お嬢様なんて柄じゃない・番外編 | ナノ
大学生活編
君だけには最後まで信じて欲しいのに



「慎悟…」

 すれ違いざま、しっかり目が合ったと思ったのに慎悟は黙って通り過ぎていった。
 あれから土日挟んで3日経過した。大学内で会っても、私が存在しない者のように接するし、連絡にはもちろん応答してくれない。

「慎悟様、ようやく悪夢から覚められたのですね」
「私はあなた様の味方ですわ」
「だから私は申しました、あの女はやめておけと」

 ここぞとばかりに加納ガールズが彼の周りを固めて、こちらを嘲笑してくる。事情も知らないのにこっちが悪いみたいな言い方をして貶してくるんだ…

 相手が話す気がないならこちらとしても手も足も出ない。慎悟は怒ると、こういう風にだんまりになるところがある。私と慎悟が付き合う前にも何度か同じことがあったけど……今回ばかりは原因が原因なので私も弱ってしまった。


 大好きな部活の時間も私は覇気なく活動していた。バレーに集中したいけど頭によぎるは慎悟のことなのだ……

「エリカ…大丈夫だよ、加納君はきっと頭を冷やしてるんだと思う」
「そうです、きっとほとぼりが冷めた頃になれば話をしてくれるようになりますよ。その時しっかり弁解したらきっと理解してくださるはずです」

 私と慎悟の間の異変に気づいたぴかりんと阿南さんには事情を話している。喧嘩の原因を話したら2人は災難だったね、と優しい言葉を掛けてくれた。
 友人たちは私を信じてくれるのに……どうして慎悟は信じてくれないのだろうか…。私は浮気なんかしてない。する気もない。
 他の男に抱きしめられるのは気持ち悪くて怖かったんだ。……怒るんじゃなくて、「怖かったな」って言って優しく抱きしめてほしかったのにな……

「二階堂さん」

 その声に私の肩はピクッと揺れた。
 しかめた顔そのままに振り返ると、そこには例の先輩がいた。

「婚約者とあの後喧嘩になったんでしょ? ごめんね、悪気はなかったんだけど」
「……彼女にされて嫌だったことを、よくも出来ましたね。嫌がっている女相手に悪気はなかったってよくも言えますねっ!」

 彼女のことを罵倒していた口がよく言えるわ…! 言い方からして気に入らない。私の中で敵認定である。
 怒りに任せて、持っていたバレーボールをぶん投げてやる。

「エリカ!」

 ボコッと相手のお腹にぶつかったバレーボールがてーん、と体育館の床に跳ねた。
 ぴかりんが慌てて私を止めるが、私は相手を睨みつけて怒鳴ってやった。

「ふざけんな! あんたのせいで慎悟はひどい誤解をして、私と話をしてくれなくなったんだぞ!」

 ──なにが悪気がなかっただ。
 そんな言い訳で納得するわけがないだろうが!

「エリカ、落ち着いて!」

 私の世界の中心は今や慎悟なのだ。彼にしっかり依存してしまっている自覚がある。…彼がいなきゃ私は崩れ落ちてしまいそうになるのだ。
 どうしてくれるんだ。…私が何をしたというんだ。

 感情が高ぶった私が吠えると、暴走を恐れたぴかりんが拘束するように抱きしめてきた。今の私よりも背の高いぴかりんがハグをすると、彼女の首に顔を埋める形になる。背が高くバレーで鍛えているとは言ってもぴかりんは女性だ。…慎悟とは違う。慎悟はこんなに柔らかくない。
 なのに慎悟の腕を思い出してしまう私はよほど重症みたいだ。

「落ち着いて、大丈夫だって。どうどうどう」

 ポンポンと背中を叩かれながら落ち着けと言われるが、この男の顔を見るとイライラが湧き出すんじゃ! ふんすふんすと鼻息荒く怒っている私を抑え込むぴかりんはさしずめ調教師か。馬じゃないんだからどうどうどう言うな。

「…謝れば済むと思えば大違いですわ。目障りです、さっさと消えてくださいな」

 阿南さんがピシャリと先輩に冷たく吐き捨てていた。
 それに先輩がごちゃごちゃ言っていたみたいだけど、他の人がその人をどこかに連れて行ってくれたみたいだ。

「自分がされて嫌だったことを平然とする人間なんて底が浅い証拠ですわ」
「どうせエリカを世間知らずの気弱なお嬢様だと思って軽い気持ちで近づいてきたんでしょ。あの人大学からの外部生だし、加納君とエリカが仲良いのを全然知らなかったのよ」

 阿南さんとぴかりんの会話を聞いているうちに少しだけ冷静になったけど、依然として私の気持ちは落ち込んだままだった。

 私は慎悟に嫌われてしまったんだ。軽蔑されちゃったんだ。あんなにも私を大事にしてくれる彼を失いそうになっているんだ。

 ……信じてほしかったんだ。
 他の誰も信じてくれなくとも、慎悟にだけは信じてほしかったのに。


■□■


「加納君と喧嘩したんだって?」
「……わかってるくせになんで聞いてくるの」

 同じ学部の奴とは講義時間がかぶる。
 ここ数日、私と慎悟は離れた席で別々に講義を受けているのだが、その隙を狙ってサイコパスが隣の席に座ってくるのだ。
 席移動したいけど、講義始まっちゃったので我慢する。

「だから苦労するよって言ったのに。加納君って心狭い所あるから」
「あんたと一緒になったほうが苦労すると思うけどね」

 毎日がサイコスリラーは御免こうむる。
 それに慎悟は心が狭いのではなく、私が大好きすぎて嫉妬しちゃうだけなのだ……今回のは完全なる誤解だけど……。
 講義なのに私は全く集中できなかった。隣の上杉がヒソヒソ声かけてくるのが鬱陶しいってのもあったけど、上杉が隣にいるのに心配する素振りもない慎悟にもやもやしていたのだ。
 振り向くくらいしたらどうなのよ……。


 講義を終えた私は帰宅準備をした。女子バレー部の部長に今日の部活は休みなさいと言われたからである。腑抜けな私のままでは士気にも関わるってことであろう……情けない限りである。

「珍しいね、部活休みなの?」
「うるさい上杉、ついてくるな」
「お茶に行こうよ、帰りも送ってあげるから」

 嫌だよ、あんたの家の車に乗ったら二度と家に帰れなさそうじゃない。 
 速歩きで歩いているのに横並びしてくる上杉。コンパスの差が憎い。横目で睨みつけると、底が見えなさそうな笑顔を向けられて悪寒が走った。
 
「笑ちゃん!」

 その声に私はピタリと足を止める。
 数歩先にスーツ姿の長身の男性が立っていたからだ。温和で親しみやすいフツメン顔の彼は……

「ユキ兄ちゃん!」

 すっかり大人になった彼は今や社会人。優しい笑顔で微笑みかける。

「良かった、まだ大学にいて。メッセージ送ったけど返事がないからもしかしたら帰ってるかもと思ったけど…」
「えっ…さっきまで講義だったから見てなかった。ごめん」

 ううん、いいんだ、と笑うユキ兄ちゃんは相変わらず元気そうで安心した。…しかし、ユキ兄ちゃんはなぜここにいるのか…就職先は隣市の端っこのはず……
 彼は持っていた紙袋から一通の封筒を取り出したのだが、はた、となにかに気づいた様子で目を瞬かせた。

「あ…ごめん、友達と一緒だった?」
「友達違う、これストーカー」

 ユキ兄ちゃん、その誤解はだめだ。危険過ぎる。
 こんな奴友達じゃない。話したことあるでしょ、エリカちゃんマニア凶悪ストーカーの存在。

「ひどいなぁ、そんなひどい紹介の仕方なくない?」
「うるさい変態。帰れ」

 シッシッとあしらうと上杉は肩をすくめていたが、ユキ兄ちゃんから「ごめんね、個人的な話があるから外して欲しい」とお願いされると、ため息を吐いて大人しく帰っていった。
 知らない大人相手には静かに引くのか。いつもこうやって簡単に引いてくれたら私も楽なんだけどな。

 上杉が離れたのを確認すると、ユキ兄ちゃんは持っていた白い封筒を私に差し出してきた。ユキ兄ちゃんが手渡してきたのは結婚式の招待状だった。

「営業周りで近く通ったから来たんだ。元気かなって思って。…それと、今度彼女と結婚することになったんだ」

 その言葉に私は目を丸くした。
 彼女、ユキ兄ちゃんの彼女。…あの運命の日、初恋に気づき、失恋したあの日、彼らの口づけのシーンが脳裏に蘇った。
 ──そうか、結婚するのか。
 おめでたいことなんだが、大好きなお兄ちゃんが別の人のものになってしまい、家族じゃなくなってしまうような気分になって寂しくなった。

「これを笑ちゃんに直接渡したかったんだ。友人枠での招待になるけど…。慎悟君と一緒に来てほしいな」

 ユキ兄ちゃんはきっと彼女さんとの結婚を待ち望んでいたのだろう。ワクワクしているのが見てるだけでわかる。

「笑ちゃんにお祝いしてほしいんだ」

 憑依して別人の身体にいる私のことを今でも妹のように可愛がってくれるユキ兄ちゃん。
 私はそのお願いに快く頷く。

「うん、もちろん喜んでお祝いに行かせてもらうよ。……だけど慎悟はいけないかも」

 行こうと誘ったところで来るどころか無視されて終わると思う……
 私ががくりとうなだれると、ユキ兄ちゃんは眉を八の字にさせて困った顔をしていた。

「やっぱり忙しいかな?」
「そうじゃないの…」

 慎悟を怒らせてしまって、口を利いてもらえない状況なのだ。と説明すると、ユキ兄ちゃんは首を傾げていた。
 その説明だけでは、へそ曲げた慎悟が子どもみたいにいじけているように聞こえる。なので仕方なくこの間起きた事件と誤解について説明していると、あら不思議。
 泣く気はないのに涙が溢れてきてしまったじゃないか。

 私の泣く場所は慎悟の腕の中と決まっていたのにな。
 ユキ兄ちゃんの優しい、全てを受け入れてくれそうな雰囲気に心許して私はべそべそ泣き始めてしまったのである。


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