初めまして、かくれんぼ
カフェテラスでカフェラテを飲みながら、本を読む。
今回、父が撮っている映画の原作の小説。
あまり知られていない作家の作品だ。
読んでいるとどんどん話の中に引き込まれていく。
特に、登場してくる料理にお腹がすくように感じるのが、魅力的だと感じた。
「この料理、どんな人が作るんだろう。きっと有名な人なんだろうなぁ」
そう思いながら、カフェラテを飲む。
ほんのりと感じる苦味が心をほっとさせた。
「あ…」
電話が鳴っていることに気づいて、すぐに応答する。
よく知った人の声でニコは小さく笑みをこぼした。
「もしもし、中本さん?」
『うん。ニコ君、突然ごめんね。今どこのカフェにいるの』
「アンジュアムールってカフェにいます。何か、あったんですか」
『今から迎えに行ってもいいかな』
「大丈夫です。待ってますね」
『ありがとう』
電話がすぐに切れてニコはコップの中を確認した。
本を片付けてからコップの中身を飲みあげて、レジへ向かう。
レジの店員さんに挨拶をしてからカフェを出た。
「あのケーキ作れそうだった。さくらんぼの時期だし、帰ったら作ってみようかな」
カフェの外のベンチに腰をかけて携帯にメモを残した。
外に出ると夏の香りがして、暑い風が頬を撫でる。
日陰にいてもアスファルトの暑さを感じた。
「あっつ…」
アスファルトを眺めながらぼんやりしていると、声をかけられて視線を上げる。
中本が助手席の窓を開け手を振る姿が見え、ニコはすぐに立ち上がり車に乗り込んだ。
「どうかしたんですか。また父がわがまま言ったんですか」
「いや、今回は違うよ」
車が動き出して、ニコは父の姿を思い浮かべた。
腕を組み、映像を確認している姿は凛々しくてとても尊敬できる。
ただ、それ以外は少しわがままなところがあって、中本を困らせていることをニコはよく知っていた。
今回は違う、との言葉に、ニコは首をかしげた。
「ニコちゃん、今回の原作読んだ?」
「読みました。とっても面白いですよね」
「今まで有名にならないのがおかしいくらいね。そこでなんだけど、ニコちゃん、小説の中の料理作ったりしてるんだよね」
「はい。作れそうなやつは作ってみたりしてます」
頷きながら答えるニコに中本は嬉しそうによしっと笑って、車を駐車場に停めた。
すぐに車から降りて撮影場所の一軒家の中に入る。
休憩場所にしている部屋にノックをしてから入ると、父と若い男がテレビを眺めて待っていた。
ドクンと心臓が跳ねる。
綺麗な黒髪が冷房の風に揺れていた。
「監督、ニコ君連れてきました」
「ありがとう中本君。それと、ニコ、楽しみにしてたカフェ、途中で邪魔してごめんね」
「ううん、平気だよ」
振り返った父に答える声が震えた。
父の隣に座っているのは、きっと…。
「椋君、紹介するね。うちの子のニコちゃん」
「初めまして、鬼伏椋亮です」
「は、…はじめ、まして、高見崎ニコです」
「カフェ楽しみにしてたのか。ごめん、俺のわがままで呼んでもらって」
「えっ、い、いえ、だ、だいじょうぶ…」
緊張のあまりに声が小さくなって、ニコは中本の後ろに隠れた。
背が高く筋肉質な中本の後ろにすっぽり隠れて、口元を押さえる。
心臓が口から飛び出して、そのまま無くなってしまいそうなくらいドキドキしていた。
隠れてしまったニコに父が笑う声が聞こえて来る。
「う、う…」
唸り声を思わず漏らしてしまって、ニコは恥ずかしくて消えてしまいたくなった。
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