手洗いから
「とりあえず、ニコちゃんに作ってもらう料理、また少し試作とかしていきたいから明日から始めようか。今まで少し早めに撮れてたし。時間にも余裕あるからね」

「そうですね。景気付けにご飯でも行きませんか、監督」

「いいねえ。そうだ。ニコちゃん行きたがってたレストラン連れて行ってあげるね」

今日の撮影は終わり、と他の出演者、スタッフを解散させてから、中本と父がニコに話しかけてきた。
そのそばには椋亮もいる。
ニコは父のそばに近寄って後ろに隠れた。


「鬼伏さんも行くの」

こっそりと父に尋ねると父は頷いて笑った。
嬉しくて思わず笑みを漏らすと、父は声を上げて笑ってニコの頭を撫でる。


「中本君、車お願いね」

「はい。じゃあ、皆さん準備お願いします」

「はい」

返事をしたニコと椋亮に、中本はすぐに玄関へ向かっていった。
椋亮と父は控え室にしている部屋に荷物を取りに行く。
ニコは撮影場所のソファーに腰を下ろしてホッと息をついた。




「監督、ニコ君って幾つなんですか」

「12歳だよ。中一」

「いい子ですね」

「でしょ。父子家庭だからか、しっかりしてるんだよ。恥ずかしがり屋さんだけどね」

自分の言葉を聞いて椋亮が珍しく笑うのを見て、思わずへえと声を漏らした。
椋亮はすぐに衣装から着替えて撮影や雑誌以外の時にかけている黒縁メガネをかける。
それからカバンを取り出して、携帯を開いた。
時刻はもう19時になる。


「お腹すきましたね」

「若いね。あんなに撮影で食べたのに」

「監督との仕事の時、結構疲れるんですよ。気合い入ってますからね」

淡々と話す様子に小さく笑ってから、部屋を出る。
ニコの待つ場所に行くと、ニコはソファーに座ってノートを眺めていた。


「ニコちゃん、行こうか」

「うん、パパ」

すっと立ち上がったニコは椋亮を見て、すぐに視線をそらす。
そんなニコに父は少しだけ意地悪をしようと笑みをこぼした。


「忘れ物したからちょっと取ってくるよ。ニコちゃん、椋君と先に行ってて」

「えっ、」

「ニコ君、行こうか」

「あ、え、はいっ」

椋亮に促されてニコは椋亮の隣を歩いた。
父が笑っていたのを見て少しだけムッとしつつも、椋亮の隣を歩けるのは嬉しい。
少しの距離だけど、幸せだった。


「ニコ君」

「あ、の、ニコで、いい…」

「そう。じゃあ、ニコ。俺のことも椋亮でいいよ」

「りょ、椋亮さん」

「何?」

ふるふると首を横に振って、ニコは靴を履こうと腰を下ろした。
スニーカーを履いて立ち上がる。
椋亮もすぐに立ち上がってドアを開けた。
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