ずるくなりたい
「ニコ、どうした? そんな嬉しそうな顔をして」

ベッドに寝転がり、じっと見つめてくる空生にニコはキュッと唇を閉じた。
二時間ほど前に交わした約束がとても嬉しくて、思わず笑っていたみたいだ。
ぱんっと頬を叩いてみると、空生が笑っている。


「俺にも教えて、ニコ」

ニコの隣に移ってきた空生が細い腰を抱き、柔らかな切りそろえられた黒髪に鼻先を寄せてきた。
そのくすぐったさに小さく笑えば、空生は柔らかな頬に頬を寄せる。


「空生兄ちゃん、くすぐったいっ」

「ニコのほっぺはいつも気持ちいなぁ」

「やーめーてっ」

「はは、可愛いな」

「も、今日の兄ちゃん変だよ」

空生の腕の中から離れてニコはクスクスと笑った。
ニコよりも大きな腕の中は心地よい。
優しい、暖かな居場所だと思う。


「ね、空生兄ちゃんは、もし好きだなって、憧れだなって思ってる人と、仲良くなれたらどう思う?」

「…え、なに、ニコ、好きな人でもできたの」

「ううん、そうじゃないけれど…。どうなのかなって。さ、最近読んだ本で主人公が…」

身内のような人に、好きな人とかそういう話をするのは少し恥ずかしい。
自分じゃない人の話として尋ねた方が、心が楽なような気がして、とっさに嘘をついた。


「…んー、どうだろうな。仲良くなれたら、素直に嬉しいと思うよ。俺はニコが俺のこと好きになってくれれば一番嬉しいけど」

「空生兄ちゃんのこと、大好きだよ」

「俺もだよ、ニコ。…けど」

「え、なに?」

最後の方の言葉が聞き取れなくて聞き返すが、空生はなんでもないよと笑った。
それにつられて笑い、ニコはテーブルの上のお茶を手に取る。
汗をかいたコップが冷たくて気持ちよかった。


「…ずるく、なりたいな」

空生に聞こえないように小さく呟く。
もっとずるくなりたい。
もっとずるくなって、あの人のそばに行って、あの人に触れたい。
ぎゅっと握った自分の小さな手。
その手で、あの大きな手に触れたい。
自分の中の臆病者が、それを許してくれなかった。

もう本当の彼を知らなかった頃の自分には、戻れない。


ずるい、浅ましい自分に、なりたい。
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