君の料理で
「ぱ、パパ」

くいくいと父に手招きをして廊下に出る。
父の服をつかみ、ニコは真っ赤になった顔を隠すように頭を胸元に押し付けた。


「な、なんで、鬼伏さんが、」

「椋君いるのニコちゃん知ってたでしょ」

「いや、でもだって、会えるなんて思わないもん」

「本当にニコちゃん椋君が大好きなんだね」

「だ、大好きっていうか、ただの、ファン」

父の胸元から離れて、一息つく。
憧れの人の声を思い出すと心がざわざわと騒ぎ出した。
どうしようもなく落ち着かない気持ちになって、ニコは父の顔を見上げる。


「ニコちゃん、嬉しい?」

「…うん、嬉しい。今日お弁当届けた時、ちょっと期待してた」

「そっか。ニコちゃんが喜んでくれてパパも嬉しいよ」

「ん」

父を見れば嬉しそうに笑っている。
その笑顔にニコも少し緊張がゆるまった。

ふうっと息を吐いてからニコは父に促されるまま椋亮と中本の入る部屋に入った。
それからふたりが座るテーブルについてニコはもじもじと居心地悪そうにする。
ちらりと椋亮を見れば、椋亮は軽く微笑んだ。


「んっ」

椋亮の笑みにニコは口をぎゅっとつぐみ、顔をそらした。
まっすぐに見ることができずに隣に座った父の方へ視線を移す。


「で、ニコちゃんを呼んだのは、パパじゃなくて椋君なんだけど」

「あ、監督、俺から伝えます」

「そう?」

椋亮の言葉にニコはピンっと背筋を伸ばした。
まっすぐに椋亮を見ることはできないながらも真面目に聞こうとする。
椋亮の顔をちらりと見ると、まっすぐに綺麗なつり目がニコを見つめていた。


「君のお弁当、監督から少し分けてもらった」

椋亮の言葉に父を見ると父は頷いた。
ニコはぎゅっと手を握って、椋亮の顔を見る。
ニコと椋亮の様子を見て、父は中本に廊下を指差した。
心もとない表情をしたココに大丈夫と口を告げてふたりは廊下に出て行く。


「とっても美味しかったんだ、君の料理が」

「ほ、本当に…?」

「本当に。今までに食べたこのないくらい、美味しいと思った」

「…パパの好きな、味付けなのに、美味し、かったですか」

「ああ、美味しかった。君の作った料理をもっと食べたいって思ったんだ」

椋亮の言葉にニコはぎゅっと口を閉じた。
憧れの人からの嬉しい言葉が頭の中を埋め尽くす。
美味しかったんだ。
そう思うと料理が好きでよかったと心の底から感じる。


「ああ、まだ挨拶してなかった。ごちそうさまでした。ニコ君」

「…っ」

ぎゅうと心臓が握られた。
目の前にいる人が、いつもテレビで、雑誌で眺めている人が、ニコの料理を食べて「ごちそうさま」と言っている。
この上ない幸せがニコを襲い、幸せすぎて泣きたくなった。
もっと、この人を「美味しい」と言わせたい。
そんな贅沢な気持ちがニコの心を埋め尽くす。


「君に、この映画の料理を作ってもらいたい」

「ぼ、くが?」

「そう。ニコ君に作ってもらいたい」

「で、でも、」

そう言って椋亮から視線をそらす。
食べてもらいたいけれど、映画に自分の作った物が映るのは抵抗を感じる。
それでも、憧れの人のお願いには答えたい。
ぐるぐると回る気持ちの中で、ニコは椋亮をもう一度見た。


「君の料理で、最高の演技をさせて欲しい」

その言葉と真剣な眼差しに、ニコは自分でも考えないうちに頷いた。
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