太陽のデイジー | ナノ 祝福の魔法…?

 約半年ぶりの故郷は変わっていなかった…と言いたいが、それなりに変化はあった。
 まず長兄の結婚式が間近に迫っており、式や新居の準備で大忙しなこと。お嫁さんになる人と所帯を持つことになったカール兄さんの部屋はベッドと机があるだけの空間に変わってしまった。趣味の絵画で使っていた画材や道具も新居に持っていったみたいである。
 カール兄さんのお嫁さんになる人は別の村出身の、兄と同じ熊獣人の女性だ。町へ画材の買い出しに行ったときに知り合ったそうで、そこから交際に発展したとか。紹介された時、人間である私の存在にすごく驚いたみたいだけど、今では程々な関係を保っている。

 私はほぼ王都の寄宿学校にいるし、次兄のリック兄さんが独り立ちするのも時間の問題である。家が一気に静かになった気がしたと久々に再会したお母さんが寂しそうに呟いていた。
 
 そして村の人。
 同級生たちはみんな初等学校を卒業したあと、家の手伝いをしたり、外の町へ仕事しに行ったりしている。私よりも一足早く自立した生活を送っているようである。

「なんかお前縮んだ?」
「向こうの学校でいじめられてんじゃないのか?」
「お前無愛想だもんな」

 悪ガキトリオに囲まれた私は固まっていた。
 人間と獣人には体格差があるのだが、この半年間で何があったんだってくらい、元同級生らは縦にも横にもでかくなっていた。それは悪ガキ筆頭テオにも言えることだけど……声変わりも相まってめちゃくちゃ威圧感あるんですけど。
 グリグリと大きな手で上から頭を撫でているつもりらしいが、力加減がまるでなっていないので首がもげそうである。

「やめて、頭が取れる」
「ちゃんと飯食わねーからだろ。お前は細っこすぎる。そんなんじゃ元気な子ども産めねぇぞ」
「余計なお世話だわ」

 貧相と言われてペーンと腰あたりを叩かれる。言っておくが、私は年相応だ。魔法魔術学校の同級生女子も私と同じくらいの背丈に体型だ。決して私が貧相なわけじゃないぞ。これでも身長が伸びているんだ。
 村の同い年の獣人達はすっかり身体が出来上がっており、その中に私が混じったら一人だけ子どもみたいな気分に陥る。獣人って発育も早いから結婚も早いもんなぁ。男子に人気の猫獣人ミアもすごい数の縁談が来ているって話を聞いたし…

「おい!」

 べし、ドシ、と獣人の激しいスキンシップに圧倒されながら心を無にしていると、後ろから怒鳴り声が飛んできた。

「うわ、びっくりした…」
「なんだよテオ、機嫌わるいな」

 怒鳴り声に驚いて、耳を抑えて目を丸くした悪ガキその1が肩をすくめていた。結構大きな声だったので私もビビった。

「そいつに触んな」
「は?」
「離れろっつってんだろ!」

 悪ガキトリオとテオは仲良しグループだったはずだ。なのに今の奴は牙を剥いて、友人である彼らを排除しようとしていた。
 トリオは驚いた様子だったが、3人で目配せして合図したかのように私から一斉にサッと離れた。
 なんだ、仲違いでもしたのかコイツら。

 私が状況についていけなくて呆然としていると、テオに腕を掴まれて引き寄せられて、背中に隠された。

「!? なに!?」
「いくらお前らでも許さねぇ。いいな…?」
「はいはい」
「今になって意識したのかよー?」
「遅すぎだろ」

 彼らだけで会話は成立しているようだ。私には全く意味がわからない。なんなんだよ、仲違いなら私を巻き込まないところで喧嘩してくれないか。
 巻き込まないでほしいのでこの場から立ち去ろうとしても。テオがガッチリ腕を掴んでいるので離れられない。こいつもまた力加減が出来ないので、二の腕がみちみち締め付けられて痛い。

「テオ、その手離して。痛い」
「あ、悪い」

 ようやく解放された二の腕を擦る。あー痛かった。せき止められた血液が一気に循環しはじめて腕がじんじんする。ったくもう…
 ──スルスル…
 自分の腕をさすっていた私は反対側の肘に何かが巻き付いた感触に眉をひそめた。
 視線を下ろすと、白銀に輝くもふもふしたなにかが巻き付いている。私はなにこれ…? と困惑する。

「…ってあんたのしっぽかよ!」

 違う、テオが私の肘に尻尾を巻き付けているのだ。私はイラッとしたのでその尻尾をはねのけた。

「イッテ!」
「しっぽ邪魔! 暑苦しいわ! 蛇かアンタは!」

 全くもう! あんたらは人を人形か何かと思ってんのか! 仲違いは他所でやれ!
 理不尽にボコボコに痛めつけられた私は悪ガキ4人組を睨みつけると、ドスドスと足音を立ててその場を立ち去った。

 前言撤回。
 身体だけは成長したが、中身はてんでガキである。
 少しくらい悪ガキ共も大人になったかな? と思ったけど全くそんなことはなかったようである。


■□■


 エスメラルダ国では女神を信仰している。
 子どもが生まれた時、結婚した時、亡くなった時、そのいずれも女神の住まう神殿に報告しに行くしきたりだ。
 例に及ばす、長兄らも女神様へ結婚の報告をして、夫婦になったという宣誓書を記入してきた。私は見届け人としてついていったけど、旧王都に存在する石造りの神殿の中は独特の静けさがあった。
 大巫女とよばれる、神殿の最高位神職者から二人の結婚を認められる瞬間を目撃した時は感動とは別に謎の寂寥感に襲われたのである。


 晴天の空の下でお披露目式は行われた。式は村中の人が集まって盛大に祝われた。いつもよりもおめかししたカール兄さんは緊張した様子で花嫁をエスコートして参上した。
 持ち寄った料理が並べられ、大人たちは酒に酔って楽しむ。式に飽きた幼い子どもたちは辺りを駆け回っていた。
 私は家族席でぼんやりと主役席に座る長兄とお嫁さんを眺めていた。血の繋がりはなくても、私の兄であることは間違いない。そして結婚はとってもおめでたいことだ。彼らの門出をお祝いするべきなのだ。
 なのに、兄さんが別の人のものになって、私のもとから離れてしまう寂しさを感じていたのだ。

「どうしたデイジー、沈んだ顔して」
「…なんか、おめでたいことなのに寂しくて仕方ないの」

 隣で遠慮なくバクバクと料理を頬張っていたリック兄さんに素直な気持ちを打ち明けると、リック兄さんは「はは、」と軽く笑っていた。

「俺はデイジーが嫁ぐときのほうが騒ぎになると思うけどな」
「えぇ…?」

 結婚に夢を抱いていない私は胡散臭そうな目でリック兄さんを見上げてしまった。
 騒ぎって。そんな大げさな。

「お前がどんなやつを連れてきても、兄さんは力比べを申し出るからな! お前にふさわしい相手か見極めてやる!」
「意味がわからない」

 なんで力比べを申し出るのだ。人間だったら瞬殺間違いないぞ。…恐らくリック兄さんなりの冗談なのだろうが。

「ねぇねぇ」

 そのまま考え事をしていると、くいくい、とスカートを引っ張られた。
 私が下を見ると、丸い耳を持った小さな女の子がこちらをキラキラと見上げていた。この子はネズミ系獣人だったかな。三軒隣の若夫婦の子ども…

「おねえちゃん魔法使えるんでしょ? なにか見せて」
「え…」

 魔法。
 村の子どもにお願いされた私はしばし固まっていた。だがしかし、私は彼女の気持ちを理解できた。今でこそ魔法は私の中で当然の存在だが、発現前は遠い存在だったのだ。
 おもむろに空のグラスを手に取ると、それを彼女の目の前に見せた。彼女はキョトンとしてそれをまじまじと見つめていた。

「…我に従う水の元素たちよ、このグラスに水を満たせ」

 ボソリと小さく呟くと、グラスの底から水が湧き出すようにゴボゴボと水泡を立てて水が湧き出して、あっという間に満杯になった。
 それを見た彼女は目をまんまるにして驚いていた。

「わぁ! すごいすごい! 他には? 他には何ができるの!?」

 一度見せたら満足するかなと思ったけど、彼女の好奇心をくすぐってしまったらしい。そんなキラキラな目で見られたら戸惑ってしまう。
 他、と言われても……。一瞬迷った私だが、ふとあれを思い出した。

「…ちょっと花嫁さんと花婿さんのところに行こうか」
「うん!」

 ニコニコワクワクした様子の幼女は私の手を握って付いてきた。別に手を差し出したわけじゃないのに、向こうから握ってきたのだ。
 ……あまり関わり合いのない子どもに懐かれると戸惑うが、まぁいい。

「デイジー? どうした」

 小さな女の子を伴ってやってきた私を不思議そうに見つめるカール兄さん。

「ちょっと手を離すね」

 私は女の子に断って繋がれた手を解くと、空に向かって手を伸ばした。それを彼らはキョトンとした顔で見てくる。傍から見たら私の格好は間抜けそのものだろう。
 うまくできるといいけど…確かフレッカー卿はこんな呪文を唱えていた。
 目を閉じ、私の周りにいる元素たちに声をかける。

「我に従う元素たちよ…デイジー・マックが命じる。彼の者らに祝福を」

 キラキラと彼らの周りを光の粒が舞えば成功だ。私はパチリと目を開ける。…すると、さぁぁ…と軽く雨が降ってきた。
 ちょ、ちょっと待て! 式は屋外で行われてるんだ。雨に降られたら中止になってしまうじゃないか!
 サンサン晴れの天気に急な小雨。私が内心慌てていると、からかうかのようにさっと雨が止んだ。

「わぁ…! おっきな虹!」

 隣の幼女が歓声を上げた。
 大きな虹が空を彩る。私はそれを呆然と見上げて脱力した。違う、雨じゃなくて、祝福が欲しいの。

 ──ポン、ポポンッ
「きゃっ」
「!?」

 花嫁さんの悲鳴に私はギクリとした。
 結婚式の妨害をするつもりはないのに予想外のことが起きてしまう。私の心臓はもうバクバクです。
 私が恐る恐る花嫁さんを見ると、彼女の頭には色とりどりの…

「花…?」

 簡素なベールを付けていた花嫁さんの頭にティアラのように花かんむりが出来上がっていた。

「…土の元素…?」

 水の元素が雨を発生させて虹を作り、土の元素が花を咲かせたのか…? 私は元素たちを探すように宙を見渡した。当然目には見えないが。
 それに加えて新郎新婦の周りをキラキラと舞う光の粒。

「すごいすごい! おねえちゃんすごい! 今の何!? どうやったの?」
「えぇと、祝福の魔法…」
「すごーい! もっとやってー!」

 いや、もう勘弁して。

 お祝いに来た村人の視線がこちらに集中して背中が痛いの。後ろでザワザワしてるもの…
 悪気はなかったんだ。ちょっとキラキラ〜とさせて終わるつもりが…こんな大袈裟に…

 なんかフレッカー卿が見せてくれた祝福の魔法と違う…何が違ったの? 呪文違い? 私はどこで間違えた?

 私は虹の架かった空を見上げてボンヤリと現実逃避したのである。

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