太陽のデイジー | ナノ ミアの結婚式

 ミアが結婚した。

 相手は別の村出身の同じ猫獣人の青年。年齢は確か2歳位年上だった筈だ。
 その彼は太陽の光に照らされると灰色の毛並みがきらきら輝いて白銀色に見えるけど、私は敢えてそんな事口にしない。どこぞの狼獣人と色が似てるね、とかそんな無神経なこと絶対に言わない。

「結婚おめでとう、ミア」
「ありがとうデイジー」

 村でのお披露目式に招待された私は、彼女にお祝いの言葉を投げかける。ミアは幸せそうに微笑んでありがとうと返してきた。
 豪華というわけじゃない、少し背伸びした貸し衣裳のウェディングドレスに身を包んだミアだが、ドレスに負けないくらい美しかった。
 ミアはこれからこの村を出て、旦那さんとの新居に引っ越していくことになる。彼女は人妻になったのだ。それはこの村では大事件もいいところで、よその男に憧れの女の子を奪われたと村の若い男共がやけ酒して悔しがっている姿をあちこちで目撃した。

「おめでとう、ミア。幸せになれよ」

 テオがおめでとうと言うと、ミアは目を細めていた。まるで昔の恋を思い出すように、懐かしい表情をして。

「あ、それと…あの時はまともに返事できなくてゴメンな」

 馬鹿、今謝罪するな。私が肘でテオを突いて注意するが、テオはよくわかっていない顔をしている。
 見てみろ、ミアの相手に睨まれているぞあんた。旦那さんの尻尾が警戒して不穏に揺れているじゃないか。
 ミアはこのお祝いの場で謝罪されたことに気を悪くする訳でもなく、小さく笑って首を振っていた。

「いいの。運命の番の存在に心折れたのは私だし」

 告白の場に乱入されたら、そりゃあ心折れても仕方がないよね。めちゃくちゃ勇気出しただろうに、告白途中で邪魔されて、それが運命の番。…さぞかし煮え切らない気持ちになったことだろう。
 ミアの隣にいる新郎が嫉妬でイライラムカムカしているのがこちらに伝わってくる。おぉこわい。ミアはそんな彼の腕に抱きつくと、それはそれは幸せそうに微笑んだ。

「今は彼が愛してくれるから大丈夫。私幸せになるね。…ふたりの結婚式楽しみにしてるから」

 惚気けられてしまった。ミアとお相手さんは微笑み合うと人前でキスをしようとしていた。
 こう堂々とされると目のやり場に困るなぁ……私は咳払いをすると、新郎新婦の2人に向けて手をかざした。

「我に従うすべての元素たちよ、幸せな2人に祝福を与え給え」

 リック兄さんの結婚式の時はうまく行った祝福の呪文だが、やっぱり屋外でやると雨が降って虹が架かり、花かんむりが出来上がる仕組みらしい。
 もう、祝福の魔法はこんな感じです、失敗じゃないんですと押し切ることにした。

 私もミアも18歳。この村の女性なら結婚していてもおかしくはない年齢。
 しかし、魔法魔術学校の同級生は最終学年にようやく差し掛かった辺り。いきなりってわけじゃないけど、周りが結婚ムードなもんで私の気持ちが追いついていなかったりする。私としてはもうちょっとのんびりしていたいと言うか。最近色んな事がありすぎて、真面目に考える余裕がなかったから、少し冷静に考える時間がほしいのだ。

 しかし隣のテオは早く結婚したいみたいで、どんな家がほしい? とか必要な家具は? と未来に向けて話をすすめてくるのだ。そんな慌てなくてもいいと思うのだが、テオはそうは思わないらしい。
 人間と獣人の違いなのか、それとも私が冷めているだけなのか。
 テオが私を愛してくれているのも、幸せにしてくれるのもわかってるけど、こういうことは落ち着いて色々考えたほうがいいと思うんだ。

 異種族同士の結婚は別に禁止されていないので、周りの理解とお互いが納得したら認められる。
 身分問題も解決済みだ。私は貴族籍から除籍され、今は高等魔術師位を持つ、ただの一般市民。フォルクヴァルツ一家も私が幸せならそれでいいと一歩下がって見守ってくれている。彼らいわく、ここにいるほうが私は生き生きして見えるのだそうだ。

 テオ自身も運命の番問題をなんとか終結させた。色々あったけど、テオは私を裏切るまいと運命に抗ってみせた。
 私達の間には何も障害が残ってないように見えるが、まだまだ残っているのだ。それは、私の生まれと高等魔術師という位にある。

 切欠はあれだ。
 2ヶ月後が期限の、自営業許可証の更新手続きのために王都の魔法庁へ久々に顔を出すと、そこでとある役人に声を掛けられたのだ。
 先の陥落作戦にて私は武勲を上げ、エスメラルダ・シュバルツ両国から褒賞やら色んなありがたいお話を頂いていたのだが、色んなものを辞退したのだ。
 例えば一代限りの爵位であったり(この国では女性でも爵位を持てる)、王国直属の魔術師としての高待遇だったり、高位貴族との縁談であったり。

 お金は遠慮せずありがたくいただくけど、ありがたいお話とやらは私の中ではマイナスにしかならないことばかりだったのですべてお断りした。
 ちなみにシュバルツでも似たような話を持ちかけられたが、父上たちが壁となってすべて断ってくれた。

 …断ったそれらを根に持っているのか、気に入らないのか、その役人は私に嫌味のようなことを言ってきたんだ。

『シュバルツの貴族令嬢なのに』
『優秀な魔術師なのに、その能力を腐らせるおつもりか』

 …って。
 余計なお世話だと一蹴しなかった私を誰か褒めてほしい。
 私は平民として自活して生きることを自ら選択したんだ。放っておいてほしい。淡々と「興味ないんで、縛られたくないんで」と断ってきたんだが、話はドンドン変な方向に進んでいき……

『私どもとしては同じ魔術師と結婚して優秀な子どもを作って欲しい。そして国の発展のために力添えいただきたい』

 なんて失礼なことを言われたのだ。
 魔術師至上主義な人間達は、恥ずかしげもなく前時代的な考えを押し付けて来たのである。

 まぁそれも断ったけどね。
 私は子どもを生む道具じゃないし、誰の子を生むかは私が決める。
 先の戦でちゃんと魔術師としての義務は果たしたし、そんなことまで口出しされる謂れはない。とても不快である。

 常々思う。組織に入らなくてよかったなぁって。
 入っていたら、上司権限で無理やり結婚させられていたかもって。魔術師も貴族のように縦社会なところがあるから。
 結局、いいところに就職できたとしても、上の人間に恵まれなかったら最後。優秀な人間は食いつぶされる運命なのかなと私は世の中の理不尽さに歯噛みした。

 それらのことが引っかかってしまい、私は結婚のことを考えるどころじゃないんだよなぁ……今でもモヤモヤと心の奥底に残っているんだ。


 私のお皿に肉だけでなく野菜や魚を載せてくるテオを見上げた。
 …子ども産むなら、別に魔力持ちにこだわらないし、獣耳や尻尾を持った子どもを産んでも構わない。それが好きな人の子どもなら尚更。

「なんだ? ちゃんと草も入れてるだろ?」

 私が肉ばかり載せるなと言うから、最近になって他のものも取り分けるようになったテオ。今になって知ったけど、テオのこの行動は好きなメスに対しての給餌行為らしい。肉を載せていたのは自分の好きなものを好きになってほしい、美味しいものを食べてほしいという心の現れ。
 ……長いこと気づかずにいたけど、テオって結構あからさまに私に好意示していたんだね…

「…うん」

 文句言わずに私はおとなしく食べる。
 終戦直後はお肉だけでなく食事するのが億劫だったが、今では少しずつ食べられるようになった。

「おいしいよ」

 私が感想を述べると、テオはパァーッと嬉しそうな笑顔を見せた。あんたが作ったものじゃないけどね。村の奥様達が作ったものだけどね。
 テオの尻尾がブンブン振られ、下から風が吹いてきた。喜び過ぎだろう。…テオと結婚したら、毎日こうして温かい食卓を囲んで、愛されて穏やかに暮らせるだろう。私かて、何も考えずにテオとの結婚を夢見てお花畑思考に浸りたい。

 ──だけど…現実を思い出すと、そう簡単に事が進むとは思えないのだ。
 嫌な予感がしてならない。

「キャイン!」
「あっ! メイはまた弟のお肉奪って…」

 甥っ子たちの遊び相手を任せていた眷属狼のジーンが姉狼のメイにオヤツの猪干肉を奪われていた。
 思いっきり横っ面を殴られた上で略奪されたジーンは野太い声で子犬のように泣き叫んでいる。

 オスなのに弱いよね…と思っていたが、テオに、「オスだからメスである姉ちゃんに本気出せないんだろう。怪我させちまうから」と言われて納得した。
 獣化したテオは簡単にレイラさんをのしてしまった。つまりそういう事。ジーンは一歩下がって諦めてあげているのだ。
 弟の心、姉知らずである。

「ジーン、おいで」

 私がジーンを呼び寄せて、テーブルのお皿に乗った茹でただけの鶏肉を手に乗せて分け与えようとしたら、それもメイが掠め取っていった。

『また盗られた! 姉ちゃんがひどいよ!』

 ジーンはプルプル震えて、姉の非道を私に訴えていた。哀れな彼の頭をワシワシと撫でてやる。

「ジーン、ほら」

 そう言ってテオがどこからか持ってきた猪干肉をぽいっと投げてきた。

「メイは俺が抑えておく。ジーン、お前は早く食え!」

 両腕でメイの身体を押さえつけたテオが叫ぶ。ただおやつを与えるだけなのになんだか真に迫っている。
 ジーンは干肉を食べ始めたが、彼は基本のんびり屋なので食べるのが遅い。だからいつもメイに奪われるのだ。
 テオの拘束を振りほどこうとメイが暴れている。彼女の視線はジーンの口元にある干肉に注がれていた。どんだけ食いしん坊なんだメイよ……。

 素朴で地味で、平坦な毎日。私はそんな日々が愛おしい。いつまでもこんな穏やかな日々が続けばいい。

 そう願っていても、嵐は向こうからやってくるのだ。

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