気持ち
「…この間はごめん」

「う、うん、だ、大丈夫だよ、兄ちゃん」

そばに来た空生はニコにいつもどおり触れようとした。
びくりと身体が震え、空生から離れる。
空生が苦笑いするのを見て、ニコは胸が苦しくなった。
少し怖い。目の前にいる空生が、知らない人みたいだった。


「ニコちゃーん、お弁当どこだっけ〜?」

玄関で空生と話していると、父の声が聞こえて来た。
その声にホッとして、ニコは小さな声で先行っててと呟く。
空生も小さな声で返事をし、ニコに背中を向けた。
すぐにドアを開けて、声を高くし父に答える。


「お弁当、リビングのテーブルの上だよー」

「あっ、あったあった。ありがとうー。今日来るよね?」

「ううん、どういたしまして。う、うん! 行く!」

ニコは小さく笑ってホッとした。
放課後には椋亮に会える。
行ってくるね、ともう一度声をかけてから、ニコは家を出る。


教室に入ると、いつも通り一瞬しんっとした。
ニコはいつもこの小さな檻の中で、窮屈な思いをしている。
小さな檻は、子どもにとっては広い世界で、全てだった。
ニコもそれは同じで、この一瞬にいつも胸を苦しくしている。
誰にも挨拶もせず、そのまま窓際の一番後ろの席に腰を下ろした。


「…」

すぐに携帯を開き、イヤフォンを差し込む。
音楽を流し、ニコは本を開いた。
椋亮と父が作り上げている映画の原作を読む。
女子高校生と売れない小説家が恋をする話。
その世界の中に飛び込めば、もう周りは気にならなかった。
イヤフォンからピコン、とメッセージが届く音が聞こえた。

“こんにちは。今日の撮影は、見に来るのか”

最近、メッセージのアドレスを椋亮と交換をした。
いつも話す口調と変わらないメッセージが嬉しくて、ニコはきゅっと唇を噛んだ。

“こんにちは。学校、終わったらいくつもりです”

いそいそと返信を打って、送信する。
些細なやり取りがとても嬉しかった。
いつもなら、鬱々とした気持ちで過ごす教室が、気にならなくなっていた。

“待ってる”

一言だけ返ってきたメッセージにぎゅうと胸が締め付けられた。
椋亮の一言だけで、こんなにもうれしくなれる。
早く終わらないかな、そう思うとため息がひとつこぼれた。


待ってる。
そう一言メッセージで送って、椋亮は口角が上がるのを抑えられなかった。
前にニコと一緒に喫茶店で遊んだとき、ニコに告白をされた。
ニコの好意はとても甘くて、きらきらとしていて、それがとても嬉しかった。
自分はうんと年上だしニコはまだ年端もいかない子どもだから、それに男同士でたくさんの壁があるから、答えることはできない。
それでも、ニコに会ってあのきらきらとした瞳を、椋亮はもう一度見たかった。

「椋君、公園のシーンねー」

拠点としている一軒家で着替えてから、近くの公園へ向かった。
今日は日差しが強い。
近くにいた貝喰がスケジュール帳を確認しながら、電話をしている。
その声を聞きながら、椋亮は空を見上げた。

「今日はニコ君学校ですか?」

ふいにニコの名前が上がって、そちらへ視線を移した。
そこにいたのは、今回の相手役の女優の松浦香苗だった。
監督と話している松浦は現役の女子高校生で、ニコとも仲がいいようだ。
頬を染めながら、ニコのことを話題に上げる彼女に、椋亮は目を細める。

年が近いほうが、異性の方がいい。
わかってはいたが、当たり前のことを叩きつけられたような気がして、なんだか息が詰まるような気がした。
そこまで考えながら椋亮は自分の気持ちがニコに向かい始めていることには気付けなかった。

「じゃあ、そろそろ撮影はじめまーす」

監督の声が聞こえてきて、椋亮は気持ちを切り替えるよう、深呼吸した。
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