太陽のデイジー | ナノ 彼の前ではただのデイジーになる。

「あなたを一番美しく魅せるようにドレスを作らせますからね」
「母上…」
「わたくしの大切な娘の結婚式ですもの! こんな時くらいお金を出させて頂戴」

 新居建設中の間に結婚式の準備をすすめていた私はため息を吐いた。
 お披露目式用のドレスなどは貸衣装屋で揃えるつもりだったが、そこに待ったをかけたのはフォルクヴァルツから飛んできた母上である。彼女は私並びにテオの挙式衣装を一から作るから是非とも任せてくれと言ってのけた。
 一応遠慮したのだが、今まで親として出来なかったことが多すぎたから甘えて欲しいと言われたら……頷くしか無いだろう。

 私とテオが結婚するにあたって、貴い血を尊ぶ人たちから横やりが入ってきて、結婚自体を妨害されそうになった。しかしその全てをフォルクヴァルツ家が盾となって庇ってくれた。
 多分私が知らないだけで他にも色々あっただろうに、彼らは持つ権力を活用して私達を守ってくれている。ここ最近彼らに甘えっぱなしで申し訳なくも思うし、ありがたくも思う。今してくれていることも純粋な厚意。私はその気持ちをしっかり受け取ることにしたのだ。

 そんなわけで、サイズを計るためだけに職人を同行させた彼女たちはデザイン画を元にドレスの形の構想を練っていた。私の意見も求められたが、ドレスのデザインにはあまり詳しくないので母上にすべておまかせした。

「花嫁は貞淑の象徴ですのよ、こんな派手な飾りはいりません」
「奥様、時代は移り変わっております。このような前時代的なデザイン流行しておりませんよ」
「流行なんていつか廃れるものです。そもそも…」

 母上とデザイナーが睨み合っていた。意見のやり取りがドンドン討論にかわりつつある部屋から抜け出すと、別の部屋で採寸をしているであろうテオの様子を見に行った。
 別室では男性の職人さんから仮衣裳を着せられて苦しそうに首元に指を差し込んでいるテオがいた。彼らは静かに和やかに衣装合わせをしている。口論になっていないようで何よりだ。

 鏡越しに目が合うと、テオのしっぽがゆらりと動いた。
 テオにどういう形の衣装が似合うかを確認するために、もともとある衣装を着せ替えさせていたみたいだが、テオにはそれらが少々窮屈らしい。

「お尻尾は窮屈ではありませんか?」
「どっちかと言うと首元が苦しいッス」

 普段はゆったりした平民向けの素朴な服を着ているか、仕事用の作業着を着ているテオには礼服は堅苦しくて仕方ないのだろう。
 私のドレスに合わせてテオの衣装の形が最終決定されるらしいが……仮衣裳でここまで見違えるんだ。

「そうしてるとあんたも貴族の子息みたいだよ」
「毎日こんな動きにくい服着てんのか、貴族様は。堅苦しいな」

 腕が動かしにくい、動かしたら服を破きそうだと言って身動きをとらないようにしているみたいだ。

「似合ってるよ、かっこいい」

 私が褒めると、目に見えてテオの尻尾が忙しなくパタパタと動きはじめた。テオの後ろでしゃがんで裾の調節をしていた職人さんの頭や肩に尻尾が当たりそうになっているが、流石職人だ。気にせず仕事を遂行している。
 普段着飾らないテオが着飾ったらすごいことなるんじゃないかな。テオを諦めたはずの女子がまた恋に落ちて、お披露目式が修羅場になったりして…
 私が疑念を抱いてテオを観察しているのをなにかと勘違いしているのか、テオは嬉しそうにしっぽを振っている。楽しそうで何よりである。



 家の建設、そして結婚の段取りが決まり、準備は着々と進んでいた。私とテオの結婚は平民としての結婚。大神殿にて女神様に結婚を報告してから、村でお披露目式を開いて、友人知人などに報告する程度なので大仰なことは何もしない。
 だいたいの準備はフォルクヴァルツ一家が人員配置してくれたのであっという間に終わっていた。

 しかも、新居の完成予定は春先だったはずなのに、フォルクヴァルツ一家が手配した技術者と新たな作業人員が増えたおかげで予定よりも早く完成してしまい、結婚式も前倒しになった感じである。
 フォルクヴァルツの建築技術を交えた新居は丘の上にドシッと構えていた。赤い屋根の大きなお家だ。

 とある日、私とテオは新居の下見にやって来た。小物や家具など細々としたものが揃ったから一度見て、足りないものがあったら教えて欲しいとテオに言われたのだ。
 ガチャ、と新品のカギが音を立てて開かれる。すると中から木の匂いがふわっと広がってきた。ここでこれから私とテオは一緒に暮らすのだ。室内に一歩足を踏み入れると、なんだか不思議な気持ちになった。

「必要なものがあったら言えよ、すぐに取り揃えるから」

 私は探検気分で家中を見て回った。準備はばっちりだ。すぐにでも住めるように生活用品も家具も揃っていた。

「強いて言えば、踏み台が欲しいかなぁ。私の背じゃ高い所のものが取れない」
「俺呼べばいいじゃん」
「仕事中だと無理でしょうが」

 気づいたことを言ったのにテオは訳のわからんことを言う。その都度呼ぶのは面倒だ。あんたなら踏み台くらい作れるでしょうが。
 玄関、キッチン、リビング、トイレにお風呂、いくつかの空き部屋に、夫婦の寝室へと順番に見て回っていく。どこを見ても手抜きなく、しっかり整えられていた。
 夫婦の寝室には大きいベッドがあった。フォルクヴァルツ城の自室のベッドばりに大きい。何の変哲もないベッドなのだが、なぜだか急に恥ずかしくなってしまい、私の頬はカッと熱くなった。

「なぁデイジー」

 横から声を掛けられたのでちらりと斜め上を見上げると、テオは真剣な表情をしていた。私はその瞳にドキッとする。
 テオはそっと私の頬を指先で撫でると、目を薄く細めた。まるでここに私が居るかを再確認するかのような仕草。腕が伸ばされてそのまま優しく抱き寄せてきた。

「…俺は貴族でもなんでも無い、ただの村出身の田舎者だ。だけど絶対にひもじい思いはさせない。一生懸命働く」

 ぴったりくっついたまま、ささやくように言われた言葉は二度目の求婚のようである。

「お前を幸せにすると誓うから、俺の番になって、俺の子を産んでくれ。子どもごとお前を愛すると誓う。お前を何よりも自分の命よりも大事にする」

 全身から好きだ好きだと言われ、言葉でも愛を告げられ、私は不安に思う暇すらない。

「私、昔はあんたのこと嫌いだったの。いじめっ子だったし」
「うっ」

 私が本音を吐き出すとテオがギクリとしたようだった。薄々奴も気づいていたのだろう。

「追いかけ回して引っ倒して噛み付くし、出てけ、よそ者、捨て子って馬鹿にするし」
「ご、ごめん…それは本当にごめん…」

 テオが萎縮していくのが伝わってきた。 私は苦笑いして、昔のことを思い出していた。

「だけどその割には、私の事庇おうとするし、それで死にかけるし……私が魔法魔術学校に通い始めてからあんた様子が変わったじゃない。その辺りからあんたへの印象は変わった」

 あんたのことがよくわからなくなったとも言える。だけど思えば、テオの私に対する態度と他の子にする態度は全く違った。

「抜けた犬歯やらリボンやら花やら口紅やら色んな贈り物されても、あんたの今までの態度のせいで気づけなかったけど……」

 あの頃のテオは乱暴な面もあったけど、不器用ながらに私を守ろうと、優しくしようと努力していた。
 それにこいつが贈り物をするのは私だけ。見かけたら声をかけるのも私だけ。追いかけ回すのも、お見送りお出迎えも私だけだったのだ。一途で不器用な男の愛情表現は、恋に疎い私には全く伝わらなかったのだ。

「今だからあんたの想いは理解しているし、あんたのいいところは見つけられるけど、どういう風に好きに変わったのかよくわかんない。私は勉強ばかりだったから感情の機微に鈍感なの」

 勉強ばかりのガリ勉クイーン。テオなら昔から私を見てきたんだからわかっているだろう。
 私は悪意に鋭くても、好意には鈍いのだ。自分の中に生まれた感情にすら気づかず、いつの間にか惹かれていた。

「あんたは嫉妬焼きだし、人の匂い嗅いでくるし、いじめっ子だったし」
「だからいじめてたのは悪かったって…構ってほしかっただけと言い訳してもどうしようもないけどよ…」

 しょぼくれるテオが面白くて、私が笑いを堪えてクックッと小さく喉を鳴らすと、抱き締められてる腕に力が入ったような気がした。
 ここでいじめるつもりは無かったんだ。私も素直に告白しとこうと思って。私は気持ちを吐き出すのが苦手だからこういう状況じゃなきゃ言えないの。

「だけどこれだけは言える、家族以外の男で、私を命がけで守ってくれたのはテオ、あんただけなんだよ」

 顔を上げてテオの顔を見つめると、灰銀色の瞳とかち合う。

「私が戦いに行っている時、心の支えになったのは、家族とあんたの存在なんだよ。戦争に行こうとする私を心配して声を上げたテオは私を貴族の娘ではなく、ただのデイジーとして見てくれていた」

 思えば私が出自に悩んでがむしゃらに勉強していたときも、テオはただのデイジー・マックとして私を扱っていた。
 私が魔術師として社会的地位について、周りの人の態度が変わっても、テオの態度は一貫していた。

「あんたは私を等身大の女として見てくれた。私が貴族となっても、自分に運命の番が現れたとしても、私を想い続けて最後まで足掻こうとしてくれた」

 私はテオとの恋を諦める覚悟すらしていたのに、テオは見事跳ね除けてみせた。その精神力には完敗だ。
 私は他の男性に求婚されたことがあるが、あんたほど情熱的な告白をしてくれた男はいない。心揺らす相手はテオしかいなかった。

「私もあんたのこと愛してる」

 私が愛の言葉を囁くと、テオの目が潤んだ。飾り気のない告白だったが、彼には強く響いたみたいだ。
 テオの瞳から涙が零れたのでそっと指で拭ってあげた。こういう時、女側が泣くんじゃ…と思ったが、私が泣いてないから仕方ないな。テオは物心ついた頃からずっと私に片思いをしていたらしいから、彼にとって尚更特別な言葉に感じたのだろう。
 ポロポロ流れる涙。テオはどこからどう見ても精悍な成人男性なのに、泣く姿が綺麗だなと感じた。
 テオの両頬を包んで引き寄せると、テオが身を屈めたので、私は彼の顔にキスの雨を降らせた。

「……あんた一人っ子だから兄弟のいる家庭に憧れてるんでしょ。あんたの子どもなら、いくらでも産んであげる。毎日にぎやかでうるさい家庭にしてやるから、覚悟してね」

 私が貴族の生まれでも、捨て子だったとしても、テオの前ではただの女だ。あんたが側にいてくれるだけで、私はただのデイジーに戻れるんだ。
 締めくくりにテオの唇に吸い付き、無防備な舌に自分のそれを絡める。いつもの軽いやつじゃなく、貪るような口づけ。自分の身体を押し付けて、テオを求める仕草をして見せた。

 結婚前なのにはしたなく誘惑した私に、テオは目の色を変える。私の腰に手をやると、軽々と抱き上げてきた。キスしている唇は離さずにそのまま新品のベッドの上に押し倒される。
 テオの熱い体が重なると自分まで熱くなった。欲しい欲しいと身体が叫んでおり、切なく震えた。

「愛してる。好きだ、好きだデイジー」

 耳元で低く囁かれた愛の言葉。

「知ってる、私も…」

 私はテオの背中に腕を回して抱きつく。
 彼が私の身体をまさぐって、服を乱していく。私の理性はテオの告白によってグズグズに溶けてしまったらしい。胸元にむしゃぶりつくテオの愛撫に身体が悦ぶ。
 だけど最後まではしない。テオもわかってる。清らかな体のまま結婚すると決めたから。

「はやく抱きてぇ…」
「あともうちょっとじゃない。我慢しなさいよ」

 ひとつになりたいのは、あんただけじゃないのよ。
 最後までしないのはケジメ。だけどもう少し触れ合っていたい。好きな人を前にして何もしないなんて無理。本当はもっと深いところまで行きたい。
 しばしの間、私達の巣となる新居で睦み合っていたのである。

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