太陽のデイジー | ナノ 場違いな愛の告白と因縁の襲撃

 突然、パッと目の前に現れた私の姿に、庭の手入れをしていた村の奥様が「ヒッ!?」と引きつった声を上げていた。
 私は彼女の腕を掴んで叫ぶ。

「おねがい、今すぐに避難して!!」

 目を丸くして固まる彼女をその場に残すと、私はドレスの裾を持ち上げ、地面を蹴りつけて駆け出した。
 なるべく人の多い場所に行って危険を知らせなければ。

「この村は襲撃される、今すぐに逃げて!」

 今までにこんなに大声を出したことがあっただろうか。私は必死に村のみんなに訴えかけた。

「私が残って阻止する、だからお願い、私を信じて避難して!」

 この村では異物の人間であり、他国の貴族の娘になった私の言うことなんか誰も信じてくれないかもしれない。
 だけどなりふり構っていられなかった。

「で、デイジー。お前さん一体どうしたんだ」

 私が村の真ん中で騒いでいることに異変を感じた住民たちがぞろぞろと外へと出てきた。戸惑った様子でこの獣人村の村長が声を掛けてきたので、私は彼に飛びついて危険を訴えた。

「村長! ハルベリオンの軍勢がこの村を襲撃しに来ます! 時間の猶予はありません、今すぐに避難を!」
「何…」

 正確な時間はわからない。予言で見せられた襲撃後の村は真っ暗だったので時刻はおそらく夜だ。
 燃える民家の中に血溜まりの彼らが転がっている姿……その側で乱暴を受ける若い女性獣人達の……。
 私はせり上がってきそうな胃液を飲み込み、息を吸うと、村長の腕に爪が食い込むほど握りしめた。

「女神フローラが私に予言を下されました。奴らは情け容赦なく貴方方を屠るでしょう。…お願いします。私を信じて避難してください。私が守ります。魔術師として、命を懸けて守りますから…!」

 私の訴えに息を呑んだ様子だった村長は一瞬判断に迷ったようだが、最終的に私の必死な様子を見て、頷いてくれた。

「…みんな、以前用意した地下壕に女子供から入っていけ。金品やある程度の食料を持って暫く籠もるように。他の村民にも知らせるんだ。急げ」
「村長!? 何を言って…」

 襲撃予告をにわかに信じられないのであろう、ぎょっとした村人が反論しようとしていたが、村長は迷いのない瞳でその村人を見つめて相手の反論を封じ込めていた。

「デイジーは嘘を付くような娘じゃない。贈り物持ちの娘だ。…今は信じよう」

 その場に居合わせた村の人たちはみんな半信半疑だったが、村長が指示を飛ばすと、渋々ながらも従ってくれた。
 以前、私がルルを保護したときに村長と副村長にはハルベリオンが還らずの森に入ってドラゴン狩りをしていた証拠を掴んだと説明をしていた。彼らはシュバルツ侵攻時の悲惨な現状を伝聞ではあるが聞き及んでいた。そのため、事前に何かあった時のために避難用の地下壕を作っておいたのだ。
 端から見たらわかりにくいように、巧妙に、頑丈に作った地下壕へ女性子どもを先に避難させる。その次にお年寄りである。

 意外とみんなキビキビ動いてくれた。私はホッとして辺りを見渡して…とある事に気づいた。

「──いない」

 彼は村にいる竜人の中でも特別気難しくて有名で、村の一員でありながら村人と関わるのを嫌って村の隅っこに家を構えている。
 もしかしたら、あちらまで連絡が届いていないのかもしれない。私は転送術を使って彼の家の前まで移動すると、閉ざされた扉を叩く。

「ギデオンさん! いますか!」

 どんどんと力いっぱい叩いていると、握った拳が痛くなったが構わず扉を叩いた。
 するとガチャリと内側に扉が開かれた。

「うるさいな…」
「捕縛せよ!」

 多分普通に言っても反発されるだろうから、問答無用で捕縛術を竜人のギデオンさんにかけた。そのまま文句を吐き捨てるギデオンさんを浮遊移動術で輸送すると、いくつかある地下壕の1つに放りこんだ。
 少々乱暴になってしまったが、謝罪は後でする。……私が、無事に生きていればの話だが。

「なっ…何をする! 突然やって来て挨拶もなしに!」

 ギデオンさんはお怒りであった。
 私のしたことは確かに非常識だ。だが、理由があってやったことだ。そして今は彼の文句を聞き入れる余裕すらない。
 私を怒鳴りつけてくるギデオンさんを睨み返すと私は大声で怒鳴り返した。

「いいですか、よく聞いてください! …これから、この村が襲撃を受けます。目的は竜人の肉です」

 私の言葉に、ギデオンさんだけでなく避難途中の住民たちの動きが止まり、周りの音が消え去った。ここには他の竜人も居ることだ。私はこれから起きることを簡潔に話した。
 怖いだろうが、何もわからず避難するよりはいいだろう。私は息を吐くと、説明を続ける。

「いまや絶滅危惧種のドラゴンから作られる秘薬の代わりにしようとしているんです。奴らの狙いはあなた方竜人です。隠れておとなしくしててください!」
「なっ、なにを、我ら竜人の肉を食べたとしても、妙薬のような効果は」

 それは私だって知っている。だけど相手はそうじゃない。実際にグラナーダの竜人達は……

「ハルベリオンに連れさらわれたら、もう助け出せない。向こうには魔術師もいる。…生きたいなら黙って隠れていて!」

 みんな言葉をなくしていた。
 避難途中の住民に早く入れと促し、地下壕の扉を締め、地下壕の出入り口の上に絨毯を敷いてわからないようにした。
 その場から離れ、他に避難しそこねた人はいないかと村を見回りしようと駆け出した私はクラリとめまいしそうになった。
 なぜなら、村の男たちが農具やら武器になりそうなものを携えて集合していたからである。

「なにしてるの!? 私は村人全員に避難しろって言ったよね!?」

 人を庇いながら戦う余裕がないから下がれ、避難してくれとお願いしているのに何故この人達は襲撃者を迎え撃つ気まんまんでいるのか。
 そりゃあ獣人は力が強いし、すばしっこい。農具であっても物によっては武器になるかもしれないけど、魔術師率いる軍勢相手じゃ無謀だよ!?

「心配するなデイジー」
「リック兄さん…」

 そこには父さんと2人の兄さんたちがいた。久々の再会がこんな形とは思わなかった。彼らまで大きなスコップとか鍋を持って構えている……リック兄さんが持ってるそれって、家畜の糞掃除用の……いやなんでもない。

「デイジーがすごい魔術師様なのはわかってんだけどよ」

 3軒隣の八百屋のおじさんが言った。

「女ひとりに任せるわけにはいかない」
「俺らは誇りある獣人だからな。自分たちの村は自分で守る」

 農具を持って言うセリフなのか……
 全員まとめて捕縛して地下壕に放りこむ余裕はない。魔力は温存しておきたいのに…血気盛んな獣人め…!

 軽く頭痛がしたが、仕方ないので私は譲歩した。
 多分彼らに避難しろと言っても聞いてくれない。獣人は頑なな部分があるから。長年住んできた私は分かる。お願いしても絶対に彼らは外敵と戦うつもりであろう。

「……約束してください。深追いはしない、守りに徹すると…」

 私は一瞬だけ気を抜いていた。もうすでに敵は近くまで迫っていたというのに。
 空気の揺れに気づいたのは直後。
 大きな、元素の変化を感じ取った瞬間、私はハッとして森の方を睨みつけた。

 ──ドゴォォォン!
 森側から地面を揺さぶるほどの爆音が鳴り響き、時間差で砂埃を含む強風が吹きすさんできた。

「我に従う元素たちよ! 結界を!!」

 ──バァァァン、ドォーン!!
 木片や石を含んだ強い爆風を伴って第二、第三の爆発を起こした。
 私の張った結界はあと一歩のところで間に合わず、ビシビシっと弾けなかった衝撃波がこちらへと襲ってきた。

「デイジー!」

 怪我してもいざとなれば自分に治癒術を掛ければいい。そう思って堂々と構えていたのだが、身を挺して庇う大きな体によって守られた。
 私よりも体温の高い大きな身体。私の脳裏に昔の記憶が蘇った。

「ぐっ…」

 相手の口から苦痛の声が漏れ出す。力なく膝をついた彼の背中はひどい有様だった。背中の肉が抉れるくらいの怪我。そこまで酷い攻撃波なのに、後で治せばいいやと考えていた私は少々覚悟が足りなかった。
 油断したら終わり、私がここで倒れたらおしまいなのだ。

「我に従う光の元素たちよ、この者を治癒し給え!」

 すぐさま、私を庇って負傷したテオの怪我を治癒魔法で治療する。私の治癒魔法はお高いのだが今日は特別だ。

「この馬鹿、アホ! 私のことは守らなくてもいい! あんたは自分の身を守りなさい!」

 何のために私が来たと思っている! 私は皆を守るためにわざわざ飛んできたのだぞ! あんたが怪我をしたら元も子もないだろう!!
 私が叱ると、テオはムッとした様子で言い返してきた。

「好きな女を守れない男は男じゃない! 俺にだってお前を守る理由があるんだ!」
「は…?」

 叩きつけられた言葉に私は呆然とした。
 好きな女…? 私を守る理由?
 何を、言っているんだ…
 私とテオは沈黙したまま見つめ合っていた。テオの瞳から目をそらせず、私は次の言葉を紡げずにいた。

「ふたりとも! 今は愛の告白をしている状況じゃないぜ! 森の奥から人影が!」

 リック兄さんの慌てた声に私は我に返ると、テオから離れて戦闘準備に入った。今から戦いがはじまると言うのに、私の頬は火がついたように熱かった。
 私は弱くないのにあんた馬鹿じゃないの。なんでいつも私を守ろうと体を張るのよ。……好きとか、そんな事今まで言わなかったくせに。
 あんたには運命の番がいるじゃないの。…私はあんたとは一緒になれないのに。

 頭をブンブン振って思考を振り払うと、前を見据えた。
 森から出てきた人間たちの正確な数はわからないが、100人程度といったところか。攻め入ったにしてはそんなに数が多くないのは、魔術師を引き連れているからであろう……魔術師の正装であるマントを着用した男は、背後に軍勢を率いるかのように馬に乗ってやってきた。

 私は攻撃波から村を守るように結界を張ると、前に一歩足を踏み出す。いつでも防御と攻撃をできるように身構えた。
 ……相手は自分の父親世代と同じくらいの年かなと思っていたのだが、近くで見た魔術師の男の姿は老けて見えた。
 その男は、私が村を守るように立っているのに気づくと一瞬眉をひそめていた。

「…獣人の村に貴族の娘か……お前、どこかで見た顔だな」

 その言葉に私は怪訝な顔をした。
 私はハルベリオンの魔術師と会った覚えがない。市井に出回っている私の姿絵とやらを見たのであろうか。
 そう思ったのだが、そうではなかったらしい。

「そうだ、マルガレーテだ。…小賢しい女だった」

 マルガレーテ。その名は私の実母、フォルクヴァルツ夫人の名である。私の顔はますます怪訝なものになる。何故この男は夫人の名を知っているのか。

「わかったぞお前、あの時の赤子か」

 ニヤリと笑った男の瞳は仄暗い水の底を見つめているかのように濁っていた。憎悪と殺意を煮詰めたような色で私を見ている。

「死んだと思っていたのに、生きていたんだな」

 その言葉だけで、目の前の男が私の生い立ちの謎を知っている人物なのだと確信した。

「あの時、縊り殺しておけばよかった」

 ──もしかしたら、私がこの村に辿り着いた原因の1つなのかもしれない。

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