太陽のデイジー | ナノ 信じること、嫉妬すること

「あたしっテオのことが好きだった!」
「…ありがとな、でも」
「いいの! スッキリするために告白したかっただけだから!」

 そう言って村の女の子は言い逃げした。それをテオはぽかんと見送る。

 ──数ヶ月前に行われた婚活祭りでは多数の番が成立した。そのため、女の子側は相手の住む町や村へ嫁ぐこととなっており、皆その準備に勤しんでいた。
 テオを射止めようと頑張っていた女子も見切りをつけて、いい感じになった男性との結婚を決めた。それはとてもおめでたいのだが、最後の総仕上げとばかりに好きだった男に告白してスッキリするというのが彼女たちの流行らしい。
 告白した方はスッキリだろうが、断る方は変な罪悪感があるようで、相次ぐ告白にテオはぐったりしていた。

「おつかれ」

 道のど真ん中で突っ立って途方に暮れる奴に声をかけると、テオはギュンと振り返り、私を腕の中に閉じ込めた。そして安定のスーハー。私の匂いは精神安定の効果でもあるんだろうか。

「…なんかここ最近言い逃げで告白されるんだけど」
「スッキリしたいだけの自己満足でしょ。あんたは「ありがとう、ごめんね」って言っときゃいいのよ」

 彼女らにはいずれ番となる男性がいる。それなのにテオに告白するのは、自分の恋心を知っておいてほしいだけの完全な自己満だ。テオはそのすべてをまともに受け入れなくてもいいと思う。

「…お前淡々としすぎじゃない? 妬いたりとかしねーのかよ」
「逐一嫉妬して怒鳴るの? やだよ疲れる」

 そもそも私がそういう性格じゃないとあんたはわかってるだろう。浮気現場を見た訳でもないのに、嫉妬して怒鳴って誰が得するというのか。
 私はテオの獣耳に手を伸ばすと、きゅっと軽く引っ張った。それがくすぐったいのか、テオは目を細めていた。

「あんたは私のことが好きなんでしょ? なら、嫉妬するだけ無駄じゃない」

 テオが私のことを好きなのは公然の事実だし、それをわかってるから私は落ち着いていられるのだ。
 嫉妬するだけが愛情表現じゃないと思うんだ。信じることも大事だと私は思う。
 だが、テオは獣人だから逆の考え方なのだろうか。なんか尻尾ブンブン振ってるけど。

 テオは私のおでこにキスを落とすと、ぐりぐりと頬ずりしてきた。ほら、あんたが好き好きと愛情表現するのはこの世界で私だけでしょ?
 テオの首に腕を回して引き寄せると、テオの唇に自分のそれを押し付ける。触れるだけの簡単なキスだが、テオの心に火を付けたらしい。キスの嵐をお見舞いされ、私はキスで窒息しそうになった。
 私が愛情1与えると、10返してくるテオ。こんな状態なのに、告白現場見ただけで嫉妬しろと言うのは無理な話だろう。

 同級生たちが結婚を決め、我先にと番と結ばれていく。私達もいつかは、とは思っているが、具体的には決まっていない。
 テオも求婚したそうだが、男性側にも準備というものが必要らしく、裏でコソコソしているみたいなのだ。なので私は気づかないふりをして過ごしていた。

 獣人社会では、相手の家族の許しを得なくては求婚できないしきたりなのである。経済力に人柄、相手の家族のこととかその他諸々しっかり調べ上げられて判断される。
 ……そこで相手の親が反対したら、男性は求婚すら出来ない。たとえ、恋人同士であったとしてもだ。
 そんな訳でテオは今、村の養両親に加えてフォルクヴァルツの実両親に求婚のお伺いを立てている。2倍大変な思いをして、お許しを待っている最中なのである。

 私達はしばらく離れていた期間があったし、まだ恋人になって日が浅い。なので、私は失った時間を取り戻す形で恋人期間を楽しんでも構わないので彼らを急かしたりはしない。
 だけどテオはその逆でめちゃくちゃ焦ってるみたいだ。私は別に呆れて逃げたりしないから大丈夫なのに。


■□■


「ここに薬作りが得意な魔術師がいると聞いたのだけど…」

 その人は私の評判を聞いて村へとわざわざ足を運んできたのだという。素朴な田舎には不似合いな華やかな装いの女性は、親子ほどの年の差婚した夫が死んで、つい半年ほど前に未亡人となったとか。
 その割には服装が派手だが……夫を亡くした夫人が喪服のような白黒の服装で居るのは気持ちの問題だし、別に悪いことじゃないんだけどさ。

 多額の遺産を相続して、お金に不自由しない彼女の目的は私の作った美容クリーム。しかも高い金額払う代わりに、普段のクリームよりもいいものを作って欲しいとの注文だ。
 はるばるやってきて美容クリーム……薬じゃないのか…と心の中でがっかりしたのは秘密である。

「より高濃度の美容クリームとなると、お時間をいただかなくてはならなくなりますが……代金もそれなりに高額になりますし」

 成分の見直し、作り方の変更を余儀なくされるので、テスト期間も欲しい。納品まで時間をくれと告げると、彼女は鷹揚に頷いた。

「しばらく隣の町に滞在するから構わないわ。お金には糸目をつけないから安心して頂戴」
「わかりました。それでは滞在先の宿名とご依頼主様のお名前を控えさせてください。それと前金で5000リラいただきます」

 私が販売する通常の美容クリームは現在2500リラだ。だがそれよりも高濃度のクリームをオーダーされたので、注文代金としてちょっと多めに前金を請求する。
 すると彼女は一緒に出向いてきた侍女らしき壮年の女性から小さなお財布を受け取り、きっちり5000リラ支払った。

「出来上がりを楽しみにしてるわね」

 ニッコリと笑うと彼女は差していた日傘をくるりと回して踵を返した。そのまま来た時に乗ってきた馬車で戻るんだろうなと思って見送っていたのだが、なぜだか彼女の足はピタリと止まってしまった。

「…どうかされました?」

 怪訝に思って私が後ろから声をかけるも、彼女の反応は鈍い。風にのってふわっと日傘が飛んでいく。その御蔭で原因がわかった。
 テオである。彼はなんだか顔をしかめている。ものすごい匂いを嗅いでしまったとばかりに歪められており、それは不機嫌そうにも見えた。
 未亡人はテオの姿を見て、呆然とした。その瞳は潤み、白粉がはたかれた真っ白な肌には赤みがさす。まるで恋に落ちた人間である。

「まぁ…あなた、狼獣人ね? お名前は?」
「…? テオですけど…」

 目をキラキラさせて擦り寄ってきた彼女にテオは少し顔をしかめていた。……恐らく彼女の香水の匂いが嫌なのだろう。なるべく態度には出さないようにしているが、獣人の鼻には公害のような匂いがするのだろう。息を止めてる気配すらする。
 それに気づかないのだろう。夫人はテオの腕に手を絡めると、ギュムッと胸を押し付けていた。唇に引かれた紅が弧を描き、なんだか艶かしく映った。

「あなた、今晩私と食事でもどうかしら?」

 真っ昼間から堂々とお誘いである。
 未亡人が誘うと如何わしく聞こえるのはなぜなのか。間違いなく下心込みだろうけど。
 私がぽけーっと眺めているのに気づいたテオは彼女の腕をそっと離すと素早く離れて、私を力いっぱい抱きしめてきた。
 その際私の匂いを嗅ぐのも忘れない。初対面の人間の前でそれはやめろ。恥ずかしいし失礼だろう。しばらくスーハースーハーして、一拍置いた後に奴はキリッとした顔でこう言った。

「悪いですけど、俺はデイジー以外の女には興味ないですから」

 カッコよく決めたと言わんばかりにキメ顔しているが、その前の行動がすべてを台無しにしている。

「あら…魔術師さんの恋人なの……」

 えらくがっかりした声で未亡人がつぶやいた。物欲しげに尖らせた唇に指先を押し当てていた彼女はテオから視線を離さなかった。その目はまるで野生の肉食獣のようである。
 テオは警戒しているようでビビビと細かく震えている。野生の勘か、優れた五感で貞操の危機を察知しているのかな。

「…お金を払うと言ったら譲ってくれるかしら?」

 その言葉に私はぎょっとする。
 まるで金で買えるみたいな言い方じゃないか。テオは男娼でもないし、奴隷でもないんだぞ。何だその言い方は。

「ふざけんなよ、尚更断るっつの」

 グルグル唸るテオ。
 純朴な村育ちなテオだが、彼の気質は狼そのもの。一途な彼はこの未亡人のような奔放な女性が苦手なんだろう。
 テオが他の女になびくとは私も思ってない。だけどそれでも、面白くはないな。

「前金で頂いていたお金返します。あなたのご依頼をお断りさせていただきます」

 私は受け取ったばかりの5000リラを突き返した。

「あら、怒らせてしまったかしら?」

 小娘をからかって遊んでいるつもりなのか、それとも大人の余裕なのか。目を細めて笑う彼女はなかなかいい性格をしているようだ。
 私は自分の大切な人を侮辱するような相手の依頼なんか受けたくないのだ。

「私には客を選ぶ権利はありますし、お金には困ってないので。あとテオはモノじゃないのでお断りします」

 ただ単純に腹が立つ。
 テオを守るようにざっと前に出ると、後ろからたくましい腕が回ってきて私を抱き寄せてきた。

「俺にはお前だけだぞ?」
「何も言ってないでしょうが」

 私のこめかみに口づけを落としてベタベタしてくるテオ。人前でいちゃつくなといつも言っているのに、全くもう…

「…気分を害したのはごめんなさい、だけどあなたの美容クリームはどうしても使いたいの。謝罪するから許してくれない?」

 そんなに溺愛されてるなら、諦めるからと肩をすくめた未亡人は、飛んでしまった日傘を侍女から受け取っていた。

「謝罪されても、テオは売りませんから……二度はありませんよ」
「わかったわ。倍額払うからどうか機嫌を直して頂戴な」

 私の頭の上でグルグル唸るテオと、お金を握らせてくる未亡人に挟まれ、私は葛藤した。
 …まぁ、仕事は仕事だからな。
 謝罪を受け取った私はしっかりお金を受け取った。


 研究に研究を重ねた特濃美容クリームは様々な薬草や生薬、美容成分を組み合わせたものになった。パッチテスト試験合格後に未亡人へ納品した。
 その美容クリームは彼女のお眼鏡に叶い、定期購入として遠くに住む彼女へ月イチ配達するようになったのである。

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