あなたの
「鬼伏さんって、あんまり笑わないんだね」

父の運転する車の助手席で、ニコは小さくため息をついた。
食事はとっても楽しかったけれど、ニコの中で違和感が胸を占めている。
今までテレビで眺めていた椋亮はキラキラ輝く清々しい笑みを浮かべていた。
実際に会ってみれば、礼儀は正しいがどこか冷たく、壁を感じるような、そんなイメージを印象に持つ人だった。


「椋君ね、撮影以外はあんな感じだよ。あんまり話さないし笑わないけれど、彼なりにニコと一生懸命話そうとしていたよ」

「うん…。すっごく緊張したから、全然しゃべれなくって。…この後もずっと話せないかも…」

「ニコちゃん、緊張しいだもんね。でも椋君はニコちゃんのこと嫌いになったりしないから大丈夫だよ」

「そ、そんなこと…っ、おこがましくて、考えらんないよ」

ぎゅっと両手を握り、亮佑を思い出す。
キラキラの笑顔を浮かべてなくても本当は優しくて、暖かい人だって感じた。
ニコの心の中は、亮佑でいっぱいになる。


「かっこよかったな…」

目を瞑れば思い出す、一回だけ見れた微笑み。
ぎゅっとニコの心臓を掴んで離さなかった。


「ニコちゃん、椋君と会えてよかったね」

「うん…。嬉しいよ、ずっと憧れてたから」

携帯を開けば、ニコの大好きなポスターの写真。
ニコの心を埋めている、ニコの生きる糧になっている人。


「パパ、嬉しいなぁ、パパの仕事でニコが嬉しくなれるの」

「映画見てるだけでも、いつも嬉しいよ」

「じゃあパパもいつも嬉しくなるなぁ」

「ふふ」

父の笑い声が聞こえてきて、ニコも小さく笑った。
楽しかったなぁ、と先ほどの食事を思い出して目を瞑る。
料理を食べる椋亮の雰囲気は、とても柔らかくて優しかった。





「椋亮もっとあの子に笑ってやれよ」

「うるさい。素の俺で関わるのがあの子に対する礼儀だ。…貝喰」

「俺はマネージャーとしてファン獲得のチャンスだと思ってなぁ」

「別にあの子にファンになってもらいたいとか思ってないから」

「本当お前、性格悪いっつうか。よくわかんねーなぁ。俺、お前のことほんと嫌いだよ」

「俺もな」

お互い顔を見合わせ、舌打ちしながら顔をそらす。
仕事のパートナーとしては相性はいいがそれ以外はからっきしで、プライベートでも関わることなんてない。
椋亮の住むマンションの玄関に車をつけると、椋亮はさっさと降りてすぐにマンションに入っていった。
そんな姿を見て、貝喰はすぐに車を走らせる。


「あんな可愛い子、タレントにいないからなー。俺的には監督の息子さんだろうが、手篭めにしとくもんだろうがよ」

車の中でそう呟いて、ストイックな椋亮にため息をついた。
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