お嬢様なんて柄じゃない・番外編 | ナノ
大学生活編
間接キスとペロと嵐と。


「ワフッ」
「おーペロ、よしよしよし」

 私は一月ぶりに愛犬と感動の再会を果たした。
 実家に会いに行くのがどうしても不定期になってしまうが、いつ帰ってもペロは全力で出迎えてくれる。待っててくれる存在ってありがたいよね。
 今回は珍しくペロの方から会いにきてくれた。何もペロが一匹でここまで走ってきたわけじゃない。親友の依里が私の顔を見に行くついでにペロを一緒に連れてきてくれたのだ。

 そしてここは英学院大学部敷地内の公園だ。英学院が所有する敷地内なのだが、一般の人が散歩をしていたり、ベンチに座って読書をしていたりする。そしてこの公園の隣には英学院大学部の立派な建物がそびえだつ。それを見上げた依里は大学を眺めながら息を吐き出した。

「高校もすごかったけど大学もすごいね。さすが英学院」
「中に入って見られます?」
「ううん、今日はペロがいるからやめとく」

 慎悟の誘いに依里は遠慮してみせた。大学ってやっぱりペット禁止だよね…
 …しかし違和感がある。慎悟ってば私には最初からタメ語なんだから、依里にもタメ語使ってくれなきゃ…。私には一度も敬語を使ってくれなかったのに…!

「ワフッ、ガフッ」
「…ペロたん、遊びたいか、そうか」

 ペロが私にボールを押し付けてくる。お前は素直で可愛いやつだな。
 何度か敬語を使ってみてくれとお願いしてみたが、慎悟は眉をしかめて「今更だろ」と拒否したんだ…! なんでだよ、私には敬語を使うに値しないっていいたいのか!

「とってこーい!!」

 私は虚しさを誤魔化すために、思いっきりペロ用のボールを投げた。そうするとペロはシタタタタ、と足音を立てながらそのボールを追いかける。

「大学楽しそうだね。笑が経営学部に進学するって聞いて耳を疑ったけど、頑張ってるみたい」
「相変わらず毎日バレーばかりしてますけど、彼女は彼女なりに頑張ってますよ」
「笑からバレー取ったらびっくりするくらい情緒不安定になるでしょ?」
「そうなんですよ。人のことは気にするくせに自分の不調の時は無理をして……」

 なんか褒められているのか貶されているのかわからない会話してる……私以外の話題はないのか。
 ちょっとくらい褒めてくれてもいいと思うんだけどな。

「フスッ」

 私にお腹を撫でられてご満悦なペロ。そのポンポコリンなお腹に顔を埋めてぐりぐりすると、ペロはグネグネ抵抗していた。
 あぁ可愛い。食べちゃいたい。どうして君はそんなに可愛いのか。その可愛さはもう罪の領域である。
 ペロを抱っこすると、二人のもとに近づいた。

「みてみて、美味しそうなもも肉」

 毛艶は良く、しっかり筋肉のついたその足。色からして美味しそう。ペロのぷりぷりしたお尻を撫でながら愛犬を自慢すると、慎悟と依里は私の飼い主バカ加減に苦笑いしていた。
 ふと疑問に思ったのか、慎悟はペロを見て首を傾げた。

「俺は犬種に詳しくないんだが、ペロは何犬なんだ?」
「雑種だと思うよ。元は迷い犬なんだ」

 小型犬と中型犬の間くらいの大きさのペロ。色んな犬の特徴を持っているんだよね。洋犬と和犬が混じってる感じ。
 彼はある日突然私の目の前に現れたのだ。

「中学のときにね、学校近くで出会ったの」

 薄汚れた野良子犬。人々は面倒事は勘弁とばかりに彼を避けて歩いていた。ペロはうつむきがちにトボトボ歩いていたのだが、通りすがりの私と目が合うと、しっぽを振って近づいてきたのだ。
 ペロは人懐っこかった。私はひとしきり撫で回し、さんざん愛でた後にお別れをした…のだけど、その後ろをついてきたのだ。
 私は何度か「連れて帰れないの」と言ってみたが、ペロはついてきた。その瞳が寂しそうで置いていかないでよって言っているようで……

 ペロを家に連れて帰った時、親には最初飼うことを反対されたけど、すぐにペロの魅力に陥落したよ。一応迷い犬として警察や動物病院に届け出したけど、誰からも連絡が来なかったので、めでたく我が家のアイドルになったのだ。

「ヒエラルキーは私がトップで、お父さんが最下位なんだ」
「そんな胸張って言うことか?」
「ワウッ」

 地面に下ろされたペロは慎悟の足元に近づくと、二本足で立ち上がり、伸びをするように前足で慎悟の膝を擦っていた。何か要求しているようだ。慎悟はペロと視線を合わせようとしゃがみ込み「どうした」と問いかけている。
 動物を飼ったことないという慎悟だが、ペロにメチャクチャ懐かれてるな。
 ペロは慎悟を見つめ、前足を掛けてよじ登ろうとする仕草をしてみせたので、慎悟はペロを抱き上げた。
 べろべろべろ…

「……」
「あっついベーゼだね。大丈夫、浮気にはカウントしないよ」

 ペロから熱烈なキスを受けていた慎悟は首をのけぞらせていたが、ペロはお構いなしに慎悟の顎をペロペロしている。
 何度かペロペロ攻撃を受けているのに、ペロに要求されるがまま抱っこしては再びペロペロされる慎悟よ、学ばないな。私と依里はその微笑ましい光景を笑って眺めていた。

 ──ドサドサッ
 穏やかな時間を妨害するかのような音。
 地面に物が落ちたようなその音に私達は振り返った。

「な……なんて羨ましい……!」
「……巻き毛」

 そこにいたのは、自称・慎悟の花嫁候補として自分磨き中の巻き毛・櫻木である。最近ようやく巻き毛の名字憶えたんだ。まさかこのタイミングで遭遇するとは…やっぱり大学前だと人と会っちゃうか。

 彼女はわなわな震えながら、ものすごいおっかない顔をしていた。その視線はいつもなら私に注がれるのであるが、今回は違った。

「犬畜生めが!!」
 
 なんと、慎悟の腕に抱っこされたペロの首根っこを掴んで引き剥がしたではないか!!
 
「ギャウッ!?」
「可愛い可愛いペロになんてことを!!」

 ペロが悲鳴を上げている。やめてくれ、乱暴はよしてくれ!
 あまりにも乱暴な行動に私は非難の言葉を投げかけた。しかし巻き毛の意識はペロに集中している。

「おい櫻木!」
「間接キス…慎悟様とキス……」

 巻き毛の不気味な呟きに、叱責しようとした慎悟はビクッと肩を揺らしていた。
 小学生時代から一緒にいた過激派加納ガールズ。きっと彼らはお互いを知っているはずだ。そこそこ理解しているはず……なのだが、その発言には慎悟もドン引きだったようである。

 巻き毛の呼吸は荒かった。
 慎悟との間接キスを狙って、巻き毛がペロとチューしようとするが、前足でぐいっと頬を押し返されてペロに嫌がられていた。

「ウゥーッ! グルルルル…」

 ペロが鼻にシワを寄せ、唸る。
 いつも天使なペロが怒っている。それに静観していた依里が一言。

「すごいシワマズル…ペロ嫌がってるね」
「……やめろ、櫻木」

 巻き毛の勢いに引き気味だった慎悟だが、ペロが可哀想に思えたようで、巻き毛からペロを奪還してくれた。
 地面に降り立ったペロはブルブルと身震いしている。巻き毛に向けて「ヘッ」と吐き捨てると、ぷいっと顔をそむけ、私のもとに駆け寄ってきた。

「あーペロォー! 痛かったねぇ怖かったねぇ」

 私はペロをワシワシ撫で回した。ペロは「痛かったの、怖かったの」と訴えているようで、私は彼の恐怖などを想像すると胸が張り裂けそうだった。

「巻き毛! ペロをいたぶり、唇を奪おうとしたこと、絶対に許さないからね!!」
「元はと言えばその犬畜生が慎悟様の唇を奪ったのが悪いのでしょう! 私はまだ夢の中でしか慎悟様とキスが出来ていないのに!!」

うん、恋する人間ならそんな夢を見ることもあるだろうけど、本人目の前にして言うのは…間柄を考えて言ったほうがいいと思うよ。

 見てご覧、慎悟が気まずそうに目をそらしているじゃないか。どんな反応したらいいのかわからないんだろう、可哀想に。


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