太陽のデイジー | ナノ 黒呪術と小さなマウス

「デイジーがいないと寂しい」

 ぽつんとつぶやかれたその言葉に私は首を動かして振り返った。そこにはベッドに転がってこっちをじっと見てくるカンナの姿。…そこ、私のベッドなんですけどね。

「カンナには他にも友達がいるから平気でしょ」
「そういうことじゃなくてぇー」

 学年は違っても、私と同室なままのカンナは相変わらずウザ絡みする。私は決して愛想がいい方ではないのに、私がいないと寂しいとかカンナも物好きである。

「いじめられてない? デイジーは我慢する癖があるから…」
「対抗意識は燃やされてるけど、今のところは目立つことは何も」

 私は飛び級して年上の同級生に囲まれているが、特に大きな問題はない。私が休み時間もずっと勉強しているので引かれているのに加えて、それに感化されて全体的な成績が上がったとのもっぱらの噂だし、悪いことではないと思う。

「ずーっと勉強して、人とお話してないんでしょ。だめだよ、人との対話は大事なんだからね」
「だって休暇中忙しくて全然予習が進まなかったのだもの。予定ではもっと先まで進んでいたはずなのに…」

 私は教科書を見下ろしてがっかりする。本来であればもっと先まで予習を終えていたはずなのに…って。
 すると何故かカンナは目をぎゅっとつぶって変な顔をしていた

「デイジーは焦りすぎよ…ただでさえ飛び級してるのに」
「私は早く一人前の魔術師になって高給取りになりたいだけよ」
「相変わらずの出世欲! うん! いいと思うよその向上心は!」

 諌めたいのか褒めたいのかはっきりしないな、カンナは。
 …逆にカンナはなにか目的ないのだろうか。今までそういったことを聞いたことがないかもしれない。

「…カンナはなにか目標ないの?」

 魔力はほしいと思って手に入れられるものではない。魔力があるからこそ出来ることは山のようにある。一庶民だとしても、その他大勢の魔力なしの人とは可能性が段違いなのだ。魔法魔術を扱える職に就きたいとか考えていないのだろうか。
 私の問いかけにカンナは首を傾げて口を半開きにしたまま斜め上を見上げていた。間抜けなお顔である。

「うーん、私はぁ、優しくてかっこよくて素敵な旦那さんを見つけたいかなぁ」
「…あぁ、そう」

 私は何を期待していたのだろうか。カンナの答えが村の女子と同じ返答でがっかりしてしまった。

「えぇ、別に普通でしょ!?」
「いや、私がおかしいだけだよね、うん。カンナが普通なんだよね」

 勝手にがっかりした私が悪いんだよね、うん。勉強しよう。
 私はカンナから視線をそらすと机に向き直った。

「珍しく私に興味持ってくれたと思ったらもう勉強に集中しちゃうのー!? もっとお話しようよぉ、私ともっと交流を深めてぇ」
「ぐぇ」

 カンナが背後から抱きついてきて腕で首を絞めてきた。私はカエルが潰れたような声を漏らす。
 ……カンナ、いい子だから他の友達と遊んできなさい。


■□■


「1、2年生では基本を教えてきたが、3年からは応用と少しばかり危険な呪文も教えることになる、君たちも魔術師の卵として自覚を持って授業を受けるように」

 新学期が始まって何度目かの授業。
 今回は3年生から新たに始まる科目である。その名も呪術学である。

 この科目では扱いの難しい呪術を扱うところが魔法実技とは少しばかり異なる。教科書でざっと読んだだけだが、それこそ死だったり、服従だったり…今では禁忌扱いとなった呪文を習うのだ。

「君たちも呪術について耳にしたことがあると思う。今回説明するのは黒呪術についてだ」

 呪文を放ってすぐに変化を起こす基本的な魔法とは違って、呪術となると少しばかり手がかかる。種類によっては魔法陣やら材料やら時間が必要になり、代償を要するものすらある。
 周りの元素たちに助けてもらう魔法とは少し違い、呪術は多くの力を犠牲にしてしまう。それこそ術者の寿命を縮めるものや他の生き物に犠牲を強いるものも……全般的に扱いが厳重なものと考えるといい。

「呪術は大きく分けて、黒呪術と白呪術に分けられる。人に禍をあたえるものが黒呪術、逆に雨乞いや病気回復などを目的としたものを白呪術とされる。黒呪術の代表的なものは…なにかわかるか?」

 生徒を見渡して問いかけてくる先生。教室はしん…として誰も声を上げようとしないが、私は元気よく手を上げた。

「マック、答えてみなさい」
「死の呪いです」

 サワ…と小さなどよめきが湧いた。年上のクラスメイトたちは私を恐れるような目で見てくるが、死の呪いは術が発動しなきゃ掛けられないからその単語を出す程度なら何も問題ないよ。

「その通りだ。皆もおっかない呪術の話が怖いかもしれないが、これは魔術師として理解しておかなくてなはらない禁忌だ。しっかり聞いておくように」

 単純な呪術なら見抜けるが、中には呪いを隠すことがうまい術者もいる。その呪いによって標的となった人間は時間を掛けて自然と衰弱していって、呪いの痕跡が跡形もなく始末する事ができる。
 だけど死の呪いは禁忌。術者には間違いなく代償がある。当然のことながらそれが公になったときには死罪を免れない上に、連座になるであろう。

「君たちは間違っても使用しないように」

 先生はそう言うと、黒板にざっと呪術一覧を書き始めた。一番上に死の呪い、その次に隷属の呪文と書かれていた。

「隷属の呪いというのは…昔、獣人が奴隷として扱われていた時、これを使って従わせていたんだ。だけど今は駄目だぞ。絶対に使うな。厳しい罰が待っているからな」

 今では歴史書の記述、もしくは言い伝でしか奴隷時代のことはわからないが……獣人は魔術師の力によって従えさせられていた時代があるのだ。
 そもそも最初はお互い別れて暮らしていたそうなのだ。人間と獣人、違う種族の生き物同士別々に平和に暮らしていたのだ。
 ──だけど国同士の諍いが生まれるようになった時、力の強い獣人が出稼ぎのために傭兵として活躍するようになって…本来であればそこで褒賞を与えるべきなのだが、獣人の力を恐れ、獣との混ざりものだということを忌避していた当時の権力者たちが獣人を押さえつけるようになったのである。

 当然のことながら獣人らは反発。暴動が起きたこともある。その際人間にも多数死傷者が現れたらしい。…しかし魔法の前では彼らの怪力も無防備になる。魔術師が現れたらもうおしまいだ。
 獣人に使う薬だったり、拘束具だったり、この隷属の呪文だったり……獣人の尊厳を奪って、長いこと従えていた歴史があるのだ。……ただでさえ獣人は誇り高く、仲間意識の強い生き物だ。そのため、獣人の中には人間を憎む人がいるのだ。人間の中にも未だに差別意識を持つ人もいるし、本当根深い問題なのである。
 
 黒板には新たな言葉が書き連ねられる。
 【誓約術】【魅了術】【服従術】などなど…

「誓約術、言葉にしてみたら単に約束を誓い合う術なのだが、これは破ったら死ぬ誓いの呪文だ。過去に身分違いの恋人同士がこれを使って死んだという報告も出ている。不平等に結ばされて死に至った術者もいる。なので今ではこれも禁止だ」

 契約書無しで約束事ができそうだから便利そうだと思ったけど、そうか、脅されて使う人もいるから駄目なんだな。破った先に訪れるのは死のみ。おとなしく契約書を交わしておけという話なんだろう。
 その次に書かれたのは魅了術。
 単語でいえばそう危険でもないが、その術は人の心を操る性質から服従の呪い扱いだ。これによって傾国する可能性も秘めている。
 服従術も似たようなもので、命令で相手の心を意のままに操れる術。これも尊厳を壊す理由から禁忌扱いである。

 先生の説明を聞きながら、新しく配布されたばかりの教科書にガリガリ書き込んでいく。やっぱり書き込むほうが頭に入るなぁ。
 怖い呪文ばかり説明されているのでクラスメイトたちの顔色は悪い。普段私の真似をして教科書に書き込む生徒も教科書をぼーっと眺めているのみだ。
 まぁ普通に怖いよね。

「みんなそんな顔するな、普通に生活していればそんなおっかない呪文に関わる機会もないんだから。…だけど学校の外に出たらそういう怪しい話に関わることも出てくるかもしれない。そのためにも知識としてしっかり身につけておくように」

 その呪いを防御することを目的とした反対呪文や、防衛術、呪いの解き方を次の授業で教えてくれると言う。その言葉になんかちょっとホッとした。
 白呪術は相手に呪いを返すものもあるらしい。その場合は正当防衛なので、死の呪いを跳ね返しても何ら罪には当たらないそうだ。

「よし、じゃあ黒呪術の話はここまで」

 先生はそう話を締めくくると、何かの呪文を呟いた。
 直後、ぽとん、と軽い音を立てて目の前に落下してきたのは白いネズミだ。

「ねっネズミ!?」
「安心しろ、それは清潔な施設で飼育されたマウスだ。気分を取り直して、白呪術を教えよう。教えるのは通心術。獣を使役するために意思疎通をはかる術だ」

 その術は自分の魔力を流し込んで、お互いの意識を共有する…つまり頭の中で会話するというものである。これをすれば普段は会話できない獣とも意思疎通できるそうなのだ。
 後ろでは「イテッ指噛んだぞこいつ!」「いやーっうんちしたー!」と悲惨な声が聞こえてくるが、私のもとにやってきたネズミもといマウスはおとなしい個体らしい。宙を眺めてぼんやりしている。
 私はマウスを手のひらに乗せると、その小さな頭を自分の額にくっつけた。目を閉じて、自分の中にある魔力を流し込むようにして呪文を呟く。

「小さき獣よ、我の心に応えよ」

 マウスは居心地悪そうにもぞもぞと動いている。私はゆっくりおでこからマウスを離して机に戻した。
 さて、どうだろうか。

『……た』

 どこからか声が聞こえた。周りでもマウスとの意思疎通を図ろうとするクラスメイトがいるのでその声だと思っていたのだけど、今度ははっきり聞こえた。

『お腹すいたな』

 シンプルな心の声が聞こえてきた。
 私はスカートのポケットに入れていたビスケット…カンナが今朝私に押し付けてきたおやつを紙袋から取り出して小さく割ってマウスへ差し出した。

「食べる?」
『いい匂い…ありがとう!』

 このマウスに私の言葉が伝わっているみたい。通心術か、面白いな。
 小さなお手々でビスケットのかけらを掴んでサクサク食べるマウスの仕草が可愛い。巷ではネズミは害獣と言われるが、こうしてみると可愛い。
 暗く怖い話のあとだったので尚更ほのぼのした。

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