前兆
ニコの感情に気づいてしまった。
自分に向けてくれるこの思いは…。
椋亮はニコの真っ赤に染まった頬から視線を外すことができなかった。
白い肌が真っ赤に染まるのはとても綺麗だ。
そんなことを考えている場合ではないのに、ただニコに向けられた感情がキラキラと綺麗に見えてしまう。
何も言えずに、ニコと見つめ合ってしまった。
「…あ、…あ、りょ、椋亮さ…、僕、」
小さな声で何かを言うニコの言葉は小さくて吃り過ぎていて聞き取れない。
それでもそんな姿が可愛いと思ってしまうくらいには、ニコは椋亮の心の中に入り込んでいた。
自分に向けられる好意がこんなにも、甘いものだとは知らなかった。
「椋亮さ…ん、好き。好きです…、ずっと、ずっと前から…」
聞こえてきた言葉が、椋亮の胸にストンと落ちてくる。
ああ、抱きしめたい。
そんな風にすら思うほど、ニコを受け入れていることを椋亮は感じずにはいられなかった。
不意に電話の音が聞こえて、ふたりの沈黙が破られる。
鳴っていたのはニコの電話で、ニコは真っ赤にした顔をそのままに小さく謝ってから電話に出た。
「あ…空生兄ちゃん…。ご、ごめんね、出先で。え…っ、うん、わかったすぐに、」
電話を切ったニコは顔を真っ青にした。
それから息を飲み、携帯を握りしめる。
小さな手が震え始めるのが見えて、椋亮は眉をひそめた。
「どうした?」
「パパが、倒れたって…」
「監督が?」
口に出したら、怖くなったのか、ニコはなおさら青ざめた。
真っ青になったニコは震える手が持っていた携帯を落として、もう一度拾う。
「病院にいるのか?」
「う、うん、病院から、連絡きて…」
「わかった。ちょっと待って」
そういった椋亮はすぐにどこかに電話をかけた。
それからニコの腕を掴み、立ち上がらせる。
椋亮はすぐに会計を済まし、入り口をでた。
そこには車が止まっていて、連れられるまま車に乗り込む。
「あっ…」
「椋亮、人使い荒すぎ」
「急ぎだっていっただろう。それに午後の撮影は恐らく中止になる。ニコ、どこの病院だ」
「あ、西野ヶ丘…」
「車出せ」
「はいよ。ニコちゃんのためなら」
そういって笑った貝喰はすぐに車を出した。
椋亮が病院まで連れていってくれることに気づいたニコは、ポタリと頬を涙を伝うのを感じる。
父が倒れたと空生から連絡をもらって、とても怖かった。
隣に座っている椋亮が掴んでいた手を離し、ぎゅっと握りなおしてくれる。
その手の熱に、ホッとできるような気がした。
「ニコ」
背中をそっと撫でられる。
落ち着いて、となだめられていた。
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