太陽のデイジー | ナノ 拐われたミア

「父さんはこのまま村長の家に顔出してくるから、お前はロバたちと一緒に先に帰れ」
「…うんわかった」

 町を出るまでピリピリしていた父だったが、ロバが途中で道草食ったりしたことで少しばかり冷静になったように見えた。事態が解決したわけでなく、警戒を怠ってはいけないのだけども。
 あの怪しい成金とやら…どこから来たんだろう。確かに見たことのない顔だなとは感じたが……

「デイジー? 町へ行ってたの?」

 ベェベェと鳴くロバの手綱を持って、自宅に誘導していると、声を掛けられた。振り返るとそこにはミアの姿。彼女の手には食材の入ったお買い物かごがあった。お使いの帰りであろうか。

「うん。お父さんについて行って、薬を売ってきたの」
「そうなんだ。売れた?」
「完売したよ。次の予約も沢山もらったから、週末にまた薬量産する予定」

 ミアは「そっかぁ良かったねぇ」と軽く笑うと、何かに気づいた風に私をまじまじと見てきた。

「なんかいつもと雰囲気が違うと思ったら髪型が違うんだね! ハーフアップも可愛い」
「あ、うんありがと…」
「それにこのリボンよく似合ってるね」

 その言葉に私はギクリとした。
 このリボンを贈ってきたのがテオであることをミアに知られたらまずいんじゃないかって思ったのだ。たとえ、飛び級のお祝いであったとしてもだ。
 彼女はテオに好意を抱いている。知られたら気まずいじゃないか……色恋に疎い私でもそのくらいの気遣いはするぞ。あぁ、やっぱり付けなければよかったのか……

「──あっテオ!」

 ミアの声が急に高くなった。私はぎくりとする。

「今お仕事の帰り?」

 仕事帰りっぽいテオにミアがはしゃぐ。ぴょんぴょんと飛ぶようにテオに近づいていた。一瞬で目の色、表情が変わったのでびっくりしたわ。彼女の尻尾はごきげんとばかりにゆらゆら揺れている。

「おう…珍しいな、お前らが一緒にいるの」
「偶然会ったから、少しお話してたのよ」

 私はジリジリと後ずさりしてリボンが見えないように方向転換を試みた。昨日の今日でなんか気恥ずかしいんだよ。リボンつけてるとこ見られるのが。…これでよし。
 私はもう帰っていいかなと2人の姿を窺っていたのだが、よく見なくても2人は美男美女だな。テオもモテるらしいけど、男子たちもテオなら許すって言うんでない? ミアの態度もあからさまだし、気持ちに気づいたりしないのだろうか…それこそ匂いで…

「ピー…ベェェ」

 ロバが変な鳴き声を上げた。お腹すいたと訴えるように首を動かし、道端に生えた草を食べようとする。散々道草食ったのにまだ食べるのか。
 クイッとロープを引くもお構いなしに、もちゃもちゃと草を喰むロバたち。油断したら人様の花壇まで荒らしてしまいそうである。仕方ない、うちで干し草をあげようか。

「じゃあロバたちの世話があるから私は先に帰るね」

 話が盛り上がっているようなので邪魔をしないように声を掛けて踵を返す。ロバが「まだ草食うんだ」と抵抗していたが、力づくで引っ張る。薬作りで腱鞘炎気味なんだから勘弁してくれ。

「ほらいくよ!」

 クイッと手綱をひいてロバを促す。しかし2頭はきつい。力いっぱい引っ張っているが、ロバはその場から動かない。草にまっしぐらである。

「貸せよ、俺が連れて行ってやる」

 その言葉に顔を上げると、テオがこちらに手を差し出していた。

「…いい。自分で連れて帰るから」
「やせ我慢すんなって。お前昨日から手首庇ってんだろ」

 遠慮しているのにテオに手綱を奪われた。しかも奴はいとも簡単にロバを操作している。それを見た私は勝負に負けた気がした。別に競ってないけど。
 何、飼い主の言うことは聞かずに、他人には従うのあんたたち。私が呆然とロバを見下ろしていると、テオが言った。

「俺はこいつ送るから、気をつけて帰れよ」
「あ…うん…」

 それはミアに向けて掛けられた言葉だ。
 ハッとした。
 ちょっとまってよ。ミアはテオが好きなのだぞ。ロバごときにミアの幸せな時間が終わりを告げるのか? 愛も恋もわからない私でもそれは申し訳ない。

「大丈夫だよ、私の家のロバだから私が連れて帰るから!」

 縄を奪い返そうとしたが、テオはその手を離さない。

「ロバに力負けしていたくせに何言ってんだよ。こういう時くらい可愛く甘えたらどうなんだ」
「はぁぁあ!?」
「ほら早く」

 私の足が遅いとかなんとか言って、私の二の腕を掴んで引っ張っていくテオ。引っ張らなくても歩けるよ! と文句を言いながら進んでいたけど途中でミアの存在を思い出して後ろを振り返った。
 ミアはもうその場には居なかった。
 ため息をひとつ吐き出す。
 ごめんミア、こいつにはまだ色恋はわからないみたいだ。本当にごめんね。変な方向に気が効いて、から回ってるみたい……
 私が心の中でミアに謝罪していると、斜め前を歩いていたテオが「なぁ」と呼びかけてきた。

「…なによ」
「…それ、今日も付けてくれてるんだな」

 その指摘に私は少しばかり反応が遅れた。数秒遅れでじわじわと理解して、私の頬はカッと熱を生む。

「別に他意はないから! 今日は町に薬を売りに行ったから身だしなみとして…!」

 私は何、言い訳してるんだ。
 普通にリボンは可愛いから付けているんだって言えばいいのにそんな言い訳したら余計に怪しくなるだろう。
 それにこんなこと言っては売り言葉に買い言葉、また面倒な口喧嘩になる。

「付けてくれて嬉しい」

 だけど返ってきたのは思わぬ言葉だ。
 テオはちらりとこちらに視線を送り、くすぐったそうに笑っていた。
 その笑顔に私の胸はざわつく。

「だけどお前の髪の毛キレイだからあんま見せつけんなよ。他の男が見るだろ」
「…は!?」
「町に行くときはいつもみたいにおさげでいいだろ」

 髪の毛キレイ…? 男が見る…?
 急に何を言ってるんだこいつは…

 昨日からなんかおかしくないか。テオが私の知ってる悪ガキテオじゃないんですけど…これも罠なの? 私が真に受けたら指差して笑って馬鹿にするための罠なのか…?

「…あんた、なんか悪いものでも食べたんじゃないの」
「なんだそれ」

 テオの言葉に動揺した私は奴のお腹の心配をした。どうしちゃったんだあんた…どういう風の吹き回しなんだ…


■□■


「フッフッフッ…目標の30000リラ到達ー!」

 先週と今週に町へ薬を売りに行った結果、目標売上額を達成した。今週は予約とは別に、多めに薬を用意していたんだがそれもすべて完売したんだ。材料費などの元手も返ってきたし、これでカール兄さんたちに早めの出産祝いを贈れるぞ。
 自分自身に治癒魔法かけつつ、作った甲斐があった。腱鞘炎にめげずに頑張ってよかった。
 売上金を数えながらニヤニヤしていると、それを眺めていたリック兄さんがなんともいえない顔をしていた。

「お前が守銭奴になるんじゃないかって兄さんは心配だ」
「何を言っているのリック兄さん。お金は大事だよ?」

 麻袋にジャラジャラとお金を納めていく。口をしっかり紐で縛れば完璧! これをお祝い金としてカール兄さんに届ければ……

「──大変だ! ミアが拐われた!!」

 悲鳴にも似たその叫び声に私はビクッと肩を揺らす。まったりお茶を飲んでいたリック兄さんもビビッと耳の毛を逆立たせて瞬時に警戒モードに入る。
 …ミアが拐われたと今言ったか?
 先に家を飛び出たリック兄さんの後を追って行くと、もうすでに村人が集合していた。仕事を受け持っている人は仕事を中断して集まったようである。素早い。流石獣人である。

「どういうことだ?」
「町に用があって、すぐに済ませて帰ると言っていた。……だけどまだ戻ってこないから迎えに行ったら、町の人間が猫獣人の娘が怪しい男に道を教えてくれって声を掛けられている姿なら見たって……」

 青ざめた顔をするのはミアのお父さんだ。ミアと同じキジトラ耳が恐怖でぺたりとヘタっている。

「エイミスさん、若い娘ひとりで町に下ろすなと注意喚起したじゃないか。なぜそれを守らなかったんだ」
 
 この村の村長が渋い顔をしてミアのお父さんエイミス氏を睨んでいる。
 そうだ、先週のはじめにうちのお父さんが村長に報告した後すぐに村の中心の掲示板に注意喚起のチラシが貼られたというのに、なぜミアをひとりで送り出したんだ。

「すみません…すぐに帰るなら大丈夫かと。こんな日中から狙われるとは思わなかったんです…」

 うなだれるエイミス氏。

「ミアの親切心を利用して、連れ去ったと考えていいんだな? 連れ去った男の特徴はなにか聞いているか?」
「……例の、最近住み始めた成金のところの下男だったと言っていました」

 あいつか…
 今は夕方だ。それよりも早い時間、明るい時間帯に堂々とミアを連れ去ったのか……。

「新参者かなんだかしらんが、うちの村の娘に手を出したからにはただじゃおかねぇ! おいお前ら武器を持て!」

 私が少し考え事をしていると、血気盛んな猪獣人のおじさんが叫んだ。獣人は結束が強い。村の娘の一大事とわかれば武力衝突も辞さない構えのようである。
 だがしかしそれは拙い。無関係の人までケガをするかも。村の獣人と町の住民の関係性悪化が懸念される。

「おい、落ち着け、もう少し冷静になるんだ」

 少しばかり冷静な村人が止めようとするが、その言葉は届かない。怒りの炎が燃え上がったら止まらない。
 これは、血を見ることになるぞ…! だめだ、それで人が死んだり、誰かが傷ついたりでもしたらミアは自分を責めるはずだ。村と町がギスギスしてしまうのも困る。マイナスにしかならない。

 一番いいのは無傷で、無暴力でミアを救出することだ…!
 それならば…

「ちょっと待って下さい!」

 私は大声を出した。
 その声が届いたらしく、大人たちの視線がこちらに集中した。私はその視線に怯みそうになったが、地面をしっかり踏みしめて、はっきり宣言した。

「それならば、私がケガ一つなくミアを連れ帰ります!」

 私には魔法がある。成金の住まう家は知ってる。鍵がかかっていても私なら侵入出来る。緊急事態だ。罰せられることもないはずである。

「信用できるはずがないだろ! 人間の小娘の言うことなんか!」

 だけど私の提案を怒鳴り散らして一蹴する人が居た。それは村のお年寄り勢だ。彼らは私をまるで仇のように睨みつけてくる。

「お前に何が出来る、ミアにもしものことがあったらどう責任取るつもりだ!」
「ちょっと待てよ爺様! そんな言い方はないだろ! 悪いのはその男だろ、デイジーは何も悪くないじゃないか!」

 ばっと素早く私の前に躍り出て庇う姿勢を見せたのはまさかのテオである。私は目を丸くして奴の背中を見上げた。

「その娘は人間だぞ! テオ、お前は獣人の誇りを忘れたか!」
「今はそういう話をしてるんじゃねぇだろが!」

 私のことをお年寄り集団が未だに認めておらず、人間だからということで憎んでいるのはわかっていたが……ここまで信用されてないとは。
 わかっていたけど……今は、時間がない。私のことを排除したいならその後にしてくれ。

「ミアにもしものことがあれば、私のことを煮るなり焼くなりすればいいです」

 私の言葉にテオとお年寄りの会話がピタリと止まった。

「デイジー…お前」
「時空を司る元素たちよ。──我を、ミア・エイミスの元へ転送したまえ」

 私は呪文を唱えながら座標を指定した。目指すはミアの元。
 すると周りに漂う元素たちが私の元へ集まってきて…私の身体はふわりと浮遊した。

「おいっデイジー!」

 アホ犬が私を止めようと手を伸ばそうとしたが、私はそれよりも先に飛んだ。
 邪魔しないでよ。ここは私の力の見せ所なんだよ。

 だいたい、私のこと庇ったらあんたまでお年寄りたちに睨まれちゃうからそんな事しなくていいよ。
 あんただって、私のこと村から追い出そうとしていたじゃないの。……私はそういうの慣れてるからいいんだよ。

 私はいつになっても異物なんだからさ。

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