太陽のデイジー | ナノ 人と獣の距離感

 今回の長期休暇は特別短く感じた。短すぎる一ヶ月の休暇は幕を閉じようとしていた。

 後になって思ったのは、転送術を使えば学校からも通えるんじゃないかってこと。それをファーナム嬢に聞いてみたら、聞いたことがないから先生に一度相談してみたほうがいいと言われた。職員室に寄ったときにでも先生に確認してみよう。
 私は王立図書館の一部の本しか読めていない。休暇中毎日睡眠不足になりながら読みまくったが、全然である。圧倒的に時間が足りなさすぎた。
 もっと読みたい。どうしたらもっと読めるのだろう。本の転送サービスとか始めてくれないものだろうか。


 休暇明け間近になると、学校の寮にはポツポツ人が集まっていた。
 一ヶ月会わないうちに背が伸びたり、雰囲気が大人っぽく変わっている生徒の姿が目についた。それは彼らだけじゃなく私もである。
 背が伸びてスカート丈が短くなった上に、愛用のワンピースの胸元がキツく感じる。私も体が大きくなっていたようだ。繕えば次の休暇までなんとか保つだろうか。

 同室者のカンナは元々女の子らしい子だったが、休暇明けに会った彼女は服装や髪型が大人っぽくなったように思う。あくまで見た目はだが。
 カンナは久々に再会した恋人のように正面から私に抱きつき、開口一番こう言った。

「デイジー久しぶり! エリーゼ様のお家どうだった!? 楽しかった!?」

 カンナには事前に「休暇中はファーナム嬢のところに数日間厄介になることになった」と説明していたのだが、案の定興味津々で問い詰める気満々で突っ込んできた。

「タウンハウスに泊まらせてもらったよ。一家勢揃いで挨拶してくれて…かなりおもてなししてくれた」
「えぇっ、いいなぁ!」
「王立図書館に案内されたんだけど…最高だった。最高すぎて休みいっぱい滞在してた」

 予定よりも長居したのに、迷惑という感情を顔には出さないファーナム嬢と使用人たち。正直悪かったと思う。かなり感謝してるよ。
 タウンハウスは豪華で無駄に広くて、高そうな家具とか、普段食べないようなごちそうとか、使用人が多すぎる空間とか色々落ち着かなかった。ファーナム嬢からしてみたら使用人は家具みたいな存在みたいだそうだけど。
 私は自分でできるのに「お客様ですので」「仕事ですので」と押し切られそうになり、抵抗したのは記憶に新しい。自分の体くらい自分で洗えると言っているのに何なのだ。お客様の意向は無視か。

 王立図書館はとにかく素晴らしかった。目を閉じると館内の光景が蘇ってくるようだ。素晴らしい蔵書で埋め尽くされていて…。書物のあの独特の香り、静寂の空間……あぁ、またあの場所に帰りたい…。むしろあそこに住みたい……

「えぇ? 一度も帰省してないの? 家族寂しがってると思うよぉ」

 カンナの言葉に私は我に返る。…まぁ、確かに心配はさせたと思う。
 家族からの手紙にも次は絶対に帰ってこいと書かれていた。ちょうどつい最近、予定より少し早めに甥っ子が生まれたのだそうだ。男の子で名前はハロルド。
 彼の誕生が私の学校が始まるタイミングと被ってしまったので、お祝いの言葉だけは手紙で先に贈らせてもらったが、次は一度顔出ししたほうが良さげである。

 両親からの手紙には『貴族の令嬢や王太子殿下と知り合いになったことで詳しく話を聞きたい』ともあったので、帰省の際は質問攻めを覚悟しておくべきなのかもしれない。
 リック兄さんからの手紙には、私が帰省しないからテオがうるさかったと書かれていた。
 ……あいつはよくわかんない。
 昔はよそ者と言ってからかってきたくせに、私が村を出るのを嫌がる。どっちなんだ。……狼と言えば群れのリーダーに従って活動する生き物。

 まさか…私、あいつに群れの仲間認定されてるの…?


■□■


「これ、ありがとうございました」

 お借りしていた4年生分の教科書をフレッカー卿にお返しすると、彼はにっこり笑った。

「流石だね、もう読破したのかい。休暇はどう過ごしたのかな」

 やけに満足そうにうんうんと頷きながら私の差し出した本を受け取ると、フレッカー卿は休暇のことを尋ねてきた。
 なので、休暇いっぱいファーナム嬢のタウンハウスに厄介になり、あちらの家庭教師に座学と実技のご指導を頂いたこと、王立図書館に通い詰めたという話をした。すると彼の笑みは更に深まっていく。

「そうか、それは充実した休暇を送れたんだね。…今回も飛び級試験を受けるかね?」

 その問いかけに待ってましたと私は頷く。

「もちろんです。あとできれば5年の教科書も貸してください」

 もちろん今年も飛び級目指しますとも。
 私の返事をわかっていたとばかりに、フレッカー卿も楽しそうに目を輝かせていた。ありがたいことに今年も手続きを代行してくれるという。
 そうと決まれば試験勉強対策に加えて、実技と薬学の練習に力を入れなくては…!

「あっカレド先生!」
「ヒェッ!」
「お忙しいところすみません、薬学のことで質問がいくつかあるんですけども!」

 通りすがりの薬学の担当教諭を見つけた私は先生をとっ捕まえた。カレド先生はびくぅと体を揺らし、怯えた目で私を見ていたが、私にはそんなの関係ない。
 さぁ、質問に答えるのです。私の質問にすべて答えるのです…! 余すことなく答えるのです!!
 今期も私は勉強に燃える。たとえそれが異様に見えても私には振り返る暇などないのだ…!




「今日の授業は古来生物・魔獣について学んでいただきます」

 逆三角形レンズ眼鏡のフレームのつるを持ち上げた女性のミルカ先生が私達生徒を見渡した。彼女は生物学担当の先生である。

「我の記憶を映し出せ」

 彼女が軽く呪文を唱えると、黒板にぱっと絵が浮かんだ。便利だな、その呪文。視覚の呪文で術者の記憶を投影する事ができる呪文だそうだ。私もいつか操れるようになりたい。

 黒板に映っているのは鋭い牙や爪を持つ生き物。顔立ちは凶悪でそのへんの獣とは変わった形をしている。
 ……彼らは自然界で発生した魔素から生まれたと言われる魔獣という生き物だ。
 
「魔獣は基本的に人間側が手を出さなければおとなしい生物です。しかしこれまでに人間が彼らの住処を奪って、食料を奪っていったことで、魔獣が食べ物を求めて里へおりてきて、人が殺されるという事件も起きています」

 人間のやらかした代償なのだろう。魔獣たちも生きる為にやっていることなので、彼らだけが悪いというわけではないと思う。

「魔獣と出くわすことがあったら、持っている食料を手放して逃げることをおすすめします。野生の獣と遭遇したときと同じです。敵意をあらわさずに素早く撤退することが何より大事です」

 私の住む村は辺境で直ぐ側に森がある。その奥深くには野生の獣も沢山棲んでおり、村の人達も仕事や用事以外では森の奥までは入っていかない。木こりの仕事をするお父さんたちも人と獣人の居住地付近から獣たちの生活圏の手前までしか森に入っていかないし、木を切らない。
 彼らの住まいや食料を奪ってはいけない、棲み分けることが大事なんだ。
 相手に敵意を見せずに、離れて暮らすのがお互いにとっての幸せなのだ。

「…だけどそれだけでは間に合わない場合は致し方ありません。防御に転じてください。そのための回避呪文を今日はお教えいたします」

 基本的に呪文は空気中に漂う元素たちに訴えかけるものである。呪文の公式のようなものはあるが、多少崩れた言葉になっても元素たちは力を貸してくれる。特に自分と相性のいい元素だと顕著である。

「我に従う元素たちよ、彼の魔獣の動きを封じよ、須く野へ還したまえ」

 先生の言葉から流れる呪文も公式に則った言葉だ。私達はそれに続けて呪文を復唱する。
 これを唱えたら、言葉通り魔獣を森の奥深くへ転送できるそうだ。これが一頭程度ならいいけど、数が増えるとそれだけ魔力を奪われちゃうので気をつけてと先生は言っていた。

 魔獣という生物は森の奥深く、それこそ活火山のある人の住めない険しい森深くに生息すると言われている。
 還らずの森と呼ばれるそこには今や絶滅危惧種と言われているドラゴンの住処もあり、人間が入れない危険な場所で彼らは静かに生きているのだ。滅多なことがなければ彼らとは遭遇はしないだろうが……ここ最近、どうにもきな臭い。

 異変を感じた時、野生の生物は素早く察知して大移動を始めるいうので、もしかしたら街のど真ん中で遭遇する可能性も出てくるかもしれない。
 ……そんなことがなければいいとは思うけど……こればかりは私も予想できない。

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