太陽のデイジー | ナノ 帰省のお誘い

「たまにはうちにも帰ってきなさい。君にとってはここもあちらも実家なのだからね」

 兄上の言葉に私は気まずくなった。
 まぁそうなんだろうけど……

「ですが、私は自ら貴族籍を抜けた身ですし…」

 一般庶民の身分で気軽に帰れる立場じゃないんだよなぁと思うのだ。
 だけど彼にとっては瑣末事らしい。別に家から放逐処分されたわけでもないし、家の者は皆歓迎するからいつでも帰ってきてもいいと言うのだ。
 うーん、兄上はそうかも知れないけど、全員がそうとは言えないんじゃないかなぁと考えていると、彼から一通の手紙を差し出される。

「大巫女様から手紙を預かっていたんだ。君の身を案じている」

 一度会いに行ってあげなさい。と言われた。封筒の差出人名には彼女の名前。その文字は彼女の清廉な性格を表しているように美しい。

「大巫女様はお立場故に同じ年代の友人がおられない。貴族の令嬢たちとは気が合わないみたいでね…」

 えぇ? 私とはそこそこお話してくれたけどなぁ。そうだったのか。
 サンドラ様は元が貴族令嬢だと言うからひとりやふたりくらい気の合いそうな幼馴染の令嬢がいてもおかしくなさそうなのに。

「ラウル殿下からも君に顔を出すようにと伝言を預かっている」
「あぁ…サンドラ様のためですね」

 私が胡乱な表情を浮かべると、兄上はコクリと頷いていた。ラウル殿下の命令に従うのは癪だ。なんか気に入らない。
 サンドラ様直筆のお手紙は時季の挨拶から始まり、私の安否を気にする文が書き連ねてあった。そういえば……彼女と全然会っていない。

 手紙は終戦処理で目を回しながらバタバタしている期間中に一通だけ「無事です、生きてます。心配しないでください」と私から手紙を送っただけだ。今の私の住所とか何も知らせていない。
 シュバルツの戦勝パーティでも同じ会場に居合わせたはずなんだけど、顔を合わせる暇も話す機会もなく。私が貴族籍を抜けたり色々してたらあっという間に時が流れて…。
 わぁ私最低……流石に不義理がすぎるな。


 今の所、急ぎの出張の依頼はない。
 常備薬の作り置きは家に置いておく。薬が欲しい人は家まで買いに訪れるだろう。お会計などはお父さんお母さんに任せておけば問題ない。

「じゃあ行ってきます」
「早く帰ってこいよ」

 急遽ではあるが、私はフォルクヴァルツに一時帰省することにした。テオが寂しがっていたが、この帰省はお世話になったシュバルツの大巫女様へ挨拶に行く目的があることと、長居せずに戻ると言えば納得してくれた。
 出発の際に匂い付けをたくさんされたが、私は鼻が利かないのでよくわからない。見た目は抱き合っているだけなのだが、こうして自分の匂いをつけて、自分のものだって他の異性に牽制しているのだそうだ。

「テオ、あんたって子はもう…恥ずかしいねぇ…」

 お見送りに来てくれたお母さんは、念入りに匂い付けするテオに呆れ気味だ。
 私も恥ずかしいんだが、こうでもしないとテオは見送ってくれないだろうから耐えているんだよ。

「独占欲の強い犬っころだな」
「狼だって言ってんだろ」

 ルルから呆れた顔と声で小馬鹿にされると反射的に訂正してくるテオ。
 ルルはわざと言っているが、テオとしてはプライド的に否定しなきゃ気が済まないみたいである。

 フォルクヴァルツまでの移動はもちろんルルだ。ルルは頻繁にフォルクヴァルツ領とシャウマン領、そしてこの村を往復しているので空の旅にはすっかり慣れてしまった。各地で畑を耕して農作物を育てているルルはすっかり雑食性のドラゴンへと変貌してしまっているが、今日も元気そうだ。
 私はルルの背に乗るとテオたちに見送られながら旅立っていった。

 兄上は先に馬車で帰ってしまったが、先に到着するのはどちらであろうか。
 ルルに乗って上空をスイスイと優雅に飛行してフォルクヴァルツ領に入ると、私はまず慰霊碑のある広場に向かった。
 そこは静かで独特の空気が流れているが、誰かが毎日掃除をして花を入れ替えているため綺麗に整えられている。それをぐるりと見渡していた私は隣で待機しているルルに話しかけた。

「ルルはお祖父さんのお墓参りに行きたい?」

 老ドラゴンの血肉は骨や皮まで利用させて頂いているけども、一緒に暮らした思い出跡地に戻りたいとか思わないだろうか。

「必要ない。爺様はいつも私のそばにある」

 ルルはそう言って胸元に垂れ下がっている、牙のペンダントを握りしめていた。彼女には墓にはなんの意味もなく、今はお祖父さんの牙がそばにある。それだけで充分だと思っているのかもしれない。

 慰霊碑へのお参りを終えると再びルルの背中に乗り、空を飛んでフォルクヴァルツ城に向かう。
 地上には今日も盛況の青空市場が開かれており、私はそれを観察しながら通り過ぎた。

「姫様のドラゴンだ!」
「おかえりなさいませ、アステリア姫様ー!」

 数名が私とルルの存在に気づいて大声で歓迎の意を伝えてくれた。
 それはフォルクヴァルツ城でもそうだ。使用人たちは嬉しそうにお出迎えしてくれた。彼らは以前と変わらず慕ってくれるのか。今の私は平民身分の高等魔術師に戻ったのに。

「おかえり」
「おかえりなさいアステリア」
「…ただ今戻りました、父上、母上」

 使用人によって開かれた城の扉の向こうには両親が待ち構えていた。どうやら馬車移動中の兄上よりも私の到着のほうが早かったらしい。母上に抱きしめられ、私もぎこちなく腕を回す。優しくてあたたかくて、そのぬくもりに私は目をそっと閉じた。
 そこまで住み慣れていない城、出会って数ヶ月の人々なのだけど、私にはなんだか懐かしく思えた。



 散歩がてら城下町に下りると、領民が口々におかえりなさいと私に声を掛けてきた。
 今更出戻ってきたのかとか冷ややかな態度取られるんじゃないかなぁと思ったけど、意外とあたたかくお出迎えしてくれた。あちこちで貢ぎ物をいただくが、私の目的はそれじゃないのだ。ここを旅立つときに心残りだったあの店である。
 私がとある店舗を覗き込むと、秤で材料を計っていた人がハッとした顔をしていた。

「姫様! おかえりなさいませ!」

 フォルクヴァルツ城下町の臨時店舗は、教えを請うていた学生たちが薬販売を続けており、そこそこの売れ行きを記録しているそうだ。

「順調のようですね」
「いえそんな。姫様がいらした頃に比べたら…」

 私がここで営業していた頃は面白いもの見たさで立ち寄ってくる人もいたから盛況に感じただけだろう。そんな気にすることはない。

「シュバルツ国内の薬草の卸値に大きな変化はありませんか?」
「先のハルベリオン陥落作戦直後は少しばかり高騰しましたが、今は大分落ち着いてきました」

 そこはエスメラルダと同じだな。
 国内の魔術師や兵士だけでなく、裁判にかけられる敵陣営にも惜しみなく薬草が使われた。もったいないけど、正義の名の元で裁いて罪を贖ってもらう必要があったので仕方のないことだった。このせいで薬が手に入らない一般市民がいると思うとなんとも心苦しいものがあるが。

「アステリア様、そろそろお戻りになりませんと…」
「あ、はい」

 学生たちと薬屋に関する雑談をしていると、そばにいた護衛騎士に声を掛けられた。一般庶民になったはずの私は相変わらず護衛に付き添われて行動していた。
 私は戦闘がそこまで得意ではないけど簡単に誘拐されるほど弱いつもりもないのだが、両親は私のことが心配で仕方がないらしい。

 学生たちに別れを告げて店を出ると、フォルクヴァルツの空は赤く燃えていた。それは夕焼け。炎の色ではない。
 あたたかい暖炉の炎のように優しい色だった。


■□■


 前もってサンドラ様とお会いする約束を取り付けておいたので、後は身一つで会いに行くだけ。
 私は好き勝手に時間を過ごしてその時を待つだけ。好きなだけ本を読んでダラダラ過ごす。
 ──そのはずだった。

「さぁお嬢様、その手のものを一旦お閉じになられて、大人しく私共に身を委ねてください」
「……私は貴族籍を抜けた身分ですので、結構です」
「まぁ、それとこれとは別ですよ」

 じりじりと近寄ってくるメイドたちによって私は壁に追いやられてしまった。
 彼女たちの手には櫛だったり、何かの液体が入ったガラス瓶だったり、派手な羽根だったり……聞かずともこれから私が何をされるかを察することが出来た。身体を磨かれ、お姫様ドレスを着せられるのは変わんないらしい。
 やだぁ、逆戻りじゃないですかー。

「女神様の御前に行かれるから…」
「大巫女様に失礼のないように…」

 と言い訳されながら、私は彼女たちによってもみくちゃにされた。
 羽根はいりません差さないでください。できる限り可動域の広いドレスにしてください。いざというときに走れないと困る。止めてそれ以上化粧濃くしないで。
 あぁ苦しい。今回は物理的に息苦しい。あと重い。動きにくい。何度経験してもこれだけは慣れない。

 シュバルツの貴族女性の間で今流行だというデザインのドレスに身を包んでお化粧をされた私はフラフラになりながら、神殿に向かう馬車へ乗り込んだのであった。

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