太陽のデイジー | ナノ お貴族様は幼女がお好き

 テオに抱っこされて運ばれて町に到着すると、早速道順に注文分の薬の配達を始めた。

「あらっあらあらあら! どうしたのデイジーその格好!」
「お父さんが年取って身体が重くなったって言うから、向こうの母と一緒に若返り薬を作ったんです。それで渡す前に自分の体で試した結果です」

 美容クリームを愛用してくれているパン屋のおばさんが興奮した様子で私の姿を見ている。今日は関節痛の薬を注文されていたのでそれを手渡すと、彼女はなんだか目をキラキラさせていた。

「その薬って注文したら作ってくれるの?」

 その問いに、パン屋に買い物に来ていた奥様方が一斉にこちらを向いた気がした。圧が怖い。

「すみません、高い希少薬草を使ってるので量産できないんです…」

 これは本当だ。身内だから奮発できたが、流石に商売としては…無駄な争いが生まれそうだから嫌だ。

「お金は積むわ! いくらなら作ってくれるの!?」

 ズイッと顔を近づけてきたのは指に大きな宝石がギラギラ輝いている、裕福そうなご婦人である。…香水の匂いがすごい。
 私は怖くなってサッと一歩後ずさった。

「…すみません、お金の問題でなく、美容目的で作ったわけじゃないので」
「そんな! そこんところ、私にだけ特別にとは行かないの?」
「えっと…」

 返事に困っていると、ずずいと他のご婦人も私の周りに集ってきた。

「まぁ、抜け駆けなんて良くないわ」
「若返りなんて夢のような薬、良い商売になると思う。ぜひ私にもお願いよ」

 私はオバサマたちに完全包囲された。
 気分は森で狼一家に出会ったときのようである。返答次第によっては始末されそうな脅威がそこにはあった。

「あの、すいませんけど次の配達あるんで、デイジー連れて行ってもいいっすか?」

 ロバと商品の見張りで店の外で待っていたテオが店の扉の隙間から身を乗り出して声を掛けてきた。
 私は柄にもなく、テオに腕を伸ばして助けを求めた。だって怖い。熟女の若さへの執着が怖い。テオは私が困っているのを見兼ねて声を掛けてくれたのだろう。めちゃくちゃ助かった。

 逃げるように退店することで、オバサマたちになんか恨み言を言われるかなと思ったけど、女はいくつになっても女らしい。なぜなら、テオの姿を見た彼女たちは途端にお淑やかなレディへと変貌したのだ。
 ──さっきまですごい勢いで幼児姿の私に迫っていたくせに、なんだろうその変わり身。私はゾッとした。

 テオはそれに構わず私を抱っこすると、軽く礼をしてさっさと退店したのであった。


「おー待ってたぞ湿布薬ちゃーん」
「いつもご利用ありがとうございます」

 私の名前は湿布薬ではないぞ。
 詰め所の警らのジムおじさんのもとに顔を出すと彼はにぱーと満面の笑みでお迎えしてくれた。彼はうちの薬のお得意様だからね。
 路上販売許可申請の用紙に記入していると、ジムおじさんはもたもたと文字を書いている私を見て首を傾げていた。身体が小さいせいで手に力が入りにくいんだよ。

「それにしても薬ってのは幅広いな。随分ちっちゃい姿になって」
「あ、意識は18歳のままなんで子ども扱いはやめてくださいね。人間として堕落してしまいそうなんで」

 やめてくれ。フォルクヴァルツ一家の猫可愛がりのせいで私の感覚が狂いそうだったのにここでも同じ目にあったら私はダメ人間になってしまう。
 現にここにも私を甘やかす男がいてだな。私はさっきから全然歩いてないんだ。このままだと足の筋肉が退化してしまいそうである。

 許可をもらった路上区画に布を敷いて、その上に販売用の薬を並べる。黒板に価格を書いたら、後はお客さんを待つだけである。
 薬を求めてやってくるお客さんに薬と金銭の受け渡しをしていると、それを呆然と眺めている人がいた。その人は私に薬草を売れないと言っていた問屋さんである。彼はどうして私が薬を作れているのか、疑問に思っているのだろう。
 ……魔法庁から睨まれたら色々面倒だろうから、ものを売れないと私を門前払いにしたのは仕方のないことなんだ。お店の人にも生活があるからね。
 私は彼を責めたりはしない。

 他にも、どこからか私の作る薬の質が悪くて健康被害が出ているという根も葉もない噂が流れていたらしいけど、私の薬を昔から利用してくれている人が代わりに怒っていたのだとさっきジムおじさんに教えてもらった。その噂もあの役人が手を回したのかな…役人とは思えないくらいに稚拙な嫌がらせである。
 魔法庁のお偉いさんは私に嫌がらせしてさぞかし楽しかったであろう。だけど私にだって選択肢があるので痛くも痒くもない。

 私は捨て子だと思い続けて生活してきた。ずっと捨て子だと後ろ指差されてきたけど、そうした偏見に負けず自力でのし上がってきたと自負している。そうして村だけでなくこの町でも自分の力で信頼を勝ち取ってきた。
 どんなに悪評を広げられたとしても、私を信じてくれる人は最後まで信じてくれるのだ。それがわかっていたから、そこまで恐れていなかったのだ。

「あっあんた何しに来たのよ! あんたが材料売らないせいでデイジーが町に薬を売りに来てくれなくなったらどうしてくれんの!」

 私が問屋で門前払いされたということはどこかで知るところになっていたらしく、常連の奥様が問屋のおじさんを怒鳴っていた。
 怒ってくれるのは嬉しいが、彼にも事情があるんだ。性根の腐ったタイプの役人ってのは権力があって無駄に狡猾だから……逆らうと面倒なんだよ。町の小さな問屋さんには大して力がない。彼まで潰される恐れがあるのだ。
 奥様に怒鳴られて気まずそうにしていた問屋のおじさんは、私の前に並んでいる残り少なくなった薬を見て困惑していた。

「…あんた、どうして…どうやって……?」
「材料は還らずの森と、隣国のフォルクヴァルツ領で揃えられたので大丈夫です。エスメラルダの誰にも迷惑はかかっていませんよ。ご心配ありがとうございます」

 材料が入手できなくては薬が作れない。依頼が来なければ、魔術師としてやっていけない。魔法庁のお偉いさんはそう考えたんだろうが、無駄だよ。

「還らずの森だったら薬草タダですし、私のもう一つの故郷でもあるフォルクヴァルツで買い揃えたら、領内に収入が入ります。町の人達にも変わらず薬を提供できますし、何の問題もないです…お気になさらず」

 これであの役人が新たな手を打ったとしても、私は別の道を探るから大丈夫。
 いざとなったら父上たちに助けを求めるし。権力者な親がいるって助かるなぁ……なんてずる賢いことを考えつつ、私はニッコリと笑って差し上げたのである。


■□■


 これにて一件落着、と言いたかったが、私を利用しようとする人間は1人や2人じゃない。また新たな刺客が来るかなぁと思っていたら、意外と早く向こう側からやってきた。

 フォルクヴァルツ家の長距離移動用の頑丈な馬車とは違って、見せびらかす専用の豪奢なそれは少しばかり派手が過ぎて悪趣味に見えた。
 村に似つかわしくない豪奢な馬車が停まったと思えば、馭者に開けられた扉の奥からひとりの男が出てきた。

「ふん、鄙びた村だ」

 油で後ろに撫で付けた金茶色の髪はテカテカ光っている。服は今から社交界にでも出かけるような、金糸や銀糸、色糸などの絹糸をふんだんに使って華やかな織り柄を施したウエストコート、胸元を飾るは最高級のレース。貴族の盛装姿で純朴な獣人の村にやってきたのは、ここの村を管轄する領主の息子だという。
 前触れもない急な訪れに村の住民は困惑した様子である。

「これは若様…この村にどのようなご用件で…」

 流石に領主の息子に雑な態度は取れないので、村長は腰低めにお出迎えした。内心は迷惑だなぁと思っていそうだけど。

 ここの領主は可もなく不可もなくなお方だ。税金高いなぁと不満を漏らす領民はいるが、圧政というわけでもなく。税金が上がったのはハルベリオン警戒で軍事費捻出のためだったので、領民たちも仕方無しに納めていた感じだ。
 暴君というわけじゃないが、慕われるほど親しみのある領主なわけではなかった。その息子といえば、次期辺境伯である。
 …年の頃は私の実兄よりも年上のようだが、結婚もせずにフラフラ放蕩三昧という噂である。噂によれば高級娼婦に入れあげて、隠し子もいるとかなんとか。あまり評判は良くない。

「ここに、フォルクヴァルツの娘がいるだろう。その娘に用があってきた」

 その言葉に私に視線が集まる。
 ちなみにまだ私は幼児の姿のままである。
 私に用とは…あれか? 魔法庁からの圧力か差し金かなにか…

「あの娘、育ちは置いておいて、顔も身体つきも悪くなかった」

 人を品定めして勝手に評価したその男はどこまでも上から目線であった。
  
「小賢しそうな娘だったが、これから躾をすれば従順な女になるだろう。私が直々に相手してやるんだ。光栄に思うがいい」

 私は不快に思った。
 魔法魔術学校を卒業する時、ここの領主からも養子のお誘いがあったなぁ。結局安く、手軽に利用できる駒を探してるんだ。
 …全員が全員こういう人間であるわけじゃないとわかっているが……貴族の人柄もピンきりだな。

「今晩私の寝所に侍ることを命ずる。断るならこの村の税をあげるぞ?」

 私が魔法庁に爪弾きにされてると聞いて調子に乗ってるのかな。わけのわからない脅し文句付けて……

「幼女がお好みですか…」

 私が軽蔑の眼差しを向けると、男は怪訝な表情を浮かべていた。「何だこのガキ」とでも言いそうなお顔だが、フォルクヴァルツの娘は私だぞ。
 幼女相手に伽を申し付けるのか。とんだ鬼畜だな。
 男は領主の息子だというのに、村民たちから軽蔑の眼差しを向けられていた。幼い娘がいる親は娘を遠ざけようとしている。
 この男に真正ロリコンの称号が授かった瞬間である。

 ──ピシッピシピシッと後ろで小さな放電が起きている音が聞こえてきた。
 雷の元素が怒りに反応しているんだ……だけどこれは私ではない。

 村の奥様たちと集会場で機織りに興じていた母上がブリザードの眼差しで男を睨めつけていたのだ。
 私が母上を見上げていると、どこからか腕が伸びてきて身体が持ち上げられた。──テオである。私の危険を察知して職場から抜け出してきたようである。
 また親方にどやされるよ、と言いたかったが、それどころじゃないよね。テオは耳と尻尾の毛を逆立て、領主の息子を警戒していた。

 村中の人が警戒している中、バチバチと放電して髪を逆立てていた母上は静かに怒っていた。

「ね、貴族のこういうところが嫌いなんですよ」

 私が小さく声をかけると、母上は「このような野蛮で低俗な男とわたくし達を一緒にしないでちょうだい」と硬い声で言った。
 そうね、ごめんなさい。

「テオ、ステイ」
 
 私を抱いて離さないテオが頭上でウゥゥグルルルと唸っていたので、喧嘩を売らないように抑え込んでおく。
 歯をむき出しにして敵対心バリバリだ。だけど相手が悪すぎる。あんたが私を守りたいと思ってくれるのはありがたいけど、私はあんたが傷つくことを望んでいない。やめなさい。

「本当、貴族に関わるとろくなことがない…」

 私はしみじみ呟いた。
 魔法庁の役人も貴族だったし、目の前の男も貴族だし、貴族とはとことん相性が悪すぎる。何かあれば騒動に巻き込まれるのだもの。
 私の貴族嫌いがますます加速していく気がしてならなかった。

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