太陽のデイジー | ナノ テオの暴走

 村のご長寿婆様に呼び止められて関節痛の薬の注文を受けていた私は、今しがた森で採集したばかりの薬草について聞かれていたのでその説明をしていた。
 今日は別になにもない穏やかな日、いつもと同じように時が流れる。そのはずだったのだが、私は突如何者かに連れさらわれた。

「これっテオ! お前さんデイジーをどうするつもりだね!」

 どうやら犯人はテオらしい。
 私を抱き上げて走り去るその仕草は乱暴そのもの。久々にこんな乱暴な扱いを受けたぞ。何だどうしたんだと聞こうにも舌を噛みそうだったので、私は口を開かずに黙って連れさらわれていた。

 テオは無言で走っていた。人を抱きかかえたままで、よくもこの速さで走れるもんだと変なところで感心していると、とある民家に連れ込まれた。場所はテオの実家タルコット家である。
 家主のおじさんとおばさんは不在のようだ。静かな家の中を突っ切り、テオは一直線に自室に向かう。……なんだかテオの呼吸が荒い。妙に体温が高い気がする。

 私を片腕で抱き抱え直すと、テオは空いた方の手で部屋のドアノブを回して扉を開けた。テオの部屋は性格を現したかのようにそこそこ散らかっている部屋だった。寝間着をその辺に脱ぎ捨てているのが放置されている…。
 ──だが今回は部屋を観察している場合じゃなさそうである。依然としてテオの様子はおかしい。私はテオがいつも寝ているベッドに降ろされたので閉ざしていた口をゆっくり開いた。

「…テオ、ねぇいきなりどうしたの」

 やっと顔が見れたと思ったら、私はぎょっとする。テオは顔を真っ赤にさせて息を荒げていた。その瞳は熱く濡れ、瞳孔が開いている。──正気じゃないことがひと目でわかった。
 ……これはただ事じゃないぞ。

「体調が悪いの? だから私に助けを求めたの?」

 それならそうと言ってくれればいいのに。と言うと、テオは私に覆いかぶさってきた。私はそのままベッドに押し倒され、ベッドが二人分の重さに耐えきれず軋む音を響かせた。

「ん…!」

 噛みつき、食い破るような口づけに私はくぐもった声を漏らす。驚きに開いた口の隙間からテオの舌が潜り込んできて、口の中を犯す。
 息が苦しくてテオの胸板を押し返すが、抵抗は許さないとばかりに手首をベッドに縫い付けられた。テオはいつになく性急であった。体を擦り付けて、まるで匂い付けみたいなことをしてくる。
 私の反応なんか気にしない、一方的で自分勝手なキス。テオらしくないキスだった。

 散々貪られ、ようやく唇が解放されたと思えば、テオは私の首筋を辿るように吸い付いてくる。彼の唇が下に降りていき、鎖骨の形を確かめるように舌でなぞる。
 テオの舌の熱さ、感触に私が息を呑んでいると、胸を大きな手がそっと包み込んだ。むぎゅう、と痛くない強さで胸を揉まれた私はぴしりと固まっていた。
 急に、なんなのだ。何故急に。

「…柔らかい」

 感想を口に出さないでほしい。恥ずかしいだろう。
 ……状況はよくわからないが、テオは発情している。こんな風に密着していたら流石に相手の体の変化に気づくというか。男の人がそうなるってのは本とか人の噂話で聞いたことがあるぞ…うん。

「…テオ、結婚するまでは駄目」

 私がそっと注意すると、テオは私の首元に顔をうずめて、小さな子どものようにいやいやと駄々をこねていた。

 別に私だって嫌なわけじゃないが、けじめはけじめだ。
 ……ここで黙ってテオのものになったら、運命の番どころじゃなくなるのだろうか、と私は一瞬卑怯なことを考えた。
 自分の中に生まれた浅ましい女の部分に気づく。私は男女のあれこれに淡白だと自認していたが…こんな感情があったのか。
 この部屋にはテオの匂いがする。獣人じゃなくても分かる、テオの匂いだ。こんなに密着して擦り寄られたら、テオの匂いがしっかり定着してしまっているのだろう。傍から見たら私はテオの匂いで一杯なのかな。
 ……だめだ、私も冷静にならねば。

「ね、テオ。このままじゃまずいから、一旦落ち着こう。何か冷たいものを飲んで」

 なんだかテオも辛そうなので、ひとまず離れて落ち着かせようとしたのだが、テオは逆に私をぎゅうっと抱きしめてきた。

「違う、媚薬盛られた」
「……え?」

 熱い吐息混じりに告げられた言葉に私は目を丸くする。
 媚薬。誰に?

 私がそれを聞こうとしたその時。
 バァーンと部屋の扉の蝶番が外れる勢いでドアが開けられた。私とテオはビクッとして固まる。

「嫁入り前の娘さんに何してんだ!」
 ──ゴツッ!

 怒鳴り声とともにテオは拳骨されていた。ポテリと力なく倒れた先は私の胸の上である。テオはハァハァと息を荒げている。
 このままでは息がしにくかろうと助け起こそうとすると、突入してきたおばさんが乱暴にテオを転がしていた。
 流石にこのままではテオが哀れに見えたので私が事情を説明した。

「あの、媚薬を盛られたそうです。私は大丈夫ですから」

 テオは確かに私に襲いかかったけど、既のところで耐えていた。そんなに怒らないであげてほしい。

「媚薬!? 誰に!」

 ぎょっとした顔をするおばさん。
 それは私も今から聞こうとしていたんだけど…

「……レイラ。……弁当食ったら、もう終わりにするって言うから……」

 辛そうな表情でテオは言った。私もおばさんも口を開いてしばし呆然としていた。
 レイラさんがテオに媚薬を……。
 運命の番を手に入れるためには手段も選ばない。薬といえど手を出してしまえば既成事実には変わりない。
 その執着心に私はゾッとする。
 人間に比べて獣人の執着心は強い。
 だけどその手段を選ぶのは…どうなんだろう。

「…とにかく、薬を排出したほうがいいです。身体には良くないものですから」

 私は頭を切り替えて、目の前のテオを楽にすることを考えた。

「排出って……どうすれば…」

 おばさんは少しばかりオロオロしていた。…こういうのって気まずいよね。私も親にそういうの気取られたら恥ずかしいもん…

「方法は…えぇと、欲を吐き出すか、水をたくさん飲んで成分を薄めて排出するか…胃の中身を吐き出すかの3つですね…」

 私までなんか恥ずかしくなってしまい、テオとおばさんから目をそらした。
 ただ、この媚薬がどの程度のものかがわからないから、どこまで効果を減退させられるかが不明だ。
 あいにく媚薬に対抗する薬ってものを私は知らないので作ってあげられないし……こんなのにドラゴンの妙薬使うのもなんかねぇ。

 おばさんは判断が早かった。
 踵を返してどこかに消えたと思えば、水差しとバケツを持って戻ってきたのだ。
 そしてぐったりベッドに転がって呼吸を荒げるテオの口にその手をためらいなく突っ込んだ…!

「ウグェ…ッ!?」
「吐け! 胃の中身を全部吐き出すんだよ!」

 どうやらおばさんはテオの胃の中身を綺麗にする方法を選んだらしい。それにしても力技だな。テオは嘔吐反応を起こして、バケツに向かって食べた物を吐き出していた。
 …王都の研究機関にあるような検査器具があれば媚薬の成分解明も難しくないんだけど、あいにく私はそういう器具を持ち合わせていない。よし、とりあえずは今自分にできることをしよう。
 私は収納術で納めていた薬の材料と道具を取り出すと、タルコット家の食卓にあるテーブルをお借りして薬作りをはじめた。中和薬と、胃腸薬…利尿剤など使えそうなものを作ると、それらを持ってテオの部屋を覗き込む。テオはおばさんに吐き出せと命じられて散々吐かされた後、ぐったりとベッドで横になっていた。


 吐き出したお陰で媚薬の効果である性衝動は少しだけ落ち着いたようだが、今度は副作用らしき頭痛・腹痛と時折やってくる吐き気と体の痺れに悩まされて地獄を見ていた。テオはベッドに横向きになってウンウン唸っていた。
 私はテオが盛られたという媚薬について考えていた。私は媚薬について勉強しようと思ったことがないのでよくわからないが……成分上問題のある薬を使用されたんだろうなぁと予想していた。

「何だってあの子は媚薬なんか…そんな怪しげなものが市場に出回ってるんだね」

 苦しむテオの額の汗を手ぬぐいで拭ってあげているおばさんが心配そうにしている。

「質の悪い媚薬飲まされたんだと思います。…そもそも媚薬は違法すれすれの薬物です。人の欲を操るものだし、人を傷つける可能性があるから私は頼まれても作らない」

 媚薬の他に強精剤を作ってくれと私に頼んでくる客が今までにいたけど、私はそういうのは作らないと断り続けてきた。病気とか怪我じゃないのでただ単に私が作りたくないのだ。
 だけどそういう薬を求める人は少なくない。そのため探せば出回っているのだ。金額も自由設定できるし儲けになるので、金儲けを企んで作る薬師や魔術師もいるのだ。

「はい、中和剤だよ。頑張って飲んで」

 テオの体を起こして薬を飲ませると、テオは「苦ぇ…」と渋い顔をするも、頑張って全て飲み干してくれた。

 それから数時間も経てばお腹の痛みは少しマシにはなったようだが、それでも尚テオの不調は続いた。今度は倦怠感と手足の感覚がないと言い始めたのだ。
 言われてみればテオの手足は異様に冷えている。私は魔法を使ってテオの周りの温度を一定に保つことで体温の低下を防止した。

 仕込まれた媚薬には何が入っていたのだろうか。それがわからないから私もそれ以上対処できなかった。
 試しに「ドラゴンの妙薬飲む?」とテオに確認してみたが、「それは本当に困ってるやつに使え。俺のは自業自得だから…」と強がってベッドの上で丸まっていた。

 …しかし災難だったな。
 テオの冷えた手を擦って撫でてあげていると、痛みとか色んなもので体力が削げて意識朦朧としているテオが私の顔をじっと見上げてきた。

「どうしたの、痛い? 苦しいの?」
「……お前の匂いが嗅ぎたい」

 こいつめ。
 言うに事欠いて私の匂いだと?
 近くにおばさんがいるのに本当に恥ずかしい奴だな…! それ絶対におばさんにも聞こえているから…。

「…今度ね、病人は寝てなさい」

 私が素っ気なく返すと、テオは不満そうに表情を歪める。そして静かに目を閉じていた。

 一応お医者さんにも診てもらったけど、媚薬の対応は私が上げた3つの方法しかないとのことで、これ以上出来ることはないと言われた。
 あとは寝て治すしか方法はなく、テオの不調は3日位続いたのであった。

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