夕方
ニコは急ぎ足で学校を飛び出して、撮影場所に向かっていた。
椋亮に早く会いたい。
その気持ちで胸が溢れ出しそうだ。
ようやくたどり着いた撮影場所につくと、父がすぐにそばに来てくれた。
いま休憩中だから、と言われて、椋亮の姿を探す。
「椋君なら、いま二階の休憩室にいるよー」
「あ、うんっ」
急いで階段を上って、休憩室をノックした。
低い声の返事が返ってきて、心臓が飛び出しそうになる。
ゆっくりとドアノブを握って、ドアを開いた。
「りょ、椋亮、さん」
小さな声で呼ぶと、椋亮が優しく手招きしてくれた。
それが嬉しくて、頬が緩む。
椋亮の座ったソファーにいそいそと向かって、ちょこんと腰をかけた。
「学校、おつかれさま」
「椋亮さんも、撮影、おつかれさま、です」
小さな声で答えれば、椋亮が笑ってくれる。
好きだなって思うと止まらなくて、ずるい自分のことがニコはまた嫌いになった。
ぎゅっと胸が締め付けられて、切ない。
「顔赤い」
「あっ、そ、そと、とっても暑くって」
恥ずかしくて、顔を背ければ、椋亮のニコよりもうんと大きな手が頭を撫でてくれた。
椋亮の優しさが嬉しくて、切なかった。
「あ、あの、椋亮さん、甘いのもす、好きだよね? 昨日、クッキー、焼いたから持ってきたの」
「クッキー?」
「うん、食べる?」
「ああ、食べたい」
スクールバックの中から、クッキーの入った小袋を取り出して手渡す。
可愛らしい猫の袋は、ニコのお気に入りの袋だ。
受け取ってくれた椋亮は、リボンをほどくとすぐにクッキーを一口食べた。
「うまい」
「よかったっ」
嬉しそうに笑ったニコに椋亮は目を細めた。
ニコはキラキラとしていて、これが見たかったと改めて思う。
ぽんぽんと頭をなでれば、真っ白な肌がまた赤く染まった。
「ありがとう、とても癒された」
「んっ、い、いつでも、つくる、よ?」
「あぁ、また頼むよ」
椋亮の言葉に、ぎゅっと胸が締め付けられて、このままじゃ心臓潰れちゃうな、と思いながらニコはへらりと笑った。
「仲良しのところ悪いけど、椋亮、スケジュールのことで今いいか」
「ニコ、ごめん。ちょっと待ってて」
「別に大したことじゃないからここでいい。今度の日曜日の雑誌撮影、先方の都合で日付がずれたから、日曜はオフになった。振替は予定が詰まるんだけど、月曜の昼の生のあとになったから」
貝喰に説明され、スケジュール帳に予定を書き込む。
久しぶりの休みだな、そう思いながら、スケジュール帳を閉じた。
「終わりか」
「終わり終わり。ニコちゃん、来てたんだね」
「はいっ、今日の撮影見て、次の料理のイメージ決めてって、パパ…あっ、監督、に言われたんです」」
「パパでいいよ、俺にも椋亮と同じように話して」
そう言われて、ニコはこくりと頷いた。
椋亮も、貝喰も優しくて、ほっとした。
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