太陽のデイジー | ナノ
陥落
フェアラートは捕まえた。
しかし。それで終わりではない。私達の目的はハルベリオン陥落。
最終目的はこの国の玉座に座る男である。
怪我の手当もそこそこに、私達はあちこち扉を開けて回った。
偶然居合わせて抵抗を見せてくる魔術師や兵士はいたが、フェアラート程の実力者はいない。そして腕っぷしは強いが魔法が使えない兵士が敵意を見せてきた場合は、それこそ魔法でおさらば願う。
探して、探して、扉や隠し部屋を探って回った。
「おい、獣人が捕らえられてるぞ!」
するとその途中で他国から拉致されたという獣人が雑に押し込められた狭い部屋を発見したと誰かが声を上げた。
全員が横になって眠れそうにない狭苦しい不衛生な部屋に押し込められていた彼らは食事もまともに取れていないようですっかりやつれていた。
話を聞くと彼らはグラナーダ出身だという。女神に見せられたグラナーダ襲撃の時に竜人以外にも拉致された人がいたみたいだ。抵抗できないように魔法のかかった手枷や足枷をつけられていたので、それらを壊してやる。
辺りを見渡して、私の気分は重くなった。拉致被害者の生き残りはいたけど……残念ながら、拉致された竜人は全員屠られた後だったみたいだ……。
「私達はシュバルツとエスメラルダの連合軍です! 早く、外へ逃げて。今この城は戦場になってる。安全な場所に逃げてください!」
城を落とすのは時間の問題だ。非戦闘員は外へ避難して欲しいと訴えると、彼らは少し戸惑いつつも言うことを聞いてくれた。
「お前ら! 勝手に何している!」
外へ避難させようと誘導させていると、敵兵士と遭遇した。
「我が眷属たちよ、我の声に応えよ!」
魔法を使ってもいいが、私の手は2本しかない。それに体力を温存しておきたいので、眷属にお手伝いをしてもらうことにした。
「なっ…狼!?」
私の影から現れ、目の前に出現した立派な若狼を目にした敵兵は驚いて後ずさっていた。この子たち体高が大きいからちょっとびっくりするよね。
「ジーン、メイ。敵兵が抵抗できないように見張っていてね。動いたら噛んでいいから」
一応条件をつけておいたけど、もう既に姉のメイがぐるぐる唸って今にも飛びかかってしまいそうである。弟のジーンの方はおすわりして待機姿勢を取っていた。
2頭の立派な狼に睨まれて兵士は固まってうろたえていた。
この城の中にいる敵兵は大分少なくなってきている。
負け戦と見ると、投降・逃亡しようとして逃げ出す敵が相次いでいるのだ。もちろん、どちらも外で見張っていた連合軍に捕縛されゆく運命であるが。謝って許されるわけがない。逃げることも許さない。
『グガァァァア!』
最後のひとりが避難していくのを見送っていると、どこからか聞き覚えのある唸り声が聞こえた。
誰だと思えば、元の姿に戻ったルルである。彼女は敵兵士を口に咥えてブンブン振り回していた。獲物を振り回している彼女の金色の瞳がランランと輝く。敵兵から流れる血に興奮しているようである。
「ルル殿、気持ちは分かるが、少し落ち着いてくれないか」
見兼ねたディーデリヒさんに止められるも、彼女はぐるぐると不機嫌に唸っていた。
『何故だ!コイツらは爺様を殺した奴らの仲間だ!』
「それは理解している……こういうのはすぐに仕留めずに、じわじわ恐怖を味あわせたほうがいいんだよ」
怒りで復讐に燃えているルルにディーデリヒさんは笑顔で残酷なことを言う。怖い。
……先程まで城のあちこちで戦闘が行われてたが、今では不気味なほどの静けさを取り戻しつつある。
先に離脱したフレッカー卿は危険な状態のため、転送魔法陣を使ってエスメラルダの王立病院に搬送された。大小問わず怪我人も続出していている状況。情報は入ってきてないが、死者も出ているかもしれない。戦争をしているのだ。決して無傷というわけにはいかないだろう。
ハルベリオン側だってそうだ。歯向かってきた敵と戦って、結果的にその生命を奪った。私は与えられた力で人を傷つけ、命を奪ってしまった瞬間を思いだしてガクッと気分が沈んだが、ここは戦場なのだと自分に言い聞かせた。
仕方ないのだ。いずれこうなっていた運命。自分たちが出向かわないと、また力を蓄えたハルベリオンが襲撃してくる。やるしかないのだ。
甘えを捨てろ、デイジー。私は国を守るために戦う義務があるのだ。たとえ自分の手を汚したとしても。
ボテッと目の前に意識がない敵兵が転がる。
虫の息状態である敵兵をペイッと吐き出したルルは、元の姿からヒト型に変化すると不機嫌そうにすんと鼻を鳴らした。
「…なんか腐ったニオイがしないか?」
苛ついていたはずの彼女は怪訝な顔をしてスンスンと鼻を鳴らして辺りを見渡す。金色の瞳を眇めて、辺りを警戒するように睨みつけている。
「ここに辿り着いた時からずっと生臭い匂いが漂っていたが……ニオイが変わった」
生ゴミが発酵したニオイだろうか。私は首を傾げつつ、ハルベリオン王を探すためにルルの手を引いて移動した。
『──地下室らしき出入り口を見つけました!』
ペンダントの通信機能から飛び込んできた報告に私の体中の血液がザワッとざわめいた。
これまで仲間と連絡を取り合いながら手分けして隅々まで探したが、王らしき姿は見つからなかった。部下を置いて逃げたのか? という声もあったが、地下室が存在したのか。
私達は城の中に戻り、所定の位置に行くと、何度か通った覚えのある廊下に報告者が待ち構えていた。
「ここです…」
石が乱雑に組み込まれた壁には趣味の悪い絵画があった。成人男性の背丈くらいの高さのある絵を2人がかりでずらすと、地下への階段が現れた。
こんなところにあったとは全くの盲点であった。どこまで続くかわからない闇が眼下に広がる。
私は深呼吸すると、火の魔法で辺りを照らす。意を決して足を踏み入れた。
「若様、姫様、我々が先を…」
「いい。私達が手を下すべきだ。…行こう、アステリア」
フォルクヴァルツの魔術師たちが危ないから先を歩くと申し出てきたが、それをディーデリヒさんがきっぱりと断った。彼から差し出された手を取ると、私は彼とともに階段を降り始めた。
階段は地下奥深くまで続いていた。
カツーンカツーンと硬い音があちこちに響き渡る。私達連合軍が石でできた階段を降りる音が反響する他に音はない。
それにしても臭い。私は襟巻きを持ち上げて鼻を覆い隠す。…カビ臭い…というよりも、なにか腐ったような悪臭が私の鼻でも察知できた。なんだろうこの臭い…生ゴミとかではないな……あれとは匂いがちょっと違う。
私はフッと嫌な想像をした。
予言で見た、竜人を殺害後解体して食べているあの光景を…。これは生ゴミじゃなく、人の腐敗した臭いなのではと。口には出さなかったけども。
地下の深部は空気も薄くなっているようで辺りの空気は淀んでいた。あまり長居したくない場所である。しばらく誰も声を出すこともなく階段を降り続けていたが、途中で階段は途切れていた。
その奥に、守りの硬そうな扉はあった。
「……合図をしたら突入するぞ」
下がれ、とディーデリヒさんが指示したので、私達は後ろに下がる。
彼はブツブツと呪文を唱えると、それを扉に向かって放つ。爆音を立てて扉が破壊されるとともに、瓦礫や衝撃波が襲ってくるが、事前に結界を張って防御しているのでこちらには何も被害はない。
地下空間で起きた爆発により、閉ざされていた扉は跡形もなく消え去った。
この先にいるのだろうか。すべての元凶が。
「突入ー!」
ディーデリヒさんの合図でその場にいた連合軍らと共に一斉に突入する。
突入してすぐに、私は違和感を覚えた。
「ヒィィッ!」
地下室の隠れ部屋の中には天蓋付きの大きなベッドがあった。部屋は薄暗く、蝋燭の明かりだけが頼り。そこでは医者らしき気弱そうなおじさんが腰を抜かして、医療用の道具を床に散らかしていた。…その他に人影はない。
窓のないその場所はどう見ても地下牢なのだが、無理やり住みやすい環境に整えられているように見える。
……この部屋に足を踏み入れた瞬間からあの腐敗臭がますます色濃くなって、気分が悪くなってきそうだった。
「私はシュバルツ王国、フォルクヴァルツ辺境伯が長子・ディーデリヒ! ハルベリオン王! 貴様のこれまでの悪行もこれまでだ!」
ディーデリヒさんはためらいなく部屋に足を踏み入れると、天蓋に覆われたベッド脇に近づいた。引きちぎる勢いで乱暴にカーテンを開けてそして……
ぎょっとした顔で固まったのだ。
「…ディーデリヒさん…?」
彼の様子が気になって、私は小走りで駆け寄る。しかし私の目は彼の手のひらに覆われて何も見えなくなってしまった。
「…アステリア、見るんじゃない」
そうは言われたが、一瞬見えてしまった。
ベッドに寝転がっていたのは、身体がドロドロに腐り落ちた、“人だった”もの。ベッドには漏れ出た体液が染み込んでおり、もうそれが生きていないことは目に見て明らか。
腐敗臭の原因はこれだったのかと納得した。
「…病だという噂は聞いていたが…」
私は目を隠されたまま、ディーデリヒさんによってその場から引き離された。
王が病気によって崩御したなら、仇討ちはもう出来ない。この場に長居しても仕方ない。あとは生きているものを捕縛して罪に問うだけだ。
側にいた医者らしき男を捕まえて尋問にかける為に動く人たちが走り回るそばで、誰かが「報いを受けたんだ」と吐き捨てる声が聞こえてきた。
ハルベリオン王が何の病気だったのかは知らない。医者の手には負えない難病だったのだろう。
……だからドラゴンの妙薬を求めて、ドラゴンを密猟しようとしていたのだろう。手に入らないと見ると最後のあがきで獣人狩りをして、竜人喰いなんか始めたのか。そんなことしても無駄だというのに。
人を陥れる黒呪術というものは存在するが、それとは別に人々の恨みが呪いとなって降り掛かった結果なのではないだろうか。
それほどこの国の王は人に憎まれすぎていた。
あぁ、私の運命をめちゃくちゃにした元凶はこんな終わり方をするのか。自らの手で仕留めることすら出来なかった。
跡形もなく腐り落ちた肉片。そこにはかつての残虐で評判な王の姿はなかった。
みんなみんなこんなものに怯えていたのか。
──その日、暴虐ハルベリオン王崩御の知らせとともに、ハルベリオン陥落の知らせがあちこちに飛び回ったという。
エスメラルダは元より、シュバルツのフォルクヴァルツではお祭り騒ぎとなり、私とディーデリヒさんは英雄扱いで本人不在のまま盛り上がっていたのだという。
スッキリしない終結だったのに、なんとも皮肉なことである。