家族を選んだそれだけのことだ。
 ごめんごめんという言葉を堅苦しくして、返事の伝書鳩を殿下宛に飛ばした。
 なぁに、私は飛び級での卒業生だからその場にいなくとも問題ないだろ。本来なら今年度の卒業生の中にはいなかった生徒だしさ。そもそもパーティに参加するための準備を一切何もしてなかったし、一般塔の先生方には前もってまっすぐ帰りますと宣言していたもん。

 伝書鳩が夜の空を飛び去っていくのを見送っていると、「…誰からだよ」と後ろから不機嫌な声が聞こえてきた。

「盗み聞きは趣味悪い」

 私が注意すると、奴は不機嫌そのものな顔をしてこちらを睨んできた。
 不快である。人を疑い、責めるような目を向けるとは何様のつもりだ。
 なので私は腕を組んで相手を睨み返して差し上げる。

「…この国の王太子殿下からの連絡だよ。学校で知り合いになったの、聞いてるでしょ? …言っておくけど殿下には相思相愛の婚約者がいるから」

 こいつは私を尻軽かなんかだと思っているのか。群れのリーダー気取りなのかなんだか知らんが、詮索しすぎやしないか。

「フーン、ならいいけど」

 ゆらん、とテオの尻尾が揺れた。

「なにがよ」
「おら、飯食うぞ」

 いやあんたが人の皿に肉ばっか乗せるから、もうお腹いっぱいなんだけど…
 こっちの気も知らないで、私の腕を引っ張るとテオは尻尾をブンブン振って、みんなのいる食卓へと向かっていったのである。

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