不穏
病院についてから椋亮と一緒に父が運ばれた病室へ向かった。
貝喰はそのまま車で待っていると言い、ふたりで行くことに。
椋亮と、そのまま手を繋いだまま急ぐ。
父を思う心がギリギリと悲鳴をあげていた。

病室にたどり着き、ニコはドアの前で足を止めた。
入るのが怖くて勇気を出せずにいると、握られた手の力が強くなる。


「大丈夫だ」

繋いだ手の熱に促されて、ニコはドアを開いた。


そこには空生とベッドに横になった父がいる。
空生は椅子に腰をかけて、こちらを見て目を見開いていた。
父は体を起こし、苦笑している。


「…っ、ぱ、パパ、大丈夫」

椋亮の手がすっと離れていき、ニコは父の元へ駆け寄った。
それから父がごめんね、と呟くのを聞いて、ポタリと涙をこぼす。
ポタポタとこぼれ始めた涙に、父は優しく微笑んだ。


「心配かけてごめんね、ニコ。大丈夫、大丈夫だよ」

大きく腕を広げた父に、ニコはすぐに抱きついた。
ぎゅっと抱きしめてもらい、ニコも背中に腕を回す。


「…ごめんね、驚いたね、パパは大丈夫だよ。少し入院することになっただけだから」

父の優しい声に涙は止まらない。
とても怖かった。
大きな声をあげて泣くニコに、父は優しく背中を撫でて微笑む。


「椋くん、ここまでニコちゃんを連れてきてくれてありがとう」

「いえ、大丈夫ですか」

「持病の発作がね。大事をとって今日明日入院して、調子が良ければすぐに退院するから、撮影スケジュールは狂わないから安心して。ただ今日と明日の撮影はお休みになるかな」

「いえ、監督が無事で何よりです」

そう話す椋亮は幼い子どものように泣くニコをぼんやりと眺めた。
12歳の時の自分は、どうだったのだろうか。
大人のようで、それでいて子どもで。
間にゆらゆら揺れていた。


「椋くん、ニコちゃんと仲良くしてくれてありがとう」

そういって笑った監督は、ニコの頭を何度も、何度も撫で続けていた。
落ち着いてきたニコが監督から離れて、トイレに行ってくる、と呟く。
それを聞いた新崎がすぐにニコの後を追いかけた。
通り過ぎて行った新崎は、椋亮のことを睨んでいた。


「彼は…」

「空生くんは隣のうちの子で、ニコの幼馴染みたいなものだよ。こうしてよく世話を焼いてくれてるんだ」

「それで…」

「椋くん、ニコをよろしくね。あの子、椋くんのこと大好きだから」

そう言って笑った監督は、咳き込むと横になった。
少し疲れたみたい。
小さな声がそう呟いて、目を瞑った。


「…もちろんです…」

監督には届かなかっただろうけれど、椋亮は小さな声で答えた。



「ニコ、落ち着いたか」

「…うん」

「そっか」

そばに寄ってきた空生の言葉にニコは頷いた。
顔を拭いてから、ホッとひといきついて空生の顔を見る。
目の前の空生はどこか怒っているような表情をしていた。


「…ニコ、あの男が好きなの?」

「え?」

「なんで、あの男と一緒にいるんだよ」

「…空生兄ちゃん?」

「…なんでっ」

グッと腕を掴まれ、壁に押し付けられる。
背中が打ち付けられ痛みを感じ、ニコは小さく唸った。
空生の今までにみたことのない表情に、ニコは背筋が冷えて行くのを感じた。
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