お嬢様なんて柄じゃない | ナノ さようなら、皆さま。ハロー、新しいわたし。

地獄に咲く花【加納慎悟視点】




 ──死の間際くらい、彼女が迎えに来るのではないかと期待していたが、お迎えは来なかった。
 そうだよな、彼女は来世でバレーに恵まれた人生を約束されたと言っていた。嬉々として転生してしまっているだろう。

 昼寝をするように永遠の眠りについた俺は、気がつけば真っ暗な世界に1人佇んでいた。
 とりあえず前に進もうと長いこと歩き続けていると、川に差し掛かる。そういえば彼女が言っていたな。ここで生前の罪の重さを測られるとかなんとか。……本当にあったんだな、地獄。
 諸々の手続きを終えると、俺は橋を渡りきり、対岸にたどり着いた。


「ゴジ○が来たぞー!!」

 その元気な声が聞こえたのは、偶然だった。
 …初めて聞く声だ。そのはずなのだが、妙に惹かれた。
 河原には石積みをする幼子たちがたくさんいた。その中でも一際小さな子どもを抱き上げた“彼女”は、俺が身近に感じていた記憶の彼女ではなく、一度も会ったことのない元の姿。
 若々しい、17歳の姿のままである彼女は年端も行かぬ小さな子どもをおんぶして、鬼から逃げていた。

 俺はそれを片隅でぼんやりと眺めていた。
 そういえば、彼女は一度あの世に送られた際に地獄で大暴れしていたと言っていたな……嘘とは思っていなかったが、現実味がなかったので彼女の夢の話だと思っていた……

「ほんっとにお前何なの!? 82のババァがこんな元気に走れるわけがないだろうが!!」
「だって肉体と魂は別物なんだもん! 老けないのは私のせいじゃないよ!」

 彼女は会話しながら、鬼が振るう金棒を慣れた動作で避けていた。金棒が地面にめり込み、地面はボコボコに変わり、砂埃が立つ。…あれが身体にぶつかってしまえば、ひとたまりもないだろう。

「がんばれー!」
「逃げろ逃げろー!」

 見た目は地獄の呵責だが、亡者側がヘラヘラしているので全く恐怖を感じない。子どもらも同様で、呑気に彼女を応援している始末だ。
 元気に笑って、周りを明るくさせている。
 あぁ、彼女は間違いなく俺の妻だなと脱力していると、ふと、彼女が首を動かしてこちらに視線をよこした。俺と目が合った彼女はあの笑顔を浮かべた。いつも隣で見ていたあたたかい笑顔を。
 彼女は背中に乗せていた子どもを地面に下ろすと、小走りでこちらへと駆けてきた。

「慎悟!」
「…また、子守でもしていたのか?」
「慎悟を待っていたの! 慎悟の裁判が全部終わったら一緒に転生の輪に入ろうと思って!」

 彼女の言葉に、俺は目を丸くしてしまった。
 だけど彼女らしい理由だと笑ってしまった。……俺が笑ったのは。いつぶりだろう。彼女の容態が急変してからは自分が笑った記憶がない。
 ……今になって息子たちには色々世話を掛けてしまったなと不甲斐なく思う。

「うん、老けたね」

 俺をまじまじ見つめてきた彼女は、満足げにうなずいていた。
 …長生きしろと彼女が言うから頑張ったけども、100は超えられなかった。彼女のいない生活は寂しすぎて耐えきれなかった。
 だが、彼女も俺を置いて先に逝ってしまったのでお互い様であろう。

「…あんたは変わらないな」

 写真でしか見たことのない彼女が目の前にいる。女性としては長身の彼女と俺はほぼ目線が同じだ。
 派手ではないが、目鼻立ちの整った顔立ち。自分の予想通り、着飾るとさぞかし美しくなったであろう。顔は小さく、肌は透き通るように白かった。
 容姿も性格も、彼女と“二階堂エリカ”は正反対。
 だけどこの表情を見ただけでわかる。この人が自分の愛した人、最愛の妻であると。

 …ずっと、本当の姿の彼女に会ってみたかった。だが、彼女は亡き人。肉体は滅びてしまったあとだったので、その希望は叶わないと思ったけれど……

 己の肉体は死したはずなのに亡者同士だからか、彼女をこの腕に閉じ込めると確かな感触があった。そのぬくもりを二度と離したくなくて、抱きしめる腕に力がこもった。
 会いたかった。ずっと会いたかったんだ。

「なになに? 泣いているの?」
「……やっと、笑さんをこの腕に抱きしめることが出来た」

 彼女が俺の背中に手を回し、死に装束の着物を握りしめた感触がした。 

「…それは、こっちのセリフだよ…!」

 もう離れたくないと小さく呟く彼女の声が聞こえた。たまらなくなって喉の奥から熱いものがこみ上げてきそうになった。

「やっと待ち人来たか……旦那がこっち来たなら、とっとと用事済ませて転生の輪に入っちまえ」

 水を差すようにして、先程まで笑さんと攻防を続けていた鬼が口を挟んできた。彼が話に聞く【ゴ○ラ鬼】か。
 俺は見慣れない鬼に少々畏怖を感じていたが、笑さんは恐れる素振りを微塵も感じさせずに、親しげにその鬼へと話しかけていた。

「うん、もう行くね! ゴジ○鬼、お世話になりました!」
「もう戻ってくんなよ!」

 シッシッと犬猫をあしらうような仕草で追い払おうとしているが、その表情は安心しているようにも見えた。……散々振り回されたんだろうな、彼女に。

「ゴジ○鬼のことはおれたちに任せとけよ!」
「お子様がなーに偉そうな口叩いてんだ!」
「いてぇ! 暴力反対! そんなんだから彼女できねーんだよ!」

 ゴチッと鬼にげんこつされた男児が反抗的な態度を取ると、苛ついた鬼に追いかけ回されていた。賽の河原で鬼に追いかけられる。文字にしたら恐ろしいのに、子どもは鬼ごっこをしてるかのように喜んで逃げている。
 自分が想像していたよりも地獄という場所は賑やかな場所みたいだ。

「バイバイ! 元気でね!」
「私も地蔵菩薩が迎えに来たらすぐ転生するね!」

 笑さんの周りにいた子どもたちが別れの挨拶をすると、彼女は子どもたち一人ひとりにハグしていた。

「バイバイみんな! 元気でねー!」

 笑さんは大きく手を振って彼らへ別れを告げると、俺の手をしっかり握って元気よくその場を後にした。



 俺は笑さんの案内で第一の裁判・秦広王による死後の裁判を受けた。順番に裁判を受けていく仕組みらしい。
 笑さんはすっかり顔なじみで、どの裁判所も顔パスで通過していた。どれだけ地獄に馴染んでるんだこの人はと脱力したが、エリカに憑依した後もなんだかんだあの環境に馴染んでいったので、彼女の元々の気質なのであろう。

 日本の仏教の考えによれば、最後の裁判にたどり着くまで49日とされている。そこでこの後の行く先が決まる。…49日は長いなと感じたが、ずっと隣に彼女がいたので苦ではなかった。
 地獄にいるというのに、笑さんはいつもニコニコ笑っていて、まるでここが現世なのではないかと錯覚してしまうくらいで。ここへ遠足にでもやってきたような気分だった。
 彼女は俺の手を握って決して離さなかった。
 
 
「そなたの生前の罪に対する判決を言い渡す。情状酌量を鑑みて、遺族の手厚い供養を加算した上で、このまま輪廻の輪に入ってもらうこととする」
「…ありがとうございます」

 閻魔大王から判決を言い渡された俺の肩の力が抜けた。無意識に緊張していたようだ。
 これで……転生の輪とやらに入って、俺は俺でなくなってしまうのか。隣にいる笑さんを見て、俺は少し泣きそうになった。
 
 彼女を幸せにすると決めていた。……だけど、幸せにできたかは自信がない。
 長い人生だ。ずっと順風満帆だったわけじゃない。幸せなこともたくさんあったけど、大変だった時期もある。彼女には沢山苦労をかけた。
 ──なのに、彼女はいつも隣で笑っていた。大変なことが起きたときですら、どんと構えて俺の背中を叩いてくれた笑さん。
 だから俺は頑張ってこれた。俺が彼女を幸せにしたんじゃない。彼女が俺を幸せにしてくれたんだ。
 彼女がそばにいてくれたから、何でも乗り越えられた。

 こんな時ですら隣にいてくれる、優しい妻。
 だけどもう俺は加納慎悟ではなくなり、彼女という存在も消えてしまう。また別の新しい命として生まれ変わってしまうのだ。


 人の列のその先には光り輝く扉がある。そこが終わりの場所。
 転生の輪の列に並んで、光の差し込む扉に一歩、また一歩と近づいていくと、なんだか怖くなってきた。彼女には俺の不安がバレバレだったのだろうか。幼子に言い聞かせるように優しい声でささやいてきた。

「大丈夫、怖くないよ。私たちという命が終わって、まっさらになった魂となってまた新たに生まれ変わるけど……この世で私と慎悟が出会ったことは紛れもない事実なの」

 光に照らされた彼女の笑顔は綺麗で、だけど見ていると切ない感情に駆られた。
 まだ離れたくない。この手を離したくないと。
 すると彼女はぎゅうっと俺の手を握りしめてきた。若いままの彼女の手が、老いた俺の手をしっかりと握って離さない。

「それにもしかしたら、偶然再会するかもしれないでしょ! 運命の赤い糸で繋がっているかもしれないじゃない!」

 ……彼女が、そう言うならそうかも知れない。
 
 光が身体を照らす。

 俺と彼女は最後の瞬間まで手を離さないで、その光へと吸い込まれていった。



 叶うなら、もう一度。
 …君と巡り会いたい。



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mokuji
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