優しい味
ニコの作ったプリンは、ほのかに甘く、懐かしい味がした。
演技も想像していたよりもいいものができて、無事に撮影を終えた。
帰る支度をしていると、テーブルに一つ残ったプリンを見つける。


「そのプリン、ひとつ余っちゃったんだって椋君、持って帰ってあげて」

「いいんですか」

「俺もニコちゃんの作ったものが余っているのはいやだからね。一番美味しそうに食べてくれる椋君が持って帰ってくれたら、ニコちゃんも喜ぶよ」

プリンを作った当の本人の姿を探すが、どこにもいない。
礼を伝えるのと、カフェに行く約束を取り付けようと思っていた。
しかし、その本人の姿が見えなく、椋亮は小さな声で監督に尋ねる。


「…その、ニコ君は」

「ニコちゃんなら、ずっとプリン作ってて疲れたのか二階の休憩室で休んでいるよ」

「ありがとうございます。お礼を伝えてきてもいいですか?」

「どうぞ。ついでに連れてきてもらってもいいかな。急ぐわけでもないから、ゆっくりお話ししてきていいよ」

「はい、ありがとうございます」

プリンを手に取り撮影していた部屋から出て、二階に向かう。
休憩室をノックして入ると、ニコはソファーで丸くなって眠っていた。
小さくなって眠る姿は、普段とは違い子どもらしさが見られる。
微かな寝息が聞こえてきて、椋亮はそばに寄った。
それからそばにあったソファーに腰をかけて、ニコを眺める。
切りそろえられた前髪が重力に負けて、額をあらわにしている。
右のこめかみあたりに斜めに酷い傷が見えた。


「…傷?」

「ん」

溢れた声に、椋亮は伸ばした手を引っ込めた。
むくりと起き上がったニコに声をかければ、ニコがバッと身体を起こす。


「わ…、わっ、」

「起きたな」

「…っ、ど、どうしたんですか」

「そろそろ撤退するから、起こしに来た」

「そ、そう…、ありがとうございます」

ニコは足をソファーから下ろして靴を履いた。
それから立ち上がろうとするニコを、椋亮は引き止める。
手に持ったプリンをニコに見せて、礼を伝えた。


「とても美味かった。演技も、ニコの料理でやるといつもより上手くできる。…あと、余ったやつひとつ、俺がもらってもいいか」

「…っ、は、はい…」

消え入るような声で返事をしたニコは、視線をウロウロと泳がせる。
嬉しそうに染まった頬を見たら、椋亮は思わず笑ってしまった。


「…、悪い、思わず。…とにかく、礼を言いたかった。あと、次の約束をしたくて」

「や、約束?」

「ああ。喫茶店行く約束。…次の撮影の前に、行かないか。その日は休日だし、午前中は自由にしていいと言われてる。ニコさえ用がなければ。いけるか?」

こくりと頷いて、ニコはぎゅっと手を握った。
とても嬉しかった。
あの約束は、実現すると思わなかったから。
嬉しくてたまらない。


「…お前は、嫌じゃないか?」

「な、なんで…」

「いや、年の離れた男と遊んでも楽しくないだろ」

「…そ、そんなこと、ないよ。ニコ、友達いないし、椋亮さんと一緒に遊ぶの、嬉しい」

小さな声で伝えれば、椋亮が笑う。
今日は椋亮がよく笑ってくれるような気がした。
ニコは嬉しくて、頬が熱くなる。


「よかった。じゃあ、次の休みな。…そろそろ帰ろうか、下で監督が待っている」

「うん」

返事をして立ち上がる。
先を歩く椋亮の後ろを、ニコは胸を高鳴らせながら歩いた。
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